第20話

「ここの離宮ってこっち側の人間が侵入できないようになっているから、入るのに本当に苦労するんだよね〜、そんな事情もあってだから窓からの侵入だけど許してね〜」


 年齢は十六歳、まだまだ成長途中といった感じの少年で、私よりも二つ年下という事になるわけだ。

 エドアルド王子は興味深そうに私の方を見ると、

「本当に!女のくせに髪の毛が短いんだ!正気の沙汰じゃない!」

と、言い出した為、私の周囲に居た人間が凍りついた。


「お初にお目にかかります、ヴァレリオ第一王子が妻、ピアと申します。今後ともよろ・・」「髪が虹色、瞳が金?色味が派手すぎてごちゃごちゃしすぎてる!それに、その髪でドレスとか、もはやキチガイ令嬢って感じじゃない?まじで信じられないんだけど〜」


 私の渾身のカーテシーを無視したエドアルド王子は、デイドレスを身に纏う私の周りをぐるぐる回りながら、キチガイ令嬢認定したようだ。

 周囲の殺気が凄いことになっている事に気がつかないのも凄いな。


「事情あって髪の毛が短い状態なのです」

「カツラとかかぶって体裁整える気はないの?」

「私の髪色は特殊ですので、用意するのが難しくて」


「別に自分の髪色にこだわる必要なくない?金とか銀とかあるじゃない?そのへんな色の髪の毛よりも、よっぽどマシだと思うけど?」

 こいつ、さっきから喧嘩を売っているよな?


「ヴァレリオ様が、髪色を偽るのをお許しにならないのです」

 面倒くさいから、私がヘンテコなのは、全部ヴァレリオの所為にしよう。


「ねえ、貴女って兄上の妻なのでしょう?つまりは王子妃っていう事になるわけだ。我がマスタンドレア王国の権威を貴女の所為で失墜するっていうのに、貴女はそれを全て兄上の所為にするってわけ?」

 全てをお前の兄上の所為にしたいよ!


「私には良くわかりません」

 あえての、下を俯いてからの憂いの表情を浮かべて見せる。


「私は、伯爵家の娘ですし、兄の代わりに王都に出てきた為に、王家の事情というものがよく分からないのです。ただ、ヴァレリオ様が将来毒杯を賜るのは確実との事で、共に死ぬために選ばれただけなので」


これを言うと大概の人間は黙り込むのだが、エドアルドは黙り込まなかった。


「そもそも、なんで兄上は毒杯なんか飲む予定な訳?なんでそれに貴女が付き合わなくちゃいけないわけ?どう見ても、母上を悪者にしようとする悪意ある発言にしか聞こえないんだけど?貴女はそんなに我が王家というか、我が国の王妃を貶めたいの?」


 なんだこいつ?


「そもそも、なんで兄上が死ななくちゃいけないわけ?僕が王位についたら、優秀な兄上が補佐についてくれるんでしょ?今はなかなか兄上に会えないけど、僕が王位についたら毎日でも会えるようになるんでしょ?それを励みに僕は頑張っているのに、君が悪意ある一言をお茶会だかなんだかよく分からない場所で言うものだから、僕らの立場がおかしな事になるんじゃないか!」


 エドアルド王子は憤慨した様子で私の周りをぐるぐるまわりながら、

「そもそもなんで急に結婚なんかしてるわけ?なんで兄上は結婚のことを僕にも母上にも言ってくれなかったわけ?僕らは同じ母親を持った家族って事でしょう?なんで兄上は僕らと仲良くできないわけ?兄上が出来損ないだからこそ、本来なら王位に就く必要のない僕が王位に就くことになっちゃったんでしょう?なんでまともに行動できないの?なんで、僕らの迷惑を考えないわけ?」

そんな事を言い出したので、私の頭の中の血管がブツリと大きな音をたてて切れたのは間違いない。


 今日は天気が良くて、明るい日差しが入るサロンは窓を開け放った状態だったため、土を運び込むのに造作もない。


 うねるように侵入してきた土の塊はエドアルド王子の体をぐるぐるに拘束すると、顔だけは息ができるように露出させる。


「おい、お前、今一体なんて言った?」

「この無礼者!不敬で・・」

 泥で鼻と口を塞がれたエドアルドの顔がすぐさま真っ赤になる。

 真っ赤から真っ青、真っ青から青白くなったところで、口と鼻を塞いでいた泥を除去すると、エドアルドは涙を流しながら息を吸い込んでいる。


「魔獣でもない人間相手なら、しかも人間一匹相手だろ?1秒だ、1秒で殺すことが私にはできる」

「ふざけるな!」


 エドアルドは闇魔法が得意なようで、黒々とした触手が隙間から溢れ出てきたけれど、全て土で塞いで封じてしまう。

 土が闇を内包するのは当たり前のこと、自分の力が発揮できない事に気がついたエドアルドは顔を真っ青にさせた。


「私が魔獣討伐に駆り出されたのが僅か六歳の時の事だった。それだけ魔獣を狩るのに土魔法は有効だという事なんだが、エドアルド王子は魔獣や人間を狩ったことがあるか?ああ、ないのか、それで私に喧嘩をふっかけるとは面白い」


 エドアルド王子の闇魔法をひとつひとつ、破砕しながら笑みを浮かべる。


「なんでもな、王妃様はピエトロ国王に似ているというだけでヴァレリオ様を憎悪し、慕っていたロムルス王弟殿下に似ているというだけでお前を愛し、王位に就けようと画策されているということだ。どんな魔法を持っていたとしても、面立ちを根本から変える事は出来ない。例え、顔に大きな傷を負ったとしても、ピエトロ国王似の顔は変えられない」


 エドアルドの顔は、ヴァレリオと比べると確かに女性的だと言えるだろう。柔和で優しげに見えながら、その瞳に映る傲慢さをへし折ってやりたい。


「仮にヴァレリオ様が王弟ロムルス様に顔が似て、お前がピエトロ国王様に似ていたならば、王妃様はお前を蔑み、退けただろうな。だって、あの方は顔しか見ていないのだから。お前の中身などかけらも見ていない、顔だけを見ているのだろうからな」

 シミひとつない滑らかな頬を指先で撫でつけ睨みつける。


「私の夫が出来損ない?家族と仲良く出来ない?まともな行動が出来ない奴だと?お前が逆の立場となればどうなる?そんな想像も出来ない馬鹿は死ねばいい。そもそも私の夫を悪く言う奴は万死に値する。今すぐここで殺してやっても良いのだが、お前が、王位に就いた暁には、我ら夫婦は毒杯を賜らねばならない。その毒を飲む理由のために、今はお前を生かしておいてやる」


 土でぐるぐるに巻き込みながら、窓の外へと移動させた。


「どうせ死ぬ我らの事など気にするな、明日のエスコートもいらない、その旨、お前の母親にも言っておけ」


 窓から土に包まれた状態で運ばれていくエドアルド王子に言葉を投げつけると、窓をバタンと閉めてため息を吐き出した。


 死ぬ予定は4年後だか5年後だったはずだが、今日か明日に変更になったかも。

 キリキリと痛む胃を押さえながら後を振り返ると、呆然としたまま、ステファン、ジャスミン、マリーの三人が立ち尽くしたままだった。


「今のお言葉、ヴァレリオ様に一言一句、お伝えしないと・・・」


 ヴァレリオの側近であるステファンがぶつぶつそんな事を言っていたけど、確かにその通り。私一人を悪者にするためにも、今の私の発言は覚えておいてほしい。


 一応、王宮にある牢屋もこっそり見に行ってみたけれど、土魔法を使えば簡単に抜け出せる代物だった。後は、魔力封じだけ気をつければなんとかなるだろう。


「ジャスミン!マリー!大丈夫!衛兵が捕まえにきても、二人の無実は私が証明するから心配するな!」

「ピア様!」

「私たちの事などどうでも良いのです」

 二人はワッと堰を切ったように泣き出した。

 大丈夫だって言っているのに、信じてもらえないらしい。

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