第18話
なんで僕がこんな目に遭わなければならないのか。
「ルカ様!ウーリー一匹に悲鳴なんかあげないでくださいよ!」
「こんな馬鹿みたいにでかいネズミ!大嫌いなんだよ!僕は獣くさいのが大嫌いなんだ!」
「ルカ様、貴方様はピア様同様、土魔法が得意という事じゃないですか?その大嫌いなネズミを土魔法で一気に片付けてくださいよ」
「嫌だよ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!」
魔力を練って津波のように大地を動かしたつもりだったのに、さざなみ一つ起こしただけで、土の波の上ではピョンと遊ぶようにデカネズミが一匹跳ね飛んだ。
「もういいよ!もううんざりだ!俺の炎で倒すからみんなどけ!フォーゴ・フォーゴ・フォーゴ・逆巻け、渦を巻け、敵を殲滅せよ!」
僕の副官として当てられたマティウスが両手を空に掲げると、大きな炎が巻き上がる。僕の近くに居たネズミはジュッと音を立てて燃えたが、その炎はネズミの集団を包み込むようにして押さえつけるだけで、殲滅までは出来ていない。
領都近くまでウーリーが現れるようになったという事で、僕まで連れ出される事になったのだが、その数は1万を越えるともいわれている。気味が悪い、匂いで鼻が曲がりそう、早く屋敷に帰って、ベッドに潜り込みたい。
「ギャアアアア!」
集団の中で一番でかいネズミが叫ぶような声をあげると、炎を飛び越えるつもりなのか、ネズミどもが山のように重なり合って盛り上がっていく。その山を防ぐように炎の壁も高くなったのだが、
「マティウス!無理をするな!魔力切れを起こすぞ!」
魔法の力で炎を噴き出す副官の顔が土気色に染まっていく。
「ピア様はこれ以上、酷い状況でも俺たちをお守りくださった!だったら一万匹程度!俺がやらないでどうするんだよ!」
「無理だよ!これ以上魔力を練れば失神するぞ!」
「お前が倒れた後は、誰が指揮をとるっていうんだよ!」
「ルカ様、土魔法は?土魔法でやっちゃってくれよ!」
みんながみんな僕の方を見る。
「土魔法は使っただろ!今日はちょっと調子が悪いから無理なんだよ!」
「嘘だろ」
「さんざん、ピア様よりも百倍は土魔法が得意だって言っていたじゃないか」
「こんな体たらくで今まであんなに偉そうだったのかよ、信じられねえ」
「うるさい!うるさい!うるさい!ジュリーと愛しあう僕を別荘から引っ張り出したのは誰だ!お前らが頭を下げて頼み込むからわざわざ僕がこうやって出てきてやったんだろ!」
僕の叫び声と共に悲鳴が上がる。
ウーリーの山は崩れ、炎を塞ぐ橋となり、炎の輪を抜けたネズミどもが物凄い勢いで仲間が作り上げた橋を渡って飛び出してくる。
ネズミ型魔獣のウーリーは単体であれば苦もなく殺すことが可能だが、千匹を越えた時点で歩兵連隊が複数出動しなければならない。それほど厄介な相手が一万匹。
「ピア様がいれば、お一人で全てを潰してくださるのに」
嘘だろ?
「ピア様を王都なんかに送った領主一家はやっぱり頭がおかしいんじゃないのか!」
ピアを王都に送って死にそうになるとか意味がわからない。
唖然とする中、ネズミの大群の中でもずば抜けて体が大きい個体が飛び出してきた。
何故だか僕がターゲットになっているみたいだ。
「誰か・・誰か助けろ!僕は領主の息子だぞ!お前らが憧れるルカ様なんだぞ!」
誰も僕なんかを見もしない。
ウーリーと対するのに体の中の魔力を練っているから、集中を途切らせるわけにはいかないからだ。
「僕だって・・僕だって・・僕だって・・僕だって・・」
全然魔力が練れない。
目の前にやってきたデカブツは真っ赤な目に喜悦を浮かべながら、鋭い前歯を剥き出すようにして口を開いた。
「あ・・あ・・・あ・・・」
尻餅をついて地面に這いつくばるのと同時に、高らかな牛笛が木霊する。
「マティウス、一度でいい!炎を最大限にして上空に飛ばせ!」
突然響き渡ったラウロの声に従って巨大な炎が上空に浮かび、空を覆い尽くすように広がると、風が逆巻き、渦となって炎を絡めとりながら、縦横無尽に走り出す。
「西方8地点に後退しろ!ここは我々に任せるんだ!」
ダンペッツォ山から連なる丘陵地から馬が駆け抜ける、こちらに向かってくるのは魔術師も含めた混成部隊のようだ。雷が走り、氷が弾け飛ぶ。その中に、土魔法を使う者が居るようで、巨大な土塁がネズミを囲い込むようにして追い立てる。
「ピア様だ!」
「ピア様がお帰りになったんだ!」
「ピア様!」
今までお前ら、妹の名前など口にした事もなかっただろうに。
ラウロの声を聞き、土魔法を見れば、ピア、ピア、ピアと、煩くて仕方がない。
だけどまあいいだろう、ピアが帰ってきたという事は、もう、このような場に僕が引っ張り出される事もないのだから。
僕は屋敷でジュリーとイチャイチャしていれば、後は、周りの者が良きように計らってくれるだろう。
ネズミを避けながら、集合地点へとなんとか移動していくと、すでに化け物ネズミを退治した騎馬部隊が集結をし始めている事に気がついた。
僕も最初は馬に乗っていたはずなのだが、あれは何処に逃げてしまったのだろう。
とんだ駄馬を手に入れてしまったものだ。
よろける足を叱咤しながら、集団の中を進んでいくと、調度、馬から降りた父、イレネオ・アルジェントロが見えた。父の他に、虹色の髪の人間が見当たらない。
「父上、ピアは何処ですか?あいつが居なくて本当に困ったんですから叱ってやらなければなりません!隠さずにここに連れて来てください!多少の折檻でもしてやらないと気が済まないくらいなんですから!」
父は寡黙だが温厚な人で、僕らがこんな辺境で苦労する事を申し訳なく思っているから、僕らが言う事ならなんでも言うことを聞いてくれる。
「さあ!ピアを今すぐ!」
真っ赤な顔で父は僕を睨みつけると、胸ぐらを掴んで僕を殴りつける。
それも、何度も、何度も、何度も、何度も。
「穏便な手段など考えるのではなかった!お前らを穏便に排除するために!我が娘を犠牲にしなければこんな事には!」
「領主様、ピア様は?ピア様は戻って来たのですよね?」
「ラウロ殿、ピア様はどうした?お姿が見えないのだが?」
「ピアは戻らない」
その言葉に周りが絶望したような表情を浮かべているのが理解できない。
「いつも、いつも、ルカ様、ルカ様と呼んで僕を讃えていたのに、なんで今更ピアなんか」
「このバカ息子が!」
父に殴りつけられて僕が地面に転がると、集まった全員が虫けらを見るような目で僕を見る。何故だ?僕は領主の息子なんだぞ?
「ピアは・・みんなにこう言ってくれと言っていた。ピアは世界一の不幸になっていると吹聴してくれと。ピアは、俺たちが・・俺たちアルジェントロの人間全てが、ピアの不幸を望んでいると考えているようでな、絶対に幸せにはならないから、だから安心してくれと、そう言っていた」
ラウロが涙を流しながら、集まった領主軍に語りかける。
「俺は、ピアが大切だった。俺たちは、前に出て俺たちを守りながら戦うピアを愛し、尊敬していた。だけど、俺たちはピアの事をなんと呼んでいた?そうだよ、ルカだ、兄の代わりとして懸命に働くピアをその名で呼ばずに、兄の名で呼び続けていたんだ」
ラウロの言葉に皆が固まる。
「あれだけ献身的に働いても、全ては兄の功績で、俺たちの感謝の言葉や賛辞は、全てピアではなく兄であるルカへ向けた言葉だと思っていたようだ。確かに、俺たちは上からの命令でピアの名前を呼んだことがない。そんな俺たちはな、ピアの不幸だけを考える、ピアが不幸でなければ納得いかないと考える、オルネラ様とルカ様と同類となっていたんだ」
「もちろん私も同類だ」
父は唇を噛み締めすぎて、血が流れるのも構っていない。
「私が絡むとオルネラが発狂したように暴力を振るい出す、それを理由にピアと距離を取った。だからだろうが、オルネラとルカが居れば幸せなのだから納得してくれ、自分を目の前で虐められないのは気に入らない事だろうが、納得してくれといわれたよ。王都で自分は不幸になるのだから、それで溜飲を下げてくれと・・・」
「それでいいじゃないですか!父上と母上と私、そしてジュリーといつまでも幸せに暮らしましょうよ!」
僕の言葉に激昂した父の蹴りが僕を吹き飛ばす。
「ピアは王都にてヴァレリオ殿下と結婚の儀をおこなった。ピアはもう、アルジェントロには帰ってこない。我が領地の魔獣の出現状況を憂いた陛下は、結婚祝いの代わりとして我が領地に結界の魔石十組を用意してくださった。こちらの魔術師の方々が早急に結界を組んでくれる事になっている」
ラウロの紹介に魔術師三十名が恭しく辞儀をする。
「ピアが王子妃となったのを機に、ピアを虐待し続けてきたオルネラとは離婚、我が領より追放とする。息子ルカも同様、廃嫡処分とし、領より追放とする。その前にこいつには躾が必要だ。死なない程度にお前らに任せる」
廃嫡処分?意味がわからない。
「私の後継にはラウロが就く。王家の了承も済んでいる」
ラウロが恭しく辞儀をすると、空を覆い尽くすほどの量の野鳥が空を羽ばたいた。
すると、ズシン、ズシンという地響きのような大きな足音と共に、ダンペッツォ山の向こう側から巨大な何かが現れ、こちらを覗き込んでいる事に気がついた。
「巨人(ジガンチ)だ・・巨人が覗いているぞ・・・」
信じられないことに、それは巨大な人型をした漆黒の塊だった。
真っ黒なのに、目と口だけが浮かぶように見える。
「しーっ静かに、すぐに結界石を施すので時間稼ぎは出来るはずです。王都より白金級を至急呼ぶ事にいたしましょう」
「白金級?我が国の白金級ってヴァレリオ殿下ではなかったか?」
「そうです、王子妃の故郷の危機という事で、すぐに腰をあげてくれるでしょう」
なんだか知らないが、これはチャンスなんじゃないか?
集団からの暴行を免れた僕は、巨人に夢中になっている愚かな奴らを尻目に、その場からさっさと逃げ出す事にしたのだった。
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