第15話
舞踏会前に仕掛けてくるだろうとは思っていたが、遂に母がピアに対して行動に出ることにしたらしい。何かあっては困るので筆頭侍女のジャスミンを付けて後宮まで向かわせたのだが、ジャスミンは複雑そうな表情を浮かべて戻ってきた。
とりあえず、執務室でジャスミンの話を聞いてみると、
「殿下の伴侶として迎えられたピア様ですが、彼女は殿下と共に死ぬために、わざわざ王宮にあがられたのですか?」
と、開口一番に問いかけてくる。
「は?・・死・・?」
「とにかく、私は申し付けられた通り、劇中の主人公とほぼ同じデザインの騎士服をお召しいただいて、ピア様と共にお茶会へと伺う事になりました」
後宮には見事なバラ園があるのだが、秋薔薇が見事に咲き誇っているため、ガーデンパーティーが催されていたらしい。すでに公爵家、侯爵家、伯爵家と高位の夫人および貴族令嬢が集まっており、私の妻となるピアを品定めしようと待ち構えていたという。
そこへ騎士服のピアが現れたものだから、
「キャーーーーーッ!エレオノーラ様よーーーーーー!」
と、王妃の御前にも関わらず騒ぎ出す令嬢も多数見受けられたらしい。
「王妃様は怒り心頭ながらも、自分のテーブルにピア様を招き、友人たちに紹介をなさいました。テーブルに着いているのは全て王妃派の重鎮ばかり。皆様、目を吊り上げながら、何故、重要な結婚の儀式に王妃様を呼ばなかったのかと糾弾を始めたのですけれども、ピア様はこう仰せになられたのです。私はすでに死ぬ予定が決まっていますので、結婚と言っても形ばかりのもの。その形ばかりのものに王妃様をご出席させる事など出来ませんと」
劇中のヒロインと重ね合わせて喜びを隠しきれない令嬢もいれば、辺境の下級に属する伯爵家の娘が第一王子の伴侶になるなど許せないと考える夫人もおり、嘲笑や蔑みの眼差しに取り囲まれながら、ピアはいたって真面目な様子で言い出したそうだ。
「エドアルド第二王子が成人の暁には王位に就く事でしょう、それに五歳も年上となるヴァレリオ王子が居ては後の治世に影を差すこととなりましょう。ですから、ヴァレリオ様も、その伴侶となった私も、4年後から5年後には、幽閉、その後、毒杯を賜って死ぬ事となるでしょう」
ピアは金色の瞳を細めてにこりと笑いながら、王妃の顔を見つめたらしい。
「毒杯を賜る予定の二人の結婚など、取るに足らない物でございます。制約上、神の前で祭司様の確認の元、誓約書にサインをしただけのものにございます。最後まで国王陛下は私たちを見守ってはくれましたが、ただそれだけの事、死ぬ予定にある者など構うのも無駄なこと」
ピアは胸ポケットから取り出した銀のスプーンを自分の前に置かれたティーカップに入れてくるくるかき回すと、あっという間に銀のスプーンが黒ずんでしまった為、それを見ていた公爵家の令嬢の一人が、顔を真っ青にして立ち上がったらしい。
「私は毒杯を賜って死ぬ予定ではありますが、今はまだ、エドアルド様が成人しておりません。ですからまだ、死ぬわけにはいかないことを王妃様に説明したく思い、この度は参上いたしました」
毒で黒ずんだ銀のスプーンをソーサーの上に置くと、ピアは姿勢をただして、
「王妃様が子とも思わなければ、私どもも王妃様を親とも思いません。王妃様が死ねと言われるのはエドアルド様が成人される4年後でございましょうから、その時は、私も殿下も共に死にましょう。ですので、それまでの間は、我らの事はご放念くださいませ」
恭しく辞儀をすると、さっと立ち上がり、ジャスミンを連れて後宮を後にしたらしい。
私は柄にもなく身悶えてしまった。
「私の嫁、格好良すぎないか?」
「いや、ですので、本当に4年後には死ぬ予定だと思っているようなのですけれど」
「嫁、格好良すぎる、マジでやばい、今日も朝まで離せないかも」
「子作り大いに結構ですけれども、4年後に死ぬってなんなのですか?殿下は4年後に死ぬおつもりなのですか?」
最近シワが増えてきたジャスミンの顔を見上げると、私は朗らかな笑みを浮かべながら言い出した。
「それはそうだろう、エドアルドが成人してしまえば私は邪魔者以外の何者でもない、エドアルドの治世に影を差すのは間違いようのない事実だからね」
「まさか実の子に毒杯など」
「賜るに決まっているでしょう」
王妃は私の存在自体を否定している、死んだところで何の感情も浮かばないだろう。
「まあ、実際に賜るつもりは全くないのだが、ピアはそういうつもりで人生の計画を立てているのさ」
「どういう計画なんですか?」
「さあね」
小さく肩をすくめながら立ち上がる。
問題は、後宮での茶会に毒が用意された事であり、それを直接差配したのが私の母ではないだろうというところだ。
国土が豊かな我が国を狙う国は多く、母の負の感情を利用して我が国を乱してやろうと考える輩がすでに、王宮内に潜り込んでいる。
「父に報告をして来よう」
辞儀をするジャスミンに送り出されながら執務室を出て、王の執務室へと向かって歩いていると、こんな事は滅多にないのだが、前方から王妃であるラファエラ妃が歩いてきた。
私は彼女の息子の範疇には入らないので、廊下の端により、臣下がするように辞儀をする。本来、私はこんな事をする必要はないのだが、子供の時から強要されているので、特に不快には思わない。
いつもなら無言で通り過ぎる王妃が私の前で立ち止まると、
「オルネラの娘を娶ったのは私への当て付けですか?」
と、珍しく声をかけられた。
オルネラはピアの母であり、元は母の兄の婚約者だった人だ。
「いいえ、違います」
まあ!図々しい!とか、白々しいにも程があるとか、周りの侍女たちが口々に言っていたが、私は一応王子なのでね、うんともすんとも言わないので、次第に周囲が静かになっていく。
そこで頭を上げた私は、
「憎いオルネラの娘も私もどうせ死ぬのですからご放念ください、あなたの愛するエドアルドが王位に就き、私は死ぬ。それ以上に求めるのは強欲に過ぎる」
そう言い切ると、母に背を向けて歩き出した。
「死ぬ予定が決まっていると楽なもんだな」
ピアの言う通り、私も4年後だか5年後に、毒杯を賜って死ぬのだと決めると、予定が決まってさっぱりした気分になってくるのだから不思議だ。
最悪の場合、毒杯を賜る。ではなくて、どうせ毒杯は決定なのだから、それまでは割り切って付き合いましょう。そう考えると、非常に気分が爽快だ。
そうして、用意した死体と入れ替わったら旅に出よう。
ピアと旅をするのなら、何処に行っても楽しいに違いない。
長龍種を討伐に行くのも良いかもしれないし。
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