第12話

 今までは、ただ漫然と魔獣を狩り続けるだけの日々だった。


いつまで母の理不尽な暴力に耐えなければならないのか、いつまで嘲笑を浴び続ければいいのか。いつまで、兄から辛辣な言葉を吐き続けられなければいけないのか、全く分からないまま生きていた。その為、今現在、予定が決まっている人生というものに出くわして、今までで一番幸せな気分に浸っているのかもしれない。


 離宮に移動して来てからというもの、朝から晩まで淑女としてのマナーを学ぶ事になってしまったのだが、専属侍女のマリーが、

「いくら何でも朝から晩までなんて酷すぎます!ピア様のお体が壊れないか心配です!」

と言って、心配してくれる意味がわからない。


「朝から晩まで、場合によっては二日三日寝ないで魔獣を倒していた時に比べれば、夜もきちんと眠れるし、本当に本当に大丈夫!しかも、ご飯は三食、水をかけられる事もなく、美味しい状態で食べられるし、暴力はふるわれないし、これ程幸せな事って今までなかったですし!」


 マリーは涙を浮かべて小刻みに震えながら、

「そ・・そうなんですか・・・」

なんて俯いて返事をしていたけれど、その後は更に献身的に私に尽くしてくれるようになったのだった。


他の侍女やメイドさん、離宮で働く執事さんや、庭で働く園丁さんまで、やたらと私に良くしてくれるんだけど、これは、王子と結婚する私に対するサービスという事だろうか。


 父や従兄弟のラウロには、私は世界一の不幸になる!みたいな事を宣言したけれど、みんなが優しくしてくれるので、今のところ宣言通りになっていません。


 そうこうしているうちに、あっという間に婚礼の儀式を行う日がやって来たんですけれども、結婚しましたと宣誓して書類にサインするだけだし、ほんの数分で儀式は終わる事になるでしょう。


「既製品なのは気に食わないですけど、こんなに素敵なドレスを用意するだなんて、ヴァレリオ王子の本気を感じさせますよね〜」


 マリーはそんな事を言っていたけれど、ドレスの良し悪しなんて私にはわかるわけがない。普段、母親が着ていたドレスよりは物凄く値段が張りそうだな〜という意見しか出てこない。


 我が国では、結婚式には女性は純白の衣装を着て神の前で宣誓する事が、制度として決められている。その為、私は侍女、メイドがきゃあきゃあ言う純白のドレスを身に纏う。

やたらとデカイ宝石が連なったネックレスと、8センチ級のドロミティ山脈に生息する、鳳凰級と呼ばれる鳥型魔獣の中核魔石を加工して作られたイヤリングをしています。


 そして、最後に頭に乗っけられたのが純銀に宝石を散りばめられたティアラで、それにしてもこのティアラ、新品に見えるのは気のせいだろうか。


「いや、まさか」


 4年後だか5年後には確実に毒杯を賜る私に、新品を用意する訳が無い。王家というものは古いものでも新品に見える技術がたくさんあるに違いない。素晴らしい宝飾類の宝庫なのだな、と、そんな事を考えながら、染め粉を落として虹色に輝くようになった自分の髪の毛の上に乗るティアラを鏡越しに眺めていると、

「お時間でございます」

と、外からこの離宮の筆頭侍女であるジャスミンが声をかけてきた。


 ジャスミンは王家の血筋のようなんだけど、本人曰く、傍流も傍流、だけど、王妃様には対抗できる血筋という事もあって、この離宮の筆頭をしているのだそうです。

 すでに結婚をしていて、子供さんも居るジャスミンは40代も後半に差し掛かっているご婦人で、これは誰だ状態となっている私を見上げると涙ぐみ、

「ヴァレリオ王子がお待ちです」

と、悔しそうに言いました。


 そうですよね〜、第一王子の伴侶が私(淑女としてはあり得ない短髪)なのは、お立場的に悔しいですよね〜。だけど安心してください!何かがあれば早々に消える予定の、今の所、色々と都合が良いので置いておこう程度の妃なので!何の心配もないのですよ!


 心の中で声をかけながら、ジャスミンさんの後に続きます。


 王族の結婚は、代々、王宮内にある神殿で行われます。

 神殿内には、あら〜、国王陛下がいらっしゃいました。父とラウロまで居ます。私たちの結婚を見届けるのは、以上3名と、教会の祭司様という事になるのでしょう。


「それでは結婚の儀をはじめます」


 王子の側近であるステファンさんに儀式のやり方は教えて貰ったので、つつがなく式は終えることができました。

 と言っても、お互いに誓約書にサインするだけの事なんですけどね。


 私もやたらと着飾っていたのですが、ヴァレリオ王子も純白の上下に白のクラバット姿が眩しいようでした。いつも黒い服を好まれる方なのですが、衣装が純白になると、深紅の髪の毛がますます輝いて見えます。

 漆黒の瞳が何故か憂いを含んだように見えるんですが、きっと、衣装にかかった費用を気にして憂いているのでしょう。


 見かけは豪勢な衣装なので私が幸せそうに見えたのか、父とラウロは身も世もなく悲しそうな表情を浮かべています。


「いつだって帰って来ていいんだよ」


と、父とラウロは言っていましたが、『まだ言うか!』と、思わず叫びそうになってしまったのは仕方がない事だと思いたい。


 帰って私を虐めたいのは分かるけど、もう、そろそろ解放して欲しいと思う。兄が居るのだろうから(いまだに帰って来ているのかどうかも知らないけれど)三人家族で幸せハッピーを噛み締めて欲しい。どうしても誰かに水をかけたくなるのなら、当番制で誰か犠牲者を決めてほしい。


 そしてラウロよ、ミリアムさんとお幸せに!私は絶対に邪魔はしないからね!その旨を是非ともミリアムさんに報告してほしい。


 正直に言って、私は結婚式というものがどういったものなのかさっぱり分からないのだけれど、離宮に戻ったらサロンが花で飾り付けられていて、豪勢な料理が並べられていた。今日は何でも無礼講ということで、離宮で働く全ての人が私たち二人を祝福するために食べて飲んでと楽しむそうで、

「こんな形で申し訳ない!」

と、王子がこっそり頭を下げていたけれど、私、こんな形が何の形なのかも分からないんですよ。だから、どんな形でも嬉しいです。


 その後は、ジャスミンさんに連れられてお風呂で体を洗われまくり、なんかよく分からないオイルを塗られ(安眠効果でもあるのだろうか?)普段は着ないようなスケスケ寝衣を着た私は、寝室へと送り出されたわけです。


 この寝室は初めて使うのですが、疲れているだろうからゆっくり大きなベッドで寝てくださいというジャスミンさんなりの配慮だろうか。


「ふわぁ〜、確かに寝心地良さそう〜」


 スプリングが良く効いたベッドに腰をかけて、大きなあくびを一つすると、ルームシューズに仕掛けておいた小さなナイフを取り出しました。


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