第11話

私はマスタンドレア王国の第一王子であり、すでに二十一歳になっているという事もあって、父上の名代として、他国の王族の結婚式に招待された事は、今まで何度もある。


 王族の結婚とは国をあげての慶事であり、結婚する人間にどれほどの問題があったとしても、とりあえずのところは目を瞑り、周辺諸国の王族や要人を招き、大金をかけて祝い事を行う。


 結婚式という名に託けた多くの要人との交流の場となり、折衝、交渉ごとなどが行われるのはもちろんの事、盛大な式を行った我が国の威容や豊かさを誇り、我が国と国交を開くことがどれだけ素晴らしい事なのかという事をアピールする場にもなる。


 そのように政治利用される結婚の儀式の主役となる新郎新婦は、内心はどうであれ、豪奢な衣装を身に纏い、自分たちの幸福をアピールする。特に、王位継承権も高い第一王子の結婚式ともなれば、何年も前から準備をするようなものであり、王子の伴侶に選ばれた者は、実情はどうであれ、この王国で一番の幸せ者だと称えられ、多くの令嬢に嫉妬と羨望の眼差しを向けられる事になる。


 そう、本来であれば、第一王子の伴侶として選ばれた時点で『王国一の幸せ者』という称号を得たのも同じことになるはずなのに、私の伴侶となるピアは、堂々と胸を張って『王国一の不幸になるのだから心配するな』というような事を言ったのだ。


「ヴァレリオ王子・・・王子・・・どうされたのですか?」

「うるさいなー〜―」


 側近のステファンを見上げた私は、再び頭を抱えると、

「自分の不甲斐なさに涙が出そうになったのは生まれてこの方はじめてだよ」

と、泣き言を言った。


「今日はピア様の父上と面会なさったのですよね?もしかして、可愛い娘をお前みたいな王子にはやれるかー!みたいな事を言われたのですか?」


「そこまでの強い主張ではないが、娘には王子妃は無理なので、辞退したいというような事を言っていたな」


「それは随分と豪胆な!」


ピアとの結婚は王命によって結ばれた結婚という形をとっているため、伯爵身分の父親であれば、喜んで娘を差し出すところを、あそこまで苦渋に満ちた表情を浮かべているのを見るに、それほど娘を手放したくなかったのか。


「ピア様は兄君と立場を入れ替わって出仕をしている時点で伯爵領としては大きなペナルティだというのに。王子との結婚は、そのペナルティ以上に伯爵家にとっては嫌なことであったのでしょうか?」


 それな、私の評判はすでに辺境でも地の底まで落ちているという事なのかもしれない。


「ピア様は淑女として教育は全く受けていないような状態ですので、そこを心配されたのかもしれませんけどね」


 兄の代わりに出仕したピアは、領地でも兄の代わりに働いていたという事もあって、男そのものの生活を長年していた節がある。今は私の離宮で、朝から晩まで、淑女としての講義を受けている状態なのだが、覚えは非常に良いらしい。


「報告を受けた通り、ピアは使用人からも嘲笑を受け、気まぐれに母親からも暴力を奮われ、兄ばかりが溺愛されるような状況がずっと続いていたのだろう。父親や面会に訪れた従兄はピアを領地に連れて帰りたいようだったが、ピアは、自分は王子妃となったとしても、絶対に幸せにはならないから心配するなと、先々、毒杯を賜るのは決定しているようなものだから、流行り病で死亡届を出すのも、毒を賜って死亡届をだすのも、それほど大した違いではない。自分は絶対に幸せになどなりはしないのだから、安心して、故郷に戻ったらピアは王国一の不幸せとなったのだと吹聴してくれと言っていたよ」


「はあ?」


 ステファンは呆れたような声をあげると、まじまじと執務室の自分の椅子に座る私を見下ろして、大きく目を見開いた。


「ヴァレリオ王子の妃になると、王国一の幸せ者どころか、王国一の不幸せ者となるという訳ですか?」

「そうなのかもしれないけど、彼女に胸を張って笑顔で言い切られてしまうと、私の胸が大きく抉られる結果となったわけだよ」 


「王妃様の事など気にせずに、正規の手続きをして豪勢な結婚式を挙げれば良いじゃないですか?貴方はこの国の第一王子なのですよ?」

「そうすればまた、母が邪魔をするだろう?」


 私は今まで、自分の母親の事など塵芥と同様、考える価値のないものと考えていたのだが、今は違う。実は生まれてはじめて、自分の母親に対して、腹の奥底から煮えたぎるような怒りを感じている。 

 しかし、その怒りは母親だけでなく自分自身にも向けられていた。


 第一王子との結婚だというのに、神の前で宣誓をするだけの簡易なもの。

 家族も誰もいない、自分たちが制約を結ぶためだけの儀式。

 貧しい平民と同程度の、簡素で金がかからない儀式に他ならないのだ。


 私は正直に言って、彼女に胸を張って、堂々と不幸を宣言される事に対して言いようのないやるせ無さを感じている。

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