第10話

 軍部に武官として務めていたルカ・アルジェントロは、ヴァレリオ王子付きの秘書官として配属になり、そのまま、王子が住み暮らす離宮へとお引越しをする事になったのだった。


 私はほぼ何も持たずに王都にやって来たので、所持品なんか最低限の物すらない。淑女たるもの化粧品の一つも持ってなくちゃいけないんだろうが、そもそも男として暮らしていたので、そんなものを持っているわけもない。

 そんな訳でゼロスタートで、さまざまなものが取り揃えられる事になった。


 そもそも、私との結婚を陛下がお許しにならないだろうとたかを括っていたところがあるんだけど、貴族の娘と結婚できればそれでいいと考えていた王様は、本当かどうかは分からないけれど、二つ返事で承諾してくれたらしい。


 国王の赦しが出たということで、王子が結婚承諾の伺いを我が親に送るとの事で、私の方からも、男装していることがバレたこと。ルカの代わりに働いていた事は、王家に対する偽証罪が適用される事。これらをなかった事にするためには、一旦、今は婚約者が居なくて困っているヴァレリオ王子と結婚をするしか方法がないという事を手紙で説明。


私が生贄になればアルジェントロは不問にされるという事なので、喜んで差し出すでしょうと思っていた訳だけど、意外や意外、承諾の返書と共に、父と従兄のラウロが王宮へ参内する事になったのだ。


 とりあえず、離宮で、ヴァレリオ王子と私が二人と面会する事になったのだけれど、

「お・・お・・王命にて結婚承諾書にはサインを致しましたが、私はこの結婚には反対です。ピアに王子妃など荷が重過ぎます!」

と、父が言い出したのには驚いた。

 王族と縁が結べるという事で、もっと喜ぶと思ったんだけどなぁ。


「それは王命に叛くという事で良いのだろうか?」

王子の一言で、父はモゴモゴ言って黙り込むと、従兄のラウロが頭を下げながら言い出した。

「不敬を承知で、一つだけ申し上げさせてください。実はピアは私の婚約者で、アルジェントロに帰った後は、私と結婚し領地を引き継ぐ予定でいたのです」


 これもラウロなりの新手の嫌がらせという奴だろうか。


「ピア、君、私の他に婚約者がいたわけ?」

「居ないですよ?居ない!居ない!私は死亡届けを王宮に出される予定ですし、死んだ者扱いをされる事になっていたんです」

「アカミラ子爵家の養子となって、私と結婚する予定だったんです」

自信を持って答えられるラウロの神経がよく分からない。


 隣を見ると、うん、どういう事?みたいな感じで王子が見つめてくるけど、知らんがな。ああー、もしかしてこれは、あれかな、つまりはいつものあれって事なのかな?


「私、幸せになりませんよ!」


 ここは殿下に与えられた水晶の離宮で、客を招く応接間は質の良い家具で取り揃えられており、大きな窓から差し込む光が部屋を暖かく照らします。

 アルジェントロで這いつくばっていた私としては、全くもって不相応の部屋だとは思いますが、恥じ入らず、胸を張って父とラウロを見つめました。


「急に王家から連絡が来て驚いたのはわかります、私が第一王子であるヴァレリオ殿下の伴侶になるなどと、ありえない事だと驚くのもわかります。だけど、別に、王子妃になって私が幸せになるなんて事は全くないので、そこは心配しなくても大丈夫です!」


 二人の驚く顔を見て、何度も私は頷きました。


「どうせそのうち王妃様から毒杯を賜るのは決定事項ですし、帰って死亡届をだすのが王宮で死亡届をだす事に変わるだけですし、期間もそれほど長くはならないはずです。せいぜい四年とか五年?いやいや、王子の目の前に素敵な人が現れたら、もっと早く賜る可能性もありますね」


 私の家族や親族は、私が不幸じゃないと納得しないところがあるからなぁ。


「そりゃあ、毎日、母親に水浸しにされながら食べるまずい食事に比べたら、ここで出される食事は天にも昇る心地になるほど美味しいですよ。四六時中、気が向けば暴力を奮う母もいなければ、嘲笑しか浮かべない使用人なんかもゼロですしね。そこから比べたら今は幸せかもしれないですけど、どうせ近々、毒杯を飲むんだから、あらかわいそーくらいのつもりで考えてくれはしませんかね?」


 隣で王子が吹き出しているけど無視しておきます。


「それで、結局、何も知らされてないので分からないんですが、兄は見つかったんですか?若い女の子と逃避行なんて頭の悪いことをしている人ですけど、兄さえいれば幸せじゃないですか?私の不幸が見られないと困るから王家から連れ帰るなんてバカな事考えないで、自分の領地と目の前の幸せをお父様も噛み締めてくださいよ」


 感極まった様子で、父が下を俯いている。


「ラウロも、長年私なんかの副官として働いて貰って申し訳ありませんでした。貴方には愛しのミリアムが居るんだから、彼女の事を大事にしてあげて。憂さ晴らしに使うために母が私の事を連れ戻せなんて馬鹿みたいな事を言ったのかな?母は私が大嫌いだから、憂さ晴らしにしても帰って来いなんてことは言わないと思うんだけど、とにかく、両親の言葉に振り回されなくていいから、ラウロは自分の幸せだけを考えて」


「ミリアムなんか好きじゃない!」

「またまたぁ」


 ラウロもまた、うちの両親に毒されているのかな。

「あれだけ、腕に絡み付けて四六時中一緒に居てイチャイチャして、それで好きじゃないって」

思わず笑っちゃうよ?

「ミリアムさんも、周りの人にかなり熱愛を吹聴していたし、ラウロとの結婚も秒読みだって言っている中で私と結婚したらどうなるか」

 あっそういう事か。

「そこまで私を不幸にしたかったのか?確かに今、私がラウロと結婚したら領地中から総スカンくらいそうだもんな!なるほど!そういう手に出たか!さすがだな!」


 ほんと、私の周りには私を貶める奴しか存在しないんだよなぁ。


「大丈夫!大丈夫!本当、幸せにはならないから!アルジェントロに帰ったら、みんなに向かって、ピアは世界一の不幸になっていると吹聴してくれよ。そしたらみんな、納得するだろうからさ」

そう言って笑うと、ラウロも感極まったのか顔を俯かせて身動きしなくなった。


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