第9話
「土龍を殺せるレベルの人間を嫁にする?」
「ええ、そうです。私の妻としてはちょうど良いでしょう?」
陛下はピア・アルジェントロの身上書に目を通すと、顔を顰めながら眉間を指先で揉み始めた。
「ピア・アルジェントロ、兄ルカ・アルジェントロの身代わりとなって王宮に出仕する。勤務態度は良好、ネズミ型魔獣ウーリー八千匹の駆除を瞬く間におこなった逸材。確かにお前の伴侶としてはちょうど良いだろうが、同病相憐むと言ったところか?この娘の母親はジョヴァネッリ侯爵家の娘オルネラだったのではなかったか?」
二十年ほど前に王都を騒がせたのがオルネラ・ジョヴァネッリ。王国の花と謳われた美貌を持つ女性だったが、当時の婚約者だった公爵家の息子の浮気に発狂寸前となり、毒を盛って殺しかけたという過去がある。
元婚約者は幸いにも命に別状はなかったが、婚約は破棄される事になり、修道院へ送られる寸前となって、辺境にある伯爵家に嫁ぐことが決まり、以降、王都の社交には顔を出していなかったはずだ。
「ピア嬢の母であるオルネラの元婚約者はセルジオ・カルディナーレ、お前の伯父だという事は忘れていないだろうな?」
「ええ、不思議な縁だとは思いました」
実の兄を嫉妬から毒殺しようとしたオルネラを、私の母は今でも許してはいない。
そのオルネラの娘ピアが私の伴侶となるのだから、非常に面白いじゃないか。
「わざとやっているのでは」
「わざとじゃありません」
私は咳払いを一つした。
「母上の嫌がらせの所為で、私の婚約者になろうなどと考えてくれる女性は現れないという状況にまで陥ったのですが、幸いにも、ピアは私と結婚しても良いと言ってくださいました。私が王位を継がず、弟が成人の暁には毒杯を賜るかもしれないと言っても、私と一緒に毒杯を飲むと宣言してくれるような奇特な女性なのです」
「お前はまた・・」
「そのような訳で、私の結婚は内密に、早急に執り行うつもりでおりますので、そのようにご承知いただければ幸いです」
「はあっ」
この国の王である父は大きなため息を吐き出すと、
「祭司にそのように取り計らうよう私から声をかけておこう」
と言い出したため、
「後はこちらでやりますので、祭司様の方だけよろしくお願い致します」
私は辞儀をして、王の執務室を後にする事にした。
急転直下の結婚話、しかも相手は辺境にある、吹けば飛ぶような地位に就く伯爵家の娘である。しかも、母親から呪詛の言葉を吐きかけられ、食事中には水をかけられ、気まぐれに暴力をふるわれながら育てられた娘である。呪われた王子には実に丁度良い。
「ヴァレリオ様、脚本の方が出来たようです。早急に中身を確認して欲しいのですが」
「よおし、どんな内容か拝見してやろうじゃないか」
国外からどんな見られ方をしても構わない国王と王妃ではあるが、国民からどう思われるか気にするところがあるのは間違いのない事実。
ピアの存在は、王妃にとっては、どうにでも調理出来る伯爵令嬢に過ぎない所を、国民感情という味方をつけて、どうしても排除しきれない存在にまで押し上げる。
ここ最近の劇場では悲恋ものが流行となっていたが、ここに、身分差を越えた二人の愛の経緯を描いたハッピーエンドものを突っ込んでみても面白いだろう。
自分の執務室へと戻った私は、側近のステファンから受け取った台本に目を通し始める。
「お前、これをもう読んでいるのか?」
「ええ、王子の恋の物語はすでに熟読いたしました」
「どう思う?」
「男装の令嬢というところがいいですね」
ステファンはぽやんとした顔で言い出した。
「今の社交会は可愛いが正義になっていて、少しお年を召した女性の方々は辟易しているところがあるようです。そこに突如として凛とした美しさを持つ男装の令嬢など現れましたらば、きっと今の流行は転換することになります」
「金が儲かる匂いがするな」
「さようにございます。ですので、マダム・ソフィアにはピア嬢の衣装を二種類用意してもらいましょう」
「二種類?」
「男装用の衣服と白百合のように清楚なデザインの女性用のドレスです」
「可愛い系じゃなく?」
「次に来るのは清楚系ですよ、時代は回るんです」
元々子爵家の三女だったか四女だったか、人気のデザイナーだったソフィアは王妃のお気に入りとなったのだが、歳を取るうちに意見が分かれる事にもなり、結果、王妃から無視されるようになってしまった。
王妃から存在を無視されるという事は、社交会からの追放を意味しているのだが、そんなソフィアを拾ったのが、当時12歳の私である。
「あと、一ヶ月後に結婚式を挙げるから、花嫁衣装を用意してもらわないとな」
「はあ?一ヶ月後?」
「父には確認した。当事者のみで神の前で誓い、披露の場も宴も設けない」
「嘘でございましょう!」
「ピアもそれでいいってさ」
「それ、絶対に嘘でしょう!どんなふうに言いくるめたんですか?」
「言いくるめてなんかいないよ。向こうも親族なんか来るはずないから、最低限の人数どころか、私たち二人でも問題ないって」
「はあ?」
顔をくちゃくちゃに顰めると、足取りも荒く、側近のステファンは出て行ってしまった。
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