第8話

「ロックガーデンに主級のサラマンダー?またなんであんな近場に出るかなー〜」

 

 側近のステファンから報告を受けた私はうんざりとした声を発しながらデスクの上に突っ伏した。近場の魔獣討伐は冒険者ギルドに依頼を出す形となるが、早急な解決を求められる時に引っ張り出される事になるのはいつものこと。


「面倒臭がらずにロックガーデンに行ってみたら良いと思いますよ?」

「なんだって?」

「この前ご報告した、ルカ・アルジェントロがロックガーデンに討伐に行くようなので、どれほどの腕前か見ることが出来るかと思います」

「ルカ・アルジェントロ?」


 確か魔獣討伐のプロとか何とか言っていたような・・・ 


「ネズミ型魔獣ウーリー八千匹を一発で殲滅するような奴ですからね、殿下も興味を持たれていたと思うのですが?」

「そうだね、どんな戦いをするのか見てみたいとは思っていたかな」


「それじゃあ、明日、夜明け前にロックガーデンに移動となりますので」

「はあ?」

「冒険者が来る前に仕留めるつもりみたいですよ?」

「へえ」


 ステファンの甘言に乗せられロックガーデンに向かった私は、度肝を抜くサラマンダーの捕獲方法に驚きを隠せなかったわけだ。


「ええー〜―?あの笛は鳥型魔獣パッキーの飛行中の異音を模していたわけー〜?考えるねー〜!さすがアルジェントロ出身って事かなー〜?」


 レストランの個室に誘った私は、縄に結びつけた土もぐらをグルングルン回していた理由を聞いて、思わず驚きの声を上げたのだった。


 山を下る間、ぶつぶつぶつぶつ言っていたようだったけれど、そのうちに落ち着きを取り戻した様子で、最後には開き直ったピア・アルジェントロは、肉をモリモリ食べながら私の方を見上げた。


「私が使うのは土魔法なんで、どれだけ囲い込むかが肝なんです。草笛にしろ、撒き餌にしろ、結構、頭を使わなきゃいけない部分が多いかと思います」


 漆黒の髪の毛を短く切ったピアは、元々すらりと背が高い。肩幅の広い衣服を身に纏っていたようなので、よくよく観察しなければ女だとは気付けないだろう。


 彼女は、甘やかされた兄の代わりに王都へ出仕をしに来たという事であり、自分が女だとばれた時点で『王家に対する偽証の罪』が決定している。


 本来なら入省後、一ヶ月ほどで、自分(妹であるピア)が危篤だという報告が両親からもたらされ、慌てて領地に戻った後は、死んだ妹からうつった病で兄であるルカも亡くなったという報告が王宮にもたらされるはずだった。


 アルジェントロ領は領主の甥が引き継ぐ事となり、ピアは死亡扱いとなる予定だったそうだ。


「両親から帰郷を促す手紙を受けたら、そのまま出奔する予定だったピアさん?君はこの後、どうするつもりなわけ?」

「え?死刑ですよね?」

 ピアは口の中の肉を飲み込んだ。


「王家への偽証は死を意味する事になるって、入職の時に先輩から教わったんですけど」

「死刑になってどうなるの?」

「えええ?そうですね、両親が私の遺体を持って帰るなんてことはしないでしょうし、共同墓地に放り込まれる的な?」

 私は思わずため息を吐き出した。


「実家ではひたすら虐げられて、兄の代わりに働かされ続けて、挙げ句の果てには死刑の上に、共同墓地だなんて」


「じゃあ、王子が私の墓を立ててくれるんですか?」

「嫌だよ、私は王族だよ?変な誤解を受けるのは間違いないじゃない」

「ですよねー」

 

 諦め切った様子のピアは伯爵令嬢という事になるのだが、言葉使いはアレだが、食べる所作は美しい。

 黒く染まった髪の毛の根元を見るに、元々は虹色の髪色をしているのだろう。

 メガネの奥の瞳は黄金に瞬き、中性的な顔立ちが、女性らしい可愛らしさを求められる令嬢の中では異質に見えるほど凛とした輝きを持っている。


「ピアさん、君がとりあえずの所は死なないように、僕だったら差配する事が出来るのだけれどね」

「え?本当ですか?」

「君、僕と結婚する気はある?」

「はあ?」



 つまりはこういう事だ。

 辺境の地で魔獣からの攻撃を防いだ兄のルカは大怪我を負う事になり、王宮への出仕は到底できない状態となってしまった。

 王家に偽ることは悪い事だと知りながら、兄を守るため、アルジェントロ領を守るため、双子の妹であるピアは、兄の代わりに男の姿となり、王宮への出仕を決意する事になる。

 王宮でそつなく仕事をこなしていたピアは、ある日、マスタンドレア王国の第一王子であるヴァレリオ王子に、女性である事を見破られてしまう。

 家族に迷惑をかけるくらいならと、その場で自決する事を決めた彼女を止めたのはヴァレリオ王子で、王子は美しい金色の瞳を見つめながら、愛の言葉を囁いた。


「私と、結婚してください」


「ばかですか?ばかなんですよね?やっぱりばかなんじゃないんですか?」


「良い案じゃない?今の私には婚約者になろうなんて奇特なレディはただの一人も居ない状態なのだから、辺境の伯爵令嬢?しかも兄の代わりに出仕してきた?それくらいの変わり者じゃないと、まわりも納得なんかしないって」


「だからって私に王妃は無理ですよ?碌な教育なんか受けていやしないんですから」


「なおさらそこがいいんじゃない」


 私は目の前で訝しげに金色の瞳を細めるピアの顔を見つめ、笑顔を浮かべた。


「私は王妃から生まれているし、私の弟であるエドアルドも同じ母から生まれた兄弟って事になるんだけど、私は生まれた時から、何故か母に憎まれているんだよ」


 話を聞いた限り、その点は、今目の前にいるピアと同じ状況だと言える。

 継母でもない、自分を産んだ実の母だというのに、なんの理由かはさておいて、お互いに赤子の頃から憎まれ続けているわけだ。


「母は憎むべき私ではなく、愛する弟を王位に就けたいと考えている。だったらそうすりゃあ良いじゃないかと思うのだが、父が待ったをかけている。私の弟は善良と言えば聞こえがいいのだが、傲慢気質な上に他人に流されやすい。王としての資質を問えば、今の時点ではあまりにも頼りない。だが、弟は十六歳なのでね、これから先の未来に母やこの国の重鎮たちは賭けているのだよ」


「この先の成長とか未来とか、そんなの関係ないのでは?」


 ピアはあっけらかんと言い出した。


「自分の好きな子を特別扱いしたいと考えるのは自然の摂理ですし、うちの領地だって、兄が頭領となった方がうまい汁を吸えると考える親族が山ほどいます。これが王宮になったらもっと規模が大きなものになるんでしょうけど、とりあえず、王妃様の言葉に王様は逆らう感じではないって事ですもんね?うちと同じです」


 あははっ辺境の家なのに、うちと同じとは笑わせる。


「まあ、そんな訳で、今はまだ弟が成人していないから私も生きていられるが、弟が成人した暁には、病を理由に幽閉からの毒杯を賜ることとなるだろうから、私の嫁になろうなんて思う者は現れない」


「それで、元々死ぬ予定だったのだから、期限を伸ばしても問題ないだろうみたいな感じですか?」


「そうだね、身分詐称して働いていた問題児である君を娶る事で、得られるメリットはこちらにもある。君の家も、王家に対する偽証を有耶無耶にできるメリットは大きいだろう。私の弟が現在十六歳なので、成人するまでの四年間は、王宮で美味しいものでも食べてのんびりしてもらって、4年後から5年後には毒杯ということになるだろうから、二人で王宮を逃げ出して逃亡しよう」


「やっぱり死ぬ予定が遅くなるだけなのか・・・」


 ピアは小さな声で呟くと、美しい瞳を僕に向けた。


「王子妃になるという事で偽証罪は免除、淑女としての教育を満足に受けていなかったとしても、そもそも貴方が王にはならないから、特に問題ないという判断で間違い無いでしょうか?」

「そうだね、間違い無いと思うよ」

「エドアルド王子が成人後、私たちは幽閉されて、毒杯を賜る時には、きっと貴方だったら良く似た死体の一つや二つ、用意してくれそうですよね?」

「まあね」

「それでは、私からも条件があるんですが」


 ピアは咳払いを一つすると言い出した。

「私は王子妃という役職で貴方様に雇われるという事にして頂いて、お給料制として月々、お給料を支給して欲しいんです」


「王子妃には王家から月々決まった費用が支給されるんだけど」


「それって、王家からの支給という形ですよね?そうじゃなくて、私は、私を雇った貴方自身から、個人間のやりとりとしてお給料を支給して欲しいんです」


「はあ」


「ギルドに私名義の口座があるんで、そこに支給して頂けるとありがたいです。それから、毒杯を賜った後は、別に一緒に逃げる必要はないです。お互い、ソロでやっていきましょう」


「ええ?もしかして、私は君に嫌われちゃったのかな?」

 見た目だけは女性ウケすると思っていたのだが、好みじゃなかったかな?


「いえ、そうじゃなくて、もしかしたら貴方様が毒杯を賜らず、新しい妃を娶って王位に就くことになり、身分も低い私だけが毒杯を賜ってお払い箱って事もあるでしょうし、どっちにしろ私だけ追放って事は大いにあると思うんです。だから、毒杯後は、変な約束事なんかいらないです。私は王子妃として稼いだお給料を持って旅に出ますから」


「どこに旅に行くの?」

「どこでしょうね?考えるだけでも楽しみです」

 ピアはにこりと笑った。


「とにかく、女だとバレて死ぬまでの期間が伸びたという判断で良いんですよね?でしたら、それまでの間は、頑張ってお給料分働きます」

「のんびりしていてもいいんだよ?」

「王宮で?」

 あははっはと笑うと、

「あんまり無理するつもりはないですけどね、あくまで頑張るのはお給料分ですよ」

と、ピアは言い出した。

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