第6話

 王都マテーラを囲む城壁を抜けてから馬車で1時間ほど移動した場所に、風光明媚な観光地として有名なロックガーデンがある。


 女神の滝と言われる清らかな滝には豪華な吊り橋がかけられており、この吊り橋を渡った先に奇岩群が現れる。花崗岩が長い年月をかけて風雨に晒されて、様々に姿形を変えていった急峻な風景は美しい。


 富裕層や貴族が観光に訪れるため、この美しい風景を眺めながらお茶が出来るようにと洒落たカフェが2軒ほど並んでいるのだけれど、サラマンダーが出現したという目撃情報を受けて以降、臨時休業となっているらしい。


 討伐依頼が出たのが3日前なので、すでに冒険者の手であらかた探し尽くされた感が、朝日に浮かび上がり出した岩肌の崩れた景観に残されている。


「主(ぬし)狙いなのに、なんでこんな場所を探すのかわからないな」


 サラマンダーは岩場を住処とする魔獣だけれど、その体が大きくなればなるほど、住処を山頂付近に変えていく。工夫さえすれば、捕まえるのは容易い。


 ここから森の中に入って、主を捕まえるための準備をする。

 捕まえるのは土もぐら三匹程度、これをひとまとめにして縄で縛り付けると、そこに竹で作った特殊な竹笛を括り付ける。


 これを背中に担いで山頂を目指し、上から、主(ぬし)級が住んで居そうな岩場をチェックする。

 サラマンダーは火属性なので太陽の光を浴びることを好む傾向にあるが、主レベルになればそれほど太陽の光を必要としない。太陽の光よりも地熱を好み、地中より蒸気が滲み出るような場所を住処とする。


 太陽が燦々とは当たらない、大木が大きく枝葉を茂らせている少し苔むした岩場の近くで土もぐらを下ろすと、3メートルほど縄を伸ばして、縄の先を自分の手に巻きつける。


 こういう時に風魔法を持つ従兄のラウロが居れば楽が出来るのだけど、私を手伝ってくれるなんて事はもう、二度とないのだろう。


「ヨイショ!」


 力技でぶん回してみたものの、体長20センチの土もぐら三匹程度だったら、ラウロが居なくても大丈夫みたい。風魔法がなくたって出来るじゃないか!

あいつ、地味にイジメめいた事をしてくる奴だったから、やっぱり居ない方が気が楽だな。


 サラマンダーは土もぐらを好んで食べるが、幼体の時は体が小さすぎて、単体で襲って食べるなんて事はなかなか出来ない。だけど、主(ぬし)級になれば余裕で土もぐらを狩って食べることが出来るため、どんどん体が大きくなっていくわけだ。


 土もぐらはサラマンダーも好きだけど、パッキーと呼ばれる体長80センチの鳥型魔獣も土もぐらを好んで食べる。パッキーは大物狙いで、捕まえた土もぐらは巣に持ち帰って食べるため、移動中のパッキーの足に火を吹きかけて獲物を横取りするのは、主級サラマンダーの習性みたいなものだ。


 パッキーは飛ぶ時に異音を発するんだけど、この異音を竹笛で模している。

 縄に括り付けられた土もぐらが、ヒュン、ヒュン、と異音をたてながらぐるぐる上空を回っているという事は、パッキーが更なる餌を求めて上空旋回している事を意味している。


「グッブホォおおおおおおお」


 威嚇の発声と共に上空に炎が上がる。

 縄に縛りつけた土もぐらが炎を浴びて落下していった。

 苔むした巨大な奇岩の上に現れたサラマンダーは3メートル級、土龍に進化しかけているのがよくわかる。


 魔獣の中でも出世魔獣と呼ばれる種類のものがいくつかある。トカゲ種なんかは出世魔獣の代表格だ。トカゲ種から土龍種、土龍種から長龍種、長龍種から古竜種。古竜種は世界に片手程度しかいないと言われるほどの希少種で、災害級とも言われる。


「こんな王都の近くで3メートル級だという事は・・・」


 大金を確実に手に入れる事が出来るという事だ。


「スヴィンド」


 周囲の土をサラマンダーの体にまとわりつかせるようにして足止めをかけると、

「ギャアァアア!」

自分の体に向かって炎を吐き出した主級は絡みつく土を乾燥させ、弾き落とす。


 真っ赤な瞳は私を捉えると、あっという間にこちらの方へと迫り来る。

 腰から引き抜いた剣を鼻先に叩きつけながら宙返りをうつと、苛立たしげに顔を左右に振ったサラマンダーが無傷だという事に気がついた。


「剣が欲しい」


 主級とはいえ、サラマンダーの鼻っ柱すら傷つけられないだなんて、アルジェントロで支給された剣はナマクラすぎた。


「国軍の新兵の方がよっぽど良い剣を持っていたよなぁ」


 牙を剥いて襲いかかる主級の牙を弾き返して受け身をとる。


「ルカは毎年誕生日に剣をもらっていたけど、一本くらい掠めてもわからなかったんじゃないかなぁ」


 常に従兄のラウロが私を監視していたので、アルジェントロでルカの剣を使ったら即問題になっただろうけれど、王都だったら大丈夫だったかもしれない。

 

 そう考えてみたところで、埒もない事だけど。だって、王都に行けと言われたあの時は、1分1秒たりとも屋敷には居たくなかったから。


 世間体を常に気にする父が私に、アルジェントロから離れろと言ったのはあの時が初めてのことで、ルカの代わりに王都へ行けと言われたのは有り得ない事だった。途中で気が変わったら大変だと思い、魔力切れギリギリでも何も持たずに飛び出したのは仕方がない事だと思うもの。


「ペルフラー」


 回転しながら岩を飛び降りて、土の槍を主級に突き刺していくも、土が鱗に弾き返されて雨のように弾け飛んでいった。


 さてどうしようか。


 奇岩と奇岩の間で、獰猛な深紅の瞳と睨み合いをしていると、光の光線が貫いて、主級の首が切断され落下していく。


「なっ!」


 岩の向こう側へと倒れていくサラマンダーの体を呆然と見上げていると、岩の影から顔を出した男が、

「大丈夫〜?サラマンダーに襲われていたみたいだけど〜?」

と、呑気な調子で問いかけてきた。


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