第3話
ピア、お前がルカとして王都に行け」
パパガイオを土魔法で捕まえるのは至難の技だった。
土を縄状にして上空まで飛ばし、鳥型魔獣の足に絡めて地面へと叩きつける。
この足に絡めるまでの作業がかなり難しくて、繊細な魔力操作をする事でいつもの倍の魔力を消費する事になる。
もうこれ以上、後、一滴だって魔力がない状態で帰宅した私を出迎えた父は、私と同じ金色の瞳で私を見つめた。
「アルジェントロの嫡男だという事で、武官となり、軍の官吏として働きながら、緊急時には戦闘にも参加して欲しいという手紙が王宮から届いたのだ」
「それで?私が行くとしたら私を嫡女として申請するという事ですか?」
「そんな訳ないじゃない!」
母は私の髪の毛を後ろから掴むと、ザクザクと楽しむようにハサミで切りながら、
「使えない化け物でもルカの真似だけは得意だもの、女だとはバレないようにするために髪の毛だって短く切らなくちゃ」
と言い出したため、ハサミを握る母の手を押さえつけるようにしたラウロが、
「おやめください!女性の髪なんですよ!」
と、苦渋に滲んだ声を出す。
止めるならもっと早くに止めて欲しかったし、このバラバラの髪の毛になった時点で止めたところが彼なりの嫌がらせのひとつなのかもしれないが。
私の髪の毛が無茶苦茶なのも問題だが、そんな入れ替わりみたいな事をして、万が一バレる事があった場合に本当に困るのは兄であるルカだと思うのだが。
「もしも私が女だとバレた場合、出仕を偽ったルカが後を継ぐことが出来なくなるでしょうし、我が家の立場も非常にまずい事になるんじゃないんですか?」
「あなたが女に見えるわけがないじゃない!」
母のヒステリックな声を遮るようにして父が言い出した。
「ルカが気に入りの侍女と一緒に逃げ出した。王宮への出発は明日、日にちは変えられん」
それじゃあ、どうするつもりなのだろうか。
「一ヶ月、一ヶ月でお前は王都から戻ってくる事になる。ルカの妹であるピアが危篤状態となったという理由で呼び戻す。流行り病のピアを見舞ったルカも同じく病に罹り、二人とも亡くなったと死亡届けを提出する事になる」
え?私は死ぬわけですか?
「死亡届けを出した後は、甥のラウロがアルジェントロを継ぐ事になる。これは親族会議で決めたことだから覆せない」
「嘘でしょう!私のルカが後継になれないだなんて!そんなバカな話はないわよ!」
どうやら母はこの決定を知らなかったらしい。
「とりあえず形ばかりでも一度は出仕しないと我がアルジェントロは潰される事になる。ラウロ、これから私について仕事を覚えてもらう事になるからそのように」
「嘘よ!嘘!嘘!嘘!ねえあなた!嘘って言ってちょうだい!死ぬならピアだけでいいのよぉ!廃嫡なんて言わないでぇ!」
「ルカが逃げ出したのが悪い」
母を溺愛する父にしては珍しく母に対して塩対応だった。
「ピア・・俺は・・・」
ラウロは私に手を伸ばしたようだったけど、母を無視した父に連れて行かれてしまう。
残った私は、髪の毛がめちゃくちゃなまま、とにかく攻撃的になった母から逃れるように玄関ホールから逃げ出そうとしたものの、うっかりと捕まってしまって母は私に馬乗りになった。
「この化け物!化け物!死んで!死んでよ!」
大声で叫びながら私を力いっぱい叩き始める母は異常だと言えるだろう。
それを見つめる執事もメイドも侍女も誰も手出しもせずに、ただ、ニヤニヤと私を笑いながら見下ろしているのはいつもの事だ。
兄のルカが侍女と一緒にいなくなったというけれど、嬉しそうに笑っているラウロの幼馴染であるミリアムがここに居るということは、最近、ルカが夢中になった若い下級メイドが一緒だという事だろうな。
逃げ出すと言ってもどうせ領地にある別荘の何処かに潜り込んだのだろうけれど、あまりにも時期が悪すぎたと言える。
「そうか・・・」
自分の持ち物なんて特にないし、王都に向かうのが明日だと言うのなら、別に今日だって構わないんじゃないのかな。
「失礼」
持っている衣服も騎士服しかないし、もう、今日にでも出かけよう。
馬乗りになる母を自分の上から押さえつけるようにしておろすと、周囲から悲鳴が上がるのは何故だろう。
貴族の夫人の癖に、エントランスで馬乗りになってバチバチ殴る方が頭がおかしいと思うんだけど。
「王宮への出発、理解しました。では行ってまいります」
私はそう答えると、魔力切れ寸前でフラフラになりながら厩舎の方へと馬を用意するために歩き出したのだった。
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