第1話 見上げて、出会い、握り締める⑧


「いやー、やっぱり光莉ちゃんは格が違うよなぁ」


 星海未市と隣の市の境を通り抜けようとしていた一台の車……ある重要な荷物を運ぶトラックを運転しながら、男は呟いた。

 

「そりゃあアストラの子達もがんばっちゃあいるけどさ。

 今日のを見て改めて思ったけど、光莉ちゃんがぶっちぎり過ぎるっていうか」


 組織の枠、形としては源光莉もアストラの一員である。

 だが彼女はあまりにも強く、あまりに鮮烈過ぎる。

 それはガルベイグの撃退者としてのみならず、アイドルとしても、だ。

 それゆえに、アストラは三人で構成されていて、その上に光莉がいる、という構造だと星海未市の外では思われている。


 男は正しい構造を理解してはいたが、光莉のファンであるがゆえに誤解されがちな言葉になっていた。

 そんな男の隣に座る黒いスーツを着込んだ青年は、男とは仕事上そこそこの付き合いがあったので、その事を理解してはいた。


 だがそうだとしても釘は刺しておかねばなるまい。

 男も青年も世界ガルベイグ対策組織『カエルム』に所属する一員なのだ。

 方やドライバー、方や研究員ではあるが、同じ組織にいる以上言っておかねばならない。


「その言葉、アストラの子達の前では言わないで下さいね。失礼になりますから」

「ええー? あの子達も分かってることだろ? 間違って口にしてもそんな気にしないさ」


 気楽そうな男の言葉に青年は頭を抱えたくなった。

 分かっている事でも指摘されると少なからず感情を動かす言葉もあものだ。

 人間関係を円滑にする上ではそんな言葉は口にすべきでないのがマナーではないか、そう思う彼にとって運転手の男の無遠慮さは理解しかねるものであった。


「……そうだといいですね」


 そして、それこそ口にしても仕方ない事だと考え、青年は抱えた文句染みた言葉を霧散させた。

 そんな青年に対し、男は顔こそ向けていなかったが朗らかに笑ってみせた。


「はっはっは、大丈夫だよ、あの子達は立派にこの街を守ってくれるいい子達なんだからさぁ」

「ソウダトイイデスネ」


 そんな問答をしていると、段差にでも乗り上げたのか、ガクン、とトラックに衝撃が通り抜ける。

 走行には問題ないようだったが、大きな揺れだったので青年は文句を口にした。

 

「っと、気をつけてください。大事な荷物なんですからね」

「ああ、でもちょっとやそっとの揺れなら大丈夫だろ? 戦う時に使うダスターなんだからさ」

「まぁそうですけど……粗い仕事でマイナス評価されたら困るんですよ……私はもっと大きな仕事をしたいんですから」

「何がしたいんだっけ? ああ、男でも使えて、高価なパーツを使わなくてもいいダスターを量産するのが夢だったな」

「夢、というか目標ですけどね……そうなったら、あの子達ばかりを戦わせずに済みますし」

「いいじゃないか、応援してるぜー そうなったら光莉ちゃん達はただ楽しくアイドルすればいいんだもんな。

 俺の今の夢ははなぁ、光莉ちゃん達のライブを最前席で見る事、だなぁ」

「――まぁ、それは私も見たいですけどね、ええ」


 図らずも意見が一致して、雰囲気が和む……そんな時だった。


『いいわね。夢は大事よ。辛い現実を生きていく上で自分を支える力になる』


 唐突に、男とも女ともつかない電子音声がどこからか響いてきた。

 自分達以外は乗車していない筈の、それなりの速度で走行中の運送トラックにもかかわらず、だ。


『でもその夢はつまらないわね。あんな子のライブより魅力的な時間はいくらでもあるのに』

「だ、誰だ?!」

「ちっ!! 兄ちゃん、ちょっと飛ばすぞ!」


 そう言うと男は、ハンドル近くのボタンを一つ押す。

 するとすぐさまトラック上部の青いランプが点灯、緊急荷物運搬用のサイレンが鳴り始める。

 同時アクセルを踏みつけて速度を上げた。

 目的地は変わらず星海未セントラルタワー。

 そこに向かえば、辿り着けば、アストラやその候補生を始め、事態に対抗できる可能性はグンと高くなる。


「うっわぁぁぁっ!?」

「舌噛むなよ!? こちらID4968933!! えーと……」


 タワーへの通信を開き、男が今の状況をどう説明しようか悩んだ、まさにその時だった。


『ちなみに、私の夢は……アストラの連中を潰して、私達が世界の中心に立つ事よ』


 大きな衝撃と共に、一体のガルベイグがトラックのフロントガラスに張り付いたのは。

 そして、その背には、黒いライダースーツを纏いフルフェイスのヘルメットを被った何者かが乗っていた。


「――緊急事態だ! ガルベイグと人間が組んできやがった……!!」


 説明をしている暇はないと、見たままを男が告げた瞬間、さらに大きな衝撃がトラックを襲う。

 

(くそっ! あと少しでタワーだったのに!!)


 青年が心の中で悔しく叫ぶのと同時に、彼の視界は漆黒へと染まっていった……。










「はっ……はっ……はぁっ……!!」

 

 少女は、仲都なかと憧子しょうこは走っていた。

 星海未市内の至る所に設置されている監視カメラの死角を縫って。


 裏路地を駆けるその脳裏に浮かび上がるのは『こんなはずではなかった』ただその一念であった。 


「こんなはずじゃなかった、そんな顔をしてるなぁ、仲都ぉー」


 そんな彼女の前に、一人の男が立ち塞がった。

 中肉中背、ブリーチ状に金髪に染めた髪や派手なシャツ……彼自身の容姿も含めて一見軽そうなチンピラに見える男。


 だが、憧子は知っている。


 こんな風体でもこの男は『組織』のナンバー3なのだ、と。

 そして、彼の歪みまくった性格を。


「でもそりゃあ無責任ってもんだぜぇ?

 お前は俺らが何をする組織なのか知ってて入ったじゃねーか。

 それを重大な任務を任されてからやっぱりやめますは通らねぇよぉ」

「う、うるさいわね!

 やっぱり違うって思ったんだから仕方ないじゃない!!

 私は、私は、あの人達に憧れてるのよ……!! 引きずり降ろして輝きたいわけじゃない!」

「いやぁ実に自分勝手。まぁでも人間そんなもんだよなぁ。俺は良いと思うぜぇ?

 でも、それが世間でまかりとおるとは思わないこった。

 まともな世界でも、クズな集まりの中でも、無責任な奴は嫌われるもんだからなぁ。

 まぁつまり俺も嫌われてるってことなんだが」

 

 そう言って、男が懐から取り出したのはだった。


「あ、アンタも綴身できるの?!」

「残念ながら俺にはできないんだよなぁ。まぁ俺はまともだから。

 あの二人みたいに世界だとかに憎しみ深くないからさぁ。

 でも、こういうことはできるんだわ」


 そう言いながら、男は鈴を鳴らすようにダスターを軽く振ってみせた。

 すると、中空に三つの波紋が広がり、そこから三体のガルベイグが降り立った……。








『……何?』


 星海未市の表通りから少し遠ざかった道路。

 そこで横転し、炎上するトラックを前に黒いライダースーツの人物……ボディラインから女性である事は窺い知れる……が呟いた。

 どうやら、彼女にしか聞こえないレベルの音量でここにいない誰かとやりとりをしているようだった。


『ああ、やっぱりあの子裏切ったのね。

 スリーが追っている……少し不安だけど、致し方ないわね。

 こちらは無事計画進行中、そして、もう終わるわ』


 そう言って、女が視線を移した先には、ガルベイグ二体が強固なトラックの荷台をようやく破壊、中から白いボックスを取り出していた。


『さすがに荷台を開けてすぐにご対面とはいかないわね。

 いかにも大事なものを入れてそうな箱だこと』

「や、やめろぉ……!」


 トラックの運転席からどうにか這い出ていきながら男が言った。

 気絶したままの青年を救出しようとしつつ、女に向けて叫ぶ。


「それが何かわかってんのか……?! そいつは、人間皆の未来の為に必要な荷物なんだ……!

 どこの誰ともわからない奴に渡すわけにはいかねぇ……!!」

『知っているわよ。新型のダスターが入ってるんでしょう?』

「?! なんで、それを!」

『さてね。話す義理はないでしょ?

 人類の為に必要なものなら、なおの事アストラみたいな連中に委ねるわけにはいかないわね。

 コイツは私達が有効に……』

「せからしか(やかましい)っ!! この、ド低能がっ……!」


 突然に声が響く。

 それは鈴のように綺麗で軽やかでありながらも鋭く、怒りに満ちた女性の声。


 直後空から舞い降りた白い影が、ガルベイグの一体を一撃で叩き潰した。

 その双眸を緑色に輝かせながら。


 そうして現れた白い影は大きく跳躍、距離を取ってから女に対峙した。

 ――同時に、抱えていた運転手の男と研究者の青年を地面に下ろす。


「二人とも、大丈夫ね?!」

「あ、ああ。俺は全然、こっちも大きな怪我はないみたいだ」

「……よかった。じゃあ、後は私に任せて避難しなさいな」


 安堵した後は落ち着いた口調でそう告げる白い影……彼女が何者かを知らない者は、この場にはいなかった。

 

『アストラの、遠宮とおみやかえでちゃん、そして彼女が綴身したステラマクス・ノトスか』


 ステラマクス・ノトス。

 白と深緑に彩られた、装甲を纏い、左肩から伸びた緑のマフラーを棚引かせる存在。

 細かい形状は違えど全体的な印象はステラマクス共通のもので、右腕の巨腕も同じである。

 ただ大きな差異として、右腕の『手』の部分が人の手ではなくレンチに似た形状をしていた。


『予想以上に来るのが早かったわね』


 言いながら女は、ノトスが現れた時に乗り捨てられ、自販機に突き刺さっているステラマキナ……彼女達の専用車両ビーグルを一瞥する。


「こんな事をする愚か者の戯言をグダグダ聞くつもりはないわ。

 ったく、折角ダスター来るのを楽しみにしてたってのに……」

『その割に、ダスターでなくその人達を優先したのね。

 貴方は研究者気質だって話だったけど?』


 ノトスが倒したガルベイグは、運転手達の近くに立っていた者であり、ダスターの入ったボックスを持つガルベイグには触れる事さえなかった。

 そんな事実からの問いかけに、ノトス《かえで》は微塵も迷うことなく、ハッキリと答えた。


「私の研究は人を幸せにする為のものだもの。誰かを犠牲にするつもりはないわ」

『まぁご立派。でも貴方はその選択を後悔する事になるわ』


 そう言うと、女はノトスから見えない位置に手を動かし、

 ベルトの後ろ腰に装備していた黒いダスターを小さく振った。


 直後、彼女達の空の上に波紋が幾つも広がり、ガルベイグが次々と舞い降りてきた……!

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