第1話 見上げて、出会い、握り締める⑦
星海未市の中心部にある星海未セントラルタワー。
そこにはガルベイグ対策・研究・撃退それらに関係する施設が、情報が詰め込まれていた。
当然、ガルベイグの出現やそれに伴う『出動』などの指示、オペレーティングを行う場所も存在している。
星海未セントラルタワーの中腹部に位置している、第一指令電算室。
そこには数十人のオペレーターが室内の壁面中に備え付けられた街中を映す画面を確認、連絡や事務作業を並行して行っていた。
「いやーちょっと冷や汗かいたけど、何事もなくてよかったなぁ」
そんな電算室の中央で、少し前のガルベイグ出現に関する処理や指示を終えて、一息をつくかのようにそう呟く男の名は、
若干着崩したスーツの上に白衣を纏う彼は、星海未市はおろか世界指折りのガルベイグ関係の研究者である。
その他にもガルベイグの継続研究、光莉達が綴身する為に必要なダスターの整備や改良も行っている。
肩書こそ電算室付き顧問ではあるが、彼の立ち位置としては世界ガルベイグ対策組織『カエルム』の日本支部における総司令の一つ下位のポジションである。
もっとも普段の彼はどこかおっとりとしており、時折髪がぼさついたり(今日はちゃんとしている)、服装もゆるかったりで、威厳はあまりない。
そして更に威厳が失われている理由は他にもあった。
「よくないっ!!!」
電算室の出入り口の自動ドアが開き現れたのは、
カエルム日本支部が誇る、対ガルベイグ対抗グループ『アストラ』に所属するアイドルの一人たる少女である。
彼女はお昼頃に行われていた配信での穏やかまったりな雰囲気をかなぐり捨てていた。
その表情はまさに憤怒の形相で、彼女のファンが見れば泡を吹く事確実であろう。
束はポニーテールにまとめた長髪……一部が赤く染まっている……を揺らしつつ、そのままツカツカと路幾に歩み寄るとその胸ぐらをつかみ上げた。
「死傷者が出なかった事は良い事……だけど、彩施顧問……ガルベイグが現れた時はいついかなる時も即座に伝えるように言いましたよね……?!」
「いやだって園薗くん配信してたし、それも今後の為には必要な事で……怖い怖い怖い!!
殺意の籠った眼で見ないでぇぇっ!?」
「実際仕方なかったじゃない、園薗」
剣呑な雰囲気に話しかけたのは、電算室の一角に備え付けられた休憩兼待機所スペース。
そこは、芸能事務所の控室といった風情を醸し出しており、置かれたソファーに座りつつ、ノートパソコンに何やら打ち込む少女がいた。
腰まで届く黒髪を大きな三つ編みで一つに束ねる彼女の名前は、
彼女もまたアストラの一員である。
作業の合間に、一房のみ緑色に染まった前髪を弄りつつ、彼女は二人を一顧だにせず言葉を続けた。
「配信打ち切って急いだって間に合わなかったでしょ。あの光莉ちゃん様がたまたま遭遇したんだし……」
どことなく方言めいたイントネーションを含めた調子で言いながら、楓は呆れ気味に肩を竦めた。
「うーん、貴重な彼女の戦闘データが取れたのは嬉しいなぁ。
まったく、強過ぎて怖いから出動制限かけるとか馬鹿らしい……
あー、腹立ってきた、園薗、師匠をネックハンギングツリーしていいよ」
「ちょ!? 制限を提案したの私じゃないんだけどぉっ!? 園薗くんその気になってて力込めるのやめてー!?」
「うるさいですわね、少し静かにしてくれます……?」
そう呟くのは、楓の向かい側のソファーに座る少女。
肩に届く程のボブカット……髪の一部が蒼く染まっている……の彼女の名前は
彼女もまたアストラに所属する一人である。
彼女は熱心に携帯を操作しながら静かな声音で告げた。
「今ようやく今日使えそうなレシピを発見した所なんですから……うん、これなら結構お金が浮きそう」
「あの、恵乃くん、君達には結構高額なお給料を支払ってるんだから、わざわざ格安レシピを探さなくてもいいんじゃ。
というか、その時間を今この瞬間私を助ける事に使ってください」
「そうもいきませんわ、顧問。
わたくし食事は自分で作れば粗末でも我慢できますが、身の回りのものはそれなりのものでないと納得いかないので。
食費に回るお金が惜しいのです」
「家出少女は大変ねぇ」
「自立少女ですわ、楓。
貴方もたまには自炊なりしては? 研究の資金はたくさんあった方がいいんでしょうに」
「そぎゃん……んん、それはそうだけど、料理をする時間が惜しいからね。それにご飯代を節約して得られる程度のお金じゃ研究材料は賄えないよ」
「単純に料理が出来ないんじゃなくて?」
「ははは、抜かしよる。格安で美味くてカロリー抑えめなもやし料理のコツを今度教えたげようと思ったのになぁ」
「マジですの?」
「マジよ、マジ。研究者舐めてもらっては困るわー
アイドル的にカロリー抑え目かつ腹が膨れる料理は基本だから、事前研究はバッチリよ。
時間ないからしないだけでね(強調)」
「……先程の言葉は謝罪するので、是非ご教授おねがいします」
「あ、それは私もお願い。最近ちょっと身体のラインが気になってきた」
「そもそも園薗は食べ過ぎ」
「ですわね」
「……二人とも、意地悪」
「仲良しなのは良い事なんですけど、あの、園薗さん? 足が吊りそうになって来たんでそろそろ解放していただければ……」
と、こんな調子でアストラの面々に扱われているので路幾に威厳を感じるものはいないのである。
それもこれも彼女達を勧誘したりの際に路幾がやらかしている他、時折余計な事を口にして彼女達の怒りを定期的に買っているおり、若干自業自得では、という雰囲気がよく漂っている為だったりする。
「まぁ、それはそれとして」
「それとしないでくれますかね」
「そろそろ解散でいいんですの?」
携帯を横に置き、時雨が周囲を見回して真面目な口調で尋ねる。
すると、キーボードを叩いていた楓はひとまず手を休め、路幾を抱え上げていた束はゆっくりと解放する。
そして、電算室勤めのオペレーターの一人が手元のPCでデータを確認して言った。
「現在、ガルベイグ発生基準値越えのエリアは存在しません。
先程の異常事態発生のエリアも、その後は特に何も起こっていません」
「ふむ。異常事態だったから長めに待機してもらったけど、問題ないなら解散にしようか」
居住まいを正し路幾が言うと、時雨達はそれぞれの形で了解のサインを送った。
「では、わたくしは授業……は待機中に終わりましたから、学園の清掃に」
「私は鍛錬」
「恵乃も、園薗も真面目だねー 私は引き続き待機しつつ、新しく来るダスターを確認しにいかないとだよ、うん」
「――それも真面目じゃない?」
「どうかねー? 実益と趣味が重なってるのは真面目なのかどうか……まぁ、ともあれ。楽しみだね、師匠」
「うんうん、そうだね楓くん。
まぁ初期型の部品やシステム周りを最新仕様にしただけだけど……それでどれほどの違いが出るか、データは大いに気になるね」
「ああ、今日でしたのね。新型」
「……それを使う予定の新人育成はあんまり進んでないのにね」
「そこは頭が痛いよなぁ……候補生たちもがんばってはくれてるんだけど」
束の指摘に路幾は頭を掻いた。
アストラ候補生。
いずれここにいる彼女達同様にガルベイグに対応してもらうべく、星海未学園でアイドルとして、そしてダスターの使用者として鍛錬を続けている少女達。
成績・能力の総合上位十名には量産型のスターダスターが与えられており、ガルベイグへの対応許可を出している。
彼女達は幾度もガルベイグを倒しているのだが、正直な所、既にアストラに正式所属している四人には覚悟、力量、心構えその他遠く及ばない。
今日到着するのは、そんな彼女達でも扱える……かもしれない位に調整した『アストラ専用スターダスター』。
だが、路幾は正直新型でも候補生による起動は難しいと考えていた。
「今年度から編入される新しい候補生にいてくれるといいなぁ……皆に希望を与える、強く新しい星が」
「……師匠、その言葉は今いる候補生たちの前では絶対に言わんようにね、マジで」
少し渋い表情で指摘する楓……それに同調するように、束は呆れ顔を浮かべ、時雨は溜息を吐くのであった。
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