第1話 見上げて、出会い、握り締める⑨

「それでガルベイグを呼び出せるの……?! 聞いてなかったわよ、そんなの!」


 仲都憧子なかとしょうこの言葉に、ガルベイグを自身の周囲に跪かせた男はニヤリと笑って見せた。


「正確には呼び出せて操れるだなぁ。

 あと聞いてないって事だが、そりゃあ言ってなかったからな。

 アストラ候補生に手札をペラペラ喋るほど俺らは能天気じゃねぇのよ。

 いや、もう、元候補生かなぁ?

 俺達の所であれやこれややった上で味方面で戻れる面の皮の厚さがあれば別だけど」

「くっ!!」


 せせら笑うような男に対し、憧子は抱えたカバンからスターダスターを取り出した。

 アストラ候補生に委ねられるアストラに次ぐものとしての誇らしい証明、綴身ていしんを為すアイテム。

 そこに、自身のソウルカードを装填しようとして……彼女は動きを止めた。

 正確には彼女は震えていた。絶望したかのような、蒼白の顔で。


 そんな彼女に、男は半ば叫ぶように笑うように告げた。

 彼女がそんな表情をした理由、事実を。


「綴身できるわけねぇよなぁ!?

 本家アストラの面々と違って、候補生用のそれには配信用って建前で起動と同時に映像強制録画されるようになってるんだって他ならないお前が教えてくれたもんなぁ!

 ああ、俺は優しいから先に言っておくけど、お前が綴身したら俺は全部向こうさんに説明してやるよ。

 上位十名から落ちそうになってて焦って他の候補生を蹴落とす為に俺ら側につこうとしたってな!」

「う、うぅぅぅっ!! ならこっちを使うだけよ!!」


 スターダスターを仕舞いこむと同時に憧子がもう一度カバンから取り出したのは、男が持つものと同じ黒いダスター。

 新しい重要な任務に必要だから持っておけと別の幹部から渡されたものである。  

 後ろ暗い事がある連中のダスターにはわざわざ証拠を録画するような機能はないはず、と今度は迷うことなくソウルカードを装填する。

 しかし。


『IDEA system error』


 無慈悲にも、ダスターは起動しなかった。


「は、はぁっ!?」

「ぷっ……あはははははは! お前さ、アイドルはともかく配信者の才能はあると思うわー

 こんなにも取れ高たっぷりな間抜け顔を晒してくれるんだもんなぁ」


 男は心底面白いと両手を叩く。


「そのアンチダスター起動には、そっちのスターダスターとは真逆の精神性が必要になるって聞いたろうに。

 スターダスターを起動できる奴が使えるわけねぇだろ。

 んでガルベイグ召喚、操作の方法はお前には教えてない。

 つまり、お前に打つ手はなんにもないんだよなぁ、これが」

「あ、ああぁ……」


 アンチダスターが憧子の手から零れ落ちる。

 それと共に、彼女自身も膝から崩れ落ちていく。


「さて、どうする? 改めて土下座してこっち側に戻るか? 

 俺がとりなしてやってもいいんだぜ? 結構お前好みだしさぁ。

 それとも、グロいかもだが、こいつらにあれやこれやしてもらって死ぬ、もしくは再起不能になるか?

 さぁ、どっちがいい?」


 心底楽しそうに男が問い掛ける。

 その男の側に控えるガルベイグ達もこちらの様子が面白いのか、あるいはこれからを期待してか、嬉しそうにギチギチと牙を鳴らしていた。


 嫌だ。どっちも嫌だ。

 だがこのままでは、自分は

 憧子はどうすればいいのかわからず、呆然とする事しかできなかった。


 そんな時だった。


「――どっちも嫌なんじゃないかな、彼女」


 そんな声と共に、一人の少年がその場に歩み出た。

 

「え? ……ぁぁ」


 一瞬、自分を守ってくれるヒーローが現れたのかと都合の良い考えが憧子の脳裏に浮かんだが、それはすぐに霧散した。

 自身の横に立ってくれたのは、申し訳ないがヒーローとは程遠い容姿、佇まいの……。


「おいおい、なんだよ、陰キャ君」


 そう、あの男が評するような、いかにも気弱そうでひ弱そうな少年だった。

  

「そいつを助けようってのか? 目ぇ、見えてるか? あと話は聞いてたか? アハハハ!」

「ガルベイグは見えてるし、助けるかどうかの確認の為に話は聴かせてもらってた。

 だから、助けに入るのが遅くなってごめんね、仲都さん」


 地面に座り込んだままの憧子に、少年は……霞内人かすみないとは小さく片手をあげて、謝罪の意を伝えた。

 その際、彼の手が震えているのが憧子にはハッキリと見えた。


「ここには、落とし物を返そうと人を探してなんとなく迷い込んだんだけど……

 君達の話を聴かなかった事にはできそうにないから、うん」

「そりゃあ二重の意味で人が良いことで。

 で、良いヒトなお前さんには悪い事言わねぇから今の内に帰った帰った」


 先程よりも少しテンションを落とし、男はシッシッと虫を追い払うような仕草をしてみせた。


「それで俺はお楽しみ、お前は命が助かってラッキー、お互いウィンウィンで終了だ。

 大体、話聞いてたんならわかるだろうが、そいつ、アイドルの風上におけるか怪しいやつだぞ?

 見捨てたってバチは当たらないとオレ的には思うなぁ」

「確かに、そうかもしれない。

 でも、彼女は、悪い事をやめようとしたんでしょ?

 なら、助けるには十分だ。

 それに……前時代的で、今時では怒られる言葉かもしれないけど。

 女の子を守るのは、男の仕事だから」


 誰がどう言おうと思おうと、きっと正しい事だと、内人は信じている。

 黒いダスターを返す為に迷い込んだ路地、何かに呼ばれたような、こちらに何かあるような感覚がずっとしていたのは、その為……正しい事をする為なのだと今は思える。


「おーかっこいいぞー!! ハハハハハ! 陰キャ君がナイト様気取りとは、笑えるなぁ」

「……? 

 

 が耳に届いた瞬間、内人は血が一瞬で沸騰するかのような感覚だった。

 何故ならば、内人にとってそれは禁句、聞きたくもない言葉だった。

 何度も何度もその言葉を聴いて、何度も何度も負けに負けて――心底イヤになった類の、呪文めいた言葉であった。 


「あ?」

「知らないのは当然だろうけど、それは僕が一番嫌いな言葉なんだよ……!」


 それを聴いて内人は、もう一切合切(自分自身に限る)がどうでもよくなった。


 だから。

 を使ってみる事にしよう。


 そうして、内人は制服の懐に入れていた黒いダスターを取り出し、右腕に装着した。


 





「あー!! やぜらしか(うざったい)っ!」


 降りてきたガルベイグ達を巨腕そのもので、巨腕をバネにした蹴りで蹴散らすノトス。

 合計十体のガルベイグの強さそのものは、ほぼ特筆する所はない。今まで倒してきた連中とほぼ同じだ。


 ボックスを持つ一体だけ中級クラス……他とは明らかに違う、デザインラインはそのままに全体的に鋭角になったガルベイグ……がいるが、問題はない。

 下級とは一線を画した強さを持ってはいるが、候補生ならいざ知らず、自分達アストラであれば倒す事は出来る。

 

 だが、連中はこれまで相手をしてきたガルベイグとは違い、操作されていると思しき故か、こちらからの攻撃を躱す事を主軸に据え、隙あらば自身の背後で避難しようとしている二人に熱線などで牽制を仕掛けてくる。

 腹が立つ事に、ガチガチと笑っているかのように牙を鳴らしながら。


 今まで経験してきたものとは戦いの方向性が違う為、ノトスは苦戦を強いられていた。


(やっぱ一人気絶してると簡単には逃げられんね……。

 そもそもなんでガルベイグが出てきてるのに警報が鳴らんとよ!

 出現方法が違うからってのは想像はつくけど……!!) 


 心内で歯噛みしつつ、それでも一体ずつ撃破はしているのだが、実質的にノトスは身動きを封じられていた。

 そしてそれは、相対している謎の女に自由を与えている事に他ならない。


『さて暫くは大丈夫そうね。では先に荷物の確認をしましょうか』


 このまま持って帰っても構わないだろうが、中身が違っていました、ではアニメの三流悪党だ。

 確実に目的のものかどうかを確認しなければ、と女はガルベイグに指示の念を送った。


「そうはさせんと……ちぃっ!?」


 女の目論見に気付くものの、ノトスは未だ思うように動けない。

 その中で、ボックスを持ったガルベイグは思う様力を籠め……ボックスを引き千切り、砕いた。


 だが、予想以上にボックスが堅固だったゆえか、勢い余って中身は外へと飛び転がって――の足元に辿り着いた。


「?! アンタは、昼間の!!」


 数時間前の光莉が収めたガルベイグ災害。

 ……光莉から待機を要請されていたので、楓は電算室でその様子を見知っていた。


 そこで子犬を助ける為に無茶をした少女が、多鹿悠たしかはるかがそこにいた。

 息を切らせている様子から、トラックの横転やガルベイグとの戦闘の際の様々な音からここに急いでしまったのだろう。

 そう、おそらくは子犬の時と同じように、困っているかもしれない誰かを助ける為に。


 そうして、彼女はそれを……新型の、スターダスターを拾い上げた。

 

「アンタ!! それを捨てなさい! そして逃げて!!」


 瞬間、ノトスは、楓は迷いなくそれを告げた。

 今最優先すべきは、ダスターではない、この場にいる皆の命に他ならない。


 ここにいる敵が何者で、最終的に何を目的としているかは分からないが、

 今この瞬間においてはスターダスターが目的である以上、それを持ってさえいなければ、生存確率が格段に上がるのは間違いないのだ。

 

 だが。


「ごめんなさい……!!」


 悠は謝るやいなや、スターダスターを自身の右腕に装着した。




 



「アンチダスター……? 

 なんでそれを持ってやがるのかは知らねぇけど、無駄な努力はやめとけよ」


 男は念を送り、ガルベイグを立ち上がらせつつ言った。

 せせら笑う表情とは裏腹に、僅かにではあれど警戒する様子を憧子は感じ取っていた。


「コイツを助けようとする御人好しに、どんな汚い心があるってんだ。

 さっきのコイツと同じくエラーになるだけだぜぇ?」

「負の感情であればいいんでしょ?」

「――あん?」

「方向がどうあれ負の感情で起動するんなら……僕は結構自信がある――

 そう、自分への憎しみならね……!!」

「?! ひぃっ?!」


 内人は笑った。大いに笑みを浮かべた。自分への感情を、自己嫌悪を昂らせるために。

 気持ち悪いと分かっているものを、アストラとアストラ候補生という、自分が推している箱に所属する仲都憧子に見せるのは申し訳なかった……実際怖がらせている……が、それでも為すべき事がある。


「おぉ、キモチワリィが、良い顔するじゃねぇか……!!」


 少年ないとが浮かべた笑顔は、不敵で禍々しく、醜悪で、歪んでいて……憎悪が漲っていた。 

 初対面の二人でさえ、そうだと分かる程に。

 

「それはどうも――!」


 言いながら内人は携帯から自身のソウルカードを抜き出し、取り出した。


 ソウルカード。

 いつからか使用が推進されている、超高度情報集積複製体。

 個人情報の塊でありながらも絶対に所持者にしか使えない絶対的プロテクト、多岐に渡る利便性ゆえに今や世界中の誰もが使用している。


 このカードを携帯端末に、買い物に、自己証明に、様々な用途に使っていく内に、使用を積み重ねていく内に、カードはいつしか記憶していく。

 所有者の歴史を、趣味嗜好を、思い出を、そしていつしか人格、魂の在り方を。


 その証明であるかのように最初は無色であるカードは、いつしか個々人それぞれの色に染まっていくのだ。 


 内人の持つそれは、鈍い銀色に光っていた。

 そのカードを震えた手で握りしめながら、彼は心の内で呟いた。


(……ああ、今度こそ、今日こそ死ねるかもしれない。死んでいい日なのかもしれない)


 ガルベイグの威容を目の当たりにして恐怖を感じながら、霞内人は時折そうであったように思いを馳せていた。

 いつか死ぬ事が許される日の事を。

 

 推しを応援するために、生きなければならない理由があるゆえに生きていたい……今日までずっと抱いてきたその気持ちに嘘はない。


 だけれども、それと同時に生きる事がどうしようもなく辛い時がある。全てに目を伏せて、永久に眠っていたい時がある。


 それは、どうしようもなく自分が嫌いだから。

 どうしようもなく醜く汚い自分が生きる事で、推しが、家族や友人、愛すべき人達が生きている世界を汚すのが嫌だったから。 


 自分を憎悪する理由は、人によっては一笑に付す、ささやかな、大きくはない事柄、出来事の積み重ねでしかないのだろう。

 でも、それでも霞内人は自分の存在に耐えかねていた。生きる事が時折凄まじく息苦しかった。


 だけど、理由なく死ぬ事はしたくなかった。

 それは自分に近しい人々を悲しませることで、命への冒涜で、推しへの誓いに反しているから。

 ……今日応援を約束した多鹿悠にも申し訳ない。

 

 だから、死んでもいい状況を、内人は心の何処かで待ち望んでいた。

 誰の目から見ても、死んでも仕方がない、死んでも許される、そんな機会を。


 ただ。

 もしも今がその時だとしても。

 それは今為すべき事を、目の前で苦しんでいる女の子を助ける事を、推しに恥ずかしくない生き方を、全力で成し遂げてからの事――!!


『What`s your【IDEA】?』


 その決意の下に。

 内人はダスターを起動状態へと移行し、機械音声が問い掛ける中、ソウルカードを装填した。


『NOTHINGNESS!!』


 ずっと思い焦がれている、光莉達がそうしてきたように。









 多鹿悠たしかはるかには、状況が理解できていた。


 横転しているトラック、ガルベイグ、ガルベイグ達を操る女、それらと戦うステラマクス・ノトス、守るべき人達、そして自分が今装着したスターダスター。

 日頃から応援させてもらっている、尊敬すべき一人であるノトスこと遠宮楓の言葉もあり、どうする事が最善で、どうなれば最悪なのかも理解できていた。


 最悪なのは、この場の誰かが命を落とす事。

 ゆえに、最善なのは、この、誰も使った事がないであろう新型のダスターを放り捨てて、多鹿悠が一目散に逃げだす事。


 そうなれば、この狙われているダスターこそどうにかなるかもしれないが、おそらくは誰も命を落とす事はなくなる。

 ステラマクス・ノトスはアストラの一員で、並のガルベイグなど歯牙にもかけない強さを持っている事を、悠は知っているのだから。


 だがそれは、多鹿悠じぶんが巻き込まれたただの一般人であるという仮定の場合の最善だ。


 それは、これから目指すべき多鹿悠……アストラと共に戦う自分であるならば、選びたくない最善だ。


「っ!? なんばしよっと!? そいば外して逃げんね!!」


 背後の二人を庇い、戦いながらノトス《かえで》が悠へと叫ぶ。


 悠がダスターを装備した事への困惑は明らかだった。


 楓のファンなら、ファンだからこそ知っている。

 動揺した時、緊張した時などで素が出た時、あるいは本気の言葉を叫ぶ時、彼女は出身地の言葉調子が思わず零れ出る。


 だからこそ分かる。

 彼女は心からこちらの身を案じてくれているのだ。

 守るべき、奪われるべきではないダスターを二の次、三の次にした上で。


「ごめんなさい……! 分かっています、逃げるのが、生きるのが最善だって!」


 分かっている。

 今から自分がやろうとしている事は、明らかに愚か者がする事だ。

 だから謝罪を叫ぶ。申し訳ないと思っている事は嘘じゃない。

 応援している人の厚意を無視する事が、ただただ申し訳ない。

 

 でも、彼女の気持ちを踏み躙りたいわけじゃない。


 この場にいる正しく生きている人達にとっての、最高の最善を目指す為に、自分には出来る事がある。


「でも、ここで最高を目指すのが、悠がなりたい悠で!

 最高を掴み取るのが、いつか辿り着く、アストラの多鹿悠だから!!」


 できる。

 自分ならできる。

 その為に、多鹿悠はきっと生まれてきたのだから。


 そして、今日ファンになってくれた、勇気ある男の子に応援されるに値する多鹿悠じぶんであるために。


『What`s your【IDEA】?』


 その決意の下に。

 悠はダスターを起動状態へと移行し、機械音声が問い掛ける中、ソウルカードを装填した。


『…f……………LIGHT!!』


 ずっと思い焦がれている、光莉達がそうしてきたように。


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