第1話 見上げて、出会い、握り締める⑤
「「……はぁぁ……」」
それから約二時間後、
少し前まで星海未駅の一角にある星海未保安協会の事務所で、避難を行わなかった事への指導がなされており、諸々の反省と落ち込み、微かな安堵からのものであった。
罰則適用の可能性もあったのだが、初めて街に来ていきなりの出来事だった事もあり、今回はどうにか厳重注意で事なきを得た。
「俺も犬好きだから気持ちはわかるというかよくぞ助けたと言いたいが規則は規則だからな」
対応、指導してくれた協会員の言葉はごもっともで、二人は頷く他なかった、
というか寛大な対応に唯々頭を下げた。というか大真面目に土下座した。
そうして何度も事務所内にいた人々に頭を下げまくった後、二人は駅を出て、最寄りのバス停に立ち、ようやく一心地付いた、といった所だった。
「反省を重々している上で言うんだけど、大事にならなくてよかったね……はい、すみません、反省してます……」
「いや、それはこちらの台詞……巻き込んじゃってごめんね」
「多鹿さんのせいじゃないよ。僕が僕の判断でした事だから、気にしないで」
内人としては、子犬の事に気付けていなかったからむしろありがとう、という気持ちだった。
そして、気付けたとしても自分一人だったら時間を稼ぐ事も出来ず、子犬を助けられなかったかもしれないのだ。
笑わないように……生まれ育った町の旧友達曰く、自分の笑顔は気持ち悪いらしいので……気を付けながら、それでもぶっきらぼうにはならないよう留意して内人は言った。
それを受け取った悠は、ほんの少し困った様子で苦笑を返した。
「……ありがとうね。でもやっぱりごめん。
わたしにとって、譲れない事だったから、自分なら大丈夫だと思って強引に行っちゃった。
ちゃんと周りを見れてなかった」
「……譲れない事って?」
悠があまり気に病まないようにするため、内人は話の方向を変えるべく尋ねる事にした。……なんとなく、気になったからでもあったが。
そんな問いに、悠は眼前の道路、よりもずっと先を見据えてハッキリと答えた。
「ガルベイグから誰かを守る事。
きっとわたしはその為に生まれてきたんだと思うから。
だから、アストラの一員になって、
悠の言葉には迷いがなかった。力強さがあった。見据える目はキラキラと輝いて見えた。
推している人達と同じように煌めいていた……少なくとも内人にはそう感じられた。
「なんて大袈裟かもだけどね。でもそれぐらいの意気込みでここに来たんだー」
直後少し恥ずかしくなったのか、照れ笑いを浮かべる悠。
「そっか……僕も、なんて言ったら烏滸がましいかもだけど、気持ちの方向は同じかな」
そうさせたのが申し訳なかった事、綺麗なものを見た感謝の気持ちから、内人はせめて自分も、とここにきた理由を口にする。
「僕は、どうしようもなく僕が嫌いでね。
子供の頃は正義の味方に憧れて世界を救おうなんて思ってたけど、いじめられてた友達どころか、自分自身さえ助けられなくて、いっそ……。いや、その。
ともかく、こんな自分でもできる事がないかって、ずっと思ってた。
そんな時、光莉ちゃん達みたいな、ガルベイグと戦っている人達の事を知って……すごく眩しくて、素敵で、憧れて。
せめてその人たちの応援を出来れば、と思って、ここに来たんだ」
「そっか。じゃあわたしと同じだね。うんうん」
「え?」
「これから一緒に世界を守ろう! そして光莉ちゃん達をバンバン応援してこう!」
ニッカリと笑う彼女からは善意が迸っていた。悪意などありえない、真っ直ぐな気持ち。
――自分も、こういう風になれたらなぁとは思う。
だが、もうどうしようもない事だ。
どうあっても、どうしてもなれないものはなれない。
その事を、内人は痛いほどに理解していた。
「……ありがとう。うん、そうだね。それで、一緒に多鹿さんの事も応援するから」
だからせめて、と思って、さっき言いそびれていた事をついでのようにさりげないつもりで呟く。
「うんうん、吾輩も応援……ってえ? わ、は、悠も?!」
途中から驚きの表情となった悠は、思わず自分を指さしていた。
「さっき言い損ねてたけど、うん、これも縁だと思うから。
本腰入れて推せるかどうかは活動を見届けてにさせてもらうけど、あ、いや、そもそも僕みたいなのに表立って応援されるとイメージが悪いかも……」
「いやいやいやいや、ナイト君みたいな人に応援してもらえるならすごく嬉しいよー!
うん、すごく嬉しい!!」
「そ、そう? ならいいんだけど……。
あ、そうだ、その、申し訳ないんだけどナイト呼びは勘弁してもらえるかな」
「え? かっこいいし、似合う名前だと思うけど……むむ、じゃあ、ナイ君はどう?」
「うん、助かります」
「じゃあナイ君、これからよろしくね」
「うん、よろしく多鹿さん」
「せっかくの
「悠さん」
「ちゃんで」
「……悠ちゃん」
「ふふふ、ありがと」
そうして二人は互いに少し照れた様子で連絡先を交換する。
候補生なら今後の活動の折に調べれば動画配信などのSNS関係のフォロー登録やらはできると考えていたので、個人情報交換まではしなくてもいいんじゃと内人は思っていたのだが、
「ひひひー、光莉ちゃん達の事も語り合おうねー!」
と正直、同じ人々を推す仲間同士としては嬉しい言葉や、すごく満足そう(正直自分相手でそうなるか?という疑問はあったが)な表情もあって、指摘する事は避けた。
「あ、学園へのバス来た」
そうして話していると、悠が遠くで信号待ちしているバスに気付く。
内人からはバスは見えてもその行先までは見えなかったのでよく見えたなぁと感心であった。
「じゃあ、ひとまずお別れだね」
「え? 学園に行かないの? 拙者と同じで寮暮らしなんでしょ?」
「ちょっとその前に寄っておきたい所があってね。挨拶というかお参りのようなものというか」
「そっか……うん、じゃあ、ひとまずはまたね、ナイ君」
まさにそのタイミングでバスがやって来たので、悠はそのバスに乗って去っていった。
(初日に女の子と仲良くなるなんて……なんかぶり返しが来ないと良いけど)
禍福は糾える縄の如し。良い事があれば悪い事もあるものだ。
とは言え、未来が見えない身としてはせいぜい自分自身気を引き締める事しかできないのだが。
「なんにせよ、周りに迷惑をかけないようにしないとね」
自戒の為にそう呟いて、内人もまた程なく新たにやって来たバスへと乗り込んだ。
そこは、星海未市の中心部から東側にほんの少しズレた場所にある公園。
最初は公園ではなかったのだが、ある出来事を記念してそうなった場所である。
公園の一部には、その記念としてあえて残された破壊痕、そしてそれを為した『始まりのステラマクス』について書かれたモニュメントがあった。
「……ごめんなさい」
そのモニュメントに、内人は深く頭を下げた。
「お詫びという訳じゃないですけど、僕はこの星海未市で僕の出来る事をします……
それが、貴方への応援の続きになると思っています」
重い悔恨がある。自分への不信、より根深い憎しみのきっかけ。
それを忘れる事は決してないだろう……だが、それゆえに、まだ自分は生きていなくてはならない。矛盾を抱え続けたとしても。それが『彼女』の望む事でなくても。
そうして自己嫌悪を抱えながらも決意して、その場を立ち去ろうとした時だった。
「あ、あはっははははっはははっははははっはははっははっは!!」
哄笑、狂笑、そういった言葉が当てはまるであろう、けたたましい笑い声が近くから響いてきた。
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