第1話 見上げて、出会い、握り締める④
それが
そのはずだった。そうなるはずだった。
だが、そうはならなかった。
そうなる直前、ガルベイグが、内人を確実に殺す寸前だった一体が宙を舞い、光壁に叩きつけられたからだ。
「……間に合ってよかった」
混沌とした地獄めいた状況の中、それを吹き散らすような美しく涼やかな、澄んだ声が通り過ぎる。
ガルベイグを弾き飛ばしたのは、光壁と同じもので空中に形成された道路を駆け抜けて、降り立った一台の白いビークル。
緊迫した状況ゆえに聴こえなかったエンジン音がドッドッドッ……と響き続けている。
一見するとバイクのように見えるが、車輪は前部、後部共に二つずつの計四つ。
タイヤ同士の距離が密着はしていないが自動車程には離れていなかった。
バイクに限りなく近いバギー、というのが一番近い表現だろう。
その乗り物を、そしてそこからヘルメットを脱ぎながら降り立った存在を、二人はよく知っていた。
二人のみならず、
内人達が住まう島国有数のアイドルであり、そして、世界最強のガルベイグを討ち滅ぼす者。
「少し待ってて。すぐに終わらせるから」
光莉は柔らかな微笑みと共に、その証たる白く硬質的なナックルダスター型のシステムを右手に装着、起動する。
直後、待機音がループする中で機械音声が問い掛けた。
『What`s your【IDEA】?』
問われる中で、光莉は懐から取り出した金色のソウルカードを肘側からナックルダスターに装填。
『BRIGHT!!』
機械音声が鳴り響く中、握り拳を形作る。
「星望、綴身……!」
そうする事で完全に準備完了となったナックルダスターの小指側の側面にある起動スイッチを、自身の左肩に叩き付け、押し込んだ。
『OK! IDEA system Start up!』
そのまま袈裟懸けに自分の身体を切り裂くような動きで振り抜いて、右手を伸ばしきる。
次の瞬間、ナックルダスターから金色の光の粒子が溢れ出て、光莉を覆いつくす。
圧倒的な光の奔流……それが収まった後、光莉が立っていた場所に『ソレ』が現れていた。
白と金に彩られた、ヒロイックかつ遥か未来を想わせる装甲を全身に纏い、両肩から伸びた白いマフラーを棚引かせる……超人。
まさにフィクションの変身ヒーロー……女性的な身体のラインを考慮すれば、変身ヒロインというべきだろう……さながらの姿だが、一つだけ歪な所があった。
それは、巨大な右腕。
装甲を纏っている以外は普通である左腕とは違い、右腕は圧倒的に大きかった。
光莉が変わった……綴身した超人は、その痩身に似つかわしくない巨腕を手に掲げた後、ギギギ、と握り締めた後、ガルベイグ達に向けて突き出しながら声を上げる。
同時に、顔全体を覆う
「ステラマクス・ルキナ、リアライズ……これより、人に仇為すガルベイグを撃滅します」
閃光。
それは、一瞬だった。
宣言した光莉ことステラマクス・ルキナがフッと掻き消え、光が煌めいた。
そうとしか、悠や内人、状況を見守っていた人々にはそうとしか見えなかった。
だが、それだけではなかったのは火を見るより明らかだった。
直後、実体化していた十数体のガルベイグの全てが、一体残らず全てがバラバラに、粉微塵になっていたからだ。
「撃滅、完了」
黒い光の粉が散っていく向こう側、最初に現れた場所から数十メートル先にルキナは立っていた。
そして、右の巨腕を大きく、そして愛嬌ある動きで振って見せる。
それこそが、いつものルキナこと光莉の戦闘終了の合図だった。
それを目の当たりにして、避難していた人々から大きな歓声が巻き起こる。
これこそが、彼女……
この街において、ガルベイグへの対抗手段たる『ステラマクス』へと綴身する最上位集団アストラの中核、
星海未市はおろか、人類の切り札と称されても過言ではないとされる女性であった。
彼女は、一度黒い光が散っていく空を見上げた後、綴身を解除すると、穏やかな足取りで内人と悠へと歩み寄っていく。
春先ではあるが、まだ少し肌寒いためだろう、光莉は白いコートを身に纏っていた。
金と白が混ざり合う長髪を棚引かせ、黒いブーツで歩を進める姿、それだけで彼女は圧倒的に輝く存在感を放っていた。
内人は、悠は、そんな彼女にただ、ただただ、只管に見惚れていた。
当然、否、必然、否、絶対。
何故ならば、二人にとって源光莉は女神という言葉でも足りないほどに眩しく、想い焦がれる存在だったから。
そんな遥か遠い憧れと思っていた存在が、自分達のすぐ近くで足を止める。
二人は何も言えなかった。口を開く事すらままならない……いや、口を半開きにして泡を吹きそうな表情、状態で呆然としていた。
そんな二人の代わりにと言うべきか、光莉は二人に表情を向けて口を開きかけて……目を瞬かせた。輝かせた、のかもしれない。
「あなたたちは……。
まさか、こんなところで出会うなんて……不思議で、素敵な縁だね。
ああ、ごめんね、なんでもないの」
言葉の意味を汲み取れず目を白黒させて戸惑う二人に、光莉はただ穏やかに微笑みかけた。幾分面白そうに苦笑気味に。
この時、二人は筆舌に尽くし難い感情を抱き、
『ここで死んでいいかも……!!!!!!!』
と思っていた。相当に本気で。
それを知ってか知らずか、光莉は微笑みを崩さず、言葉を続けた。
「本当はちゃんと避難してない貴方達を叱って、怒るべきなんだろうけど、それはそれを仕事とする方にお任せしようかな。
だから、私は、小さな命を助ける為に力と勇気を振り絞ってくれた貴方達に感謝と敬意を。
私を間に合わせてくれて、本当にありがとう」
「いえいえいえいえ、その何と言いますか、僕なんぞにお礼だなんて畏れ多いといますか、そんな価値はないと言いますか、いっそ……」
「あのそのえとあと、御礼? 光莉ちゃんに御礼? 何? 何が起きてるの? やはり世界は光り輝いている……!?」
「殺さない殺さない、むしろ末永く生きてね?
世界は光り輝いているよね、うん。だって貴方達みたいな人がいるんだから……ふふ」
「「どどど、どういたしましてー!!??」」
「そんなに緊張しなくてもいいんだよー?
二人とも、配信のコメントとかシャベリッターでの私へのリプとかはもう少しは砕けてるじゃない」
『!!!!??????!!!!!!』
光莉に、推している存在に認知されている……?!という恐るべき事実に、二人は揃って車で跳ね飛ばされるどころか、飛行機でひき潰されるほどの衝撃を受けて、完全に言葉を失った。
「知ってのとおり、私は君達よりほんの少し年上なだけだから。もっと気軽にね。
じゃあ、この子は私が然るべき場所に連れていくね。――いいかな?」
光莉はそう言うと、ひょいっと、悠が抱えたままだった子犬を持ち上げる。
彼女の問いかけに、二人は壊れた機械さながらに頷きを諤々と繰り返し続けた。
それを了解だと判断した光莉は、肩に掛けていたバッグに顔だけ出した状態で子犬を入れると、先程の戦闘終了時さながらに手を振った。……二人にだけ向けて。
「それじゃあ、ね。これからも応援よろしく」
そうして源光莉は現れた時と同様に、ステラマクス専用マシン、ステラマキナに乗って、風のように去っていった。
「光莉ちゃん、光莉ちゃんが……応援よろしくって……? それはまだ生きていていいという事……僕の応援は許されている……? というかマジ光莉ちゃん光……」
「光莉ちゃん、さすが光莉ちゃん……あんなに強くてかわいいって……あああ、世界はやっぱり素晴らしい……光莉ちゃんマジ光……」
そして残された二人は、諸々の出来事の衝撃ゆえに、魂が抜けたというか恍惚しているというか、ともかく我を忘れた状態でその場に呆然と立ち尽くしていた。
光の隔壁が解除された後もそうだったので、危険な状況にあった二人の様子を見に来た人々はなんとも言えないあたたかい視線を送る他なかった。
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