第1話 見上げて、出会い、握り締める

第1話 見上げて、出会い、握り締める①

 人は、いつから星を知るのだろうか。


 物心ついて、初めて夜空の下に立った時だろうか。

 知識で学んで、理解した時だろうか。

 何もない暗闇で、道を見失った時だろうか。


 彼、かすみ内人ないとにとっては、自分という存在に心底嫌気が指した時、自分自身を殺したくて、仕方がなかった、そんな時だった。


『――私は、結局誰かを傷つける事しかできないのかもしれません』


 ――ああ。 


『とても、醜いと思います。生きていていいのかの自信もありません』


 その気持ち、同じではないけれど、たまらなく分かる気がして。


『それでも、それでも私は、生き続けようと思います』


 だからこそ、それでも続ける、続けられる強さを持った彼女が。


『この道を歩き続けようと思います』


 たまらなく憎らしく、羨ましく……美しくて。


『どうか、どうか最後まで、見届けていただければ、幸いです』


 どうしようもない暗闇の中、内人は【彼女】の中に、星を見つけたのだ。


 









 暗いトンネルから抜けた直後差し込んだ光に、内人は顔を顰めた。

 自身の座る場所の向こう側、向かい合う座席の上の窓から、昼下がりの太陽が視界に入っていた。

 身体を微かに揺らし続けている電車は、目的地にはまだ少しだけ遠いようだった。

 次の駅を示す液晶掲示板は、三つ前くらいの駅名を記していたし、窓の向こうに少し見えた終点は未だ小さかったからだ。 

 運行はどうやら予定より少し遅れているらしかった。

 

「……駅の落ち着ける場所で見たかったんだけど」


 諦めたように呟いて、内人は制服の内ポケットから少し前に新調したばかりの携帯端末を取り出した。

 近辺には人がいない事を確認して、端末の電源を入れ、手慣れた操作で動画配信サイトへと接続。

 予定していた時間はジャスト、携帯の画面に映る少女はこちらに……配信を見ている視聴者へと語り掛けてきた。


『こんにちは~ アストラの昼下がりの腰掛ラジオー!!

 皆様の毎日を彩るための癒し時間となる、ラジオ風配信、スタートでございます。

 今日のMCは、わたくし園薗そのぞのたばねが務めさせていただきますね』


 端末の画面に映る笑顔と、コードレスのイヤホンから穏やかな声を聴いて、内人はホッと安堵し、嬉しくなった。


「……昨日の戦闘の影響は特になさそうでよかった」


 声も姿も特にいつもと変わりなくかわいい束さんでなにより……そうして安心しつつ配信を眺めていると、電車が停まる。

 どうやら目的地までの駅を一つ消化したようだ。

 ドアが開いて、何人かが車内に乗り込んでくる。


「む」


 近くに誰もいなかった為、浅い角度だった端末を持ち上げる。

 音量の調節をしつつ、顔の近くにまで寄せて、すぐ近くでもなければ何を見ているのか分からない状態にした。

 視難くなるがマナーのため……でもあるし、ささやかな思春期的な気恥ずかしさもある……だが、一番の理由は別の懸念ゆえだ。


 内人自身は自分が見ている配信が、推しの一人が恥ずかしいとは思ってはいない――が、世の中には他人の趣味についていちゃもんをつける輩が少なからず存在する。

 そういった存在に絡まれて推しについて勝手な事を言われる事程に嫌な出来事は数えるほどしかない。 

 

 まぁ、車内に乗り込んできたのは中途半端な時間ゆえに数名だけだし、席は空きまくっている。

 わざわざ如何にも陰キャな風貌の死んだ目のヤツの隣に座る人間なんて……と内人は思っていたのだが。


「あ、タバさんの配信見てるー 始まってどの位?」


 一人いた。

 イヤホンをしているが、周囲に配慮して(人がいないとしても)そもそもの音量は小さめだったこともあり、その軽やかな声は難なく内人の耳に届いた。


 内人の隣に座り、若干訝し気な表情になっているであろう彼に、笑いかけるのは一人の少女。

 肩よりも長く伸ばした黒髪は窓から差し込む陽光に反射し、艶やかに輝いている。

 そうして浮かべる笑顔は、彼女は、その髪よりも輝いていたし、可愛く見えた。


 そう、可愛いのだ。

 今配信画面に映っている推しの一人である園薗束、ファン愛称タバさんな彼女は穏やかな雰囲気の美人で、こちらは可愛い系、

 つまりベクトルが少し違うため、単純な比較はできないが、可愛いか可愛くないかで言えば、十人中九人は可愛いと答えるレベルという意味では同等だと内人は感じた。


「……えーと。今10分位かな」


 そうして色々考えてしまった事を気恥ずかしく、推しと目の前の少女に申し訳なさを覚えつつ、恐る恐る答える。

 子供の頃『お前に話してませんー! 向こうの人に話しかけたんですー!』攻撃をされた事が頭を過ぎるが、幸いにも(?)向こうには人気はない(一応確認した)。


 すると少女は目を……光の反射のせいか、その瞳は一瞬緑色に見えたが、今は茶色だった……今より僅かに開いて、満足げに言った。


「まだ始まったばかりだね。でももうちょっとで星海未ほしうみ市に着いちゃうから全部は見れなさそう。

 自分はアーカイブにしておこうかな」

「君も星海未ほしうみ学園の……」


 なんとなく画面を隠しつつ、生徒なのかと問い掛けようとすると、彼女はずいっと顔を近づけた。

 結構な至近距離になりそうだったので少し身を引くも、彼女は気にした様子もなく口を開く。


「そうそう、同じ学園の制服だなって、思わず話しかけちゃったの。

 いきなりでごめんね。

 ボク、多鹿たしかはるか。二年生からの編入組なんだ」

「……霞。霞内人。僕も二年生からの編入組。

 今年から本格運用されるっていう、エールシステムの運用試験人員として合格したから」

「なるほど~ アタシはねぇ、実はアストラ候補生としてなんだ」

「……そう、なんだ。うん、納得」


 所謂ドヤ顔で言っているのだが……実際、彼女の容姿を見れば、不思議な事ではなかった。

 顔も可愛いし、不躾ながらも一瞬一瞥した全身も手足は長く、スタイルの良さが伺える。


「ほほぉ? それはわれがかわいいという意味でかな?」


 キャラ付けなのか、何か理由があるのか、コロコロ変わっていく一人称同様に表情も豊かで……。


「うん、可愛いと思うよ」


 ほんの少し照れはありつつも、別に隠す事ではないので、内人は素直に、ほぼ平常心で答えた。

 真正面からそう伝えられたからか、悠は一瞬目を見開いて頬を赤く染めた後、ニヒヒ、と照れつつも嬉しそうな笑みを零す。


「いやーストレートに褒めてくれるとは思わなんだ……ありがとう」

「思ったままの事だから、別にお礼を言われる事じゃないよ」


 熱くなる頬を 感じながら少し目を逸らしつつ、結構話し込んで内容が分からなくなったので今配信を見るのは諦め、少し名残惜し気に端末を仕舞う内人。

 その様子を見て、悠は謝罪の意味なのか、手を合わせた。


「あ、ごめん、うっかり……邪魔しちゃったかな」

「いや、実際配信全部見れなさそうだし、後から見直そうと思ってたからいいよ。

 僕みたいな奴に話しかけてくれたんだし、折角の機会って事で」

「僕みたいなって?」

「いや、その、ほらいかにも陰気な、洒落っ気のない奴だろ、僕は。女の子にはあんまり、ね」


 自慢ではないが、実家のある生まれ育った地域では『常時死んだ魚の目』『いつも隅っこ』『外見印象そのままの陰キャ』だの、同級生達からは散々に言われていた。

 事実そうだし、目の前の彼女とは違って『良い容姿』とは言い難い、良くて目立たないモブぐらいの存在だ。

 せめて周囲に不快に思われないように身嗜みには気をつけているが、ビジュアル的に女子からは話しかけづらい存在だという自覚が内人にはある。

 なのだが。


「気にし過ぎー 普通だよ、普通」


 遥は気にした風もなく、パンパンと内人の肩を叩いた。

 こうした接触は不慣れであったため、一瞬思わずビクッとしてしまった内人だったが、それも気にせず悠は言葉を続けた。


「ちょっと緊張してた拙者でも話しかけやすかったくらいに普通だから、気にしないでいいよ、うん」

「緊張してたって……それならどうして話しかけたの?」

「同じ学園生だし&アストラ推しっぽいでテンションが上がったのが一番なんだけど……。

 実を言うと、まぁ、ちょっとだけ下心もあって……」

「下心?」

「えと、その、あのね……もしよかったら、なんだけど、わたしの、最初のファンになってくれないかなーって」

「……ああ、うん、候補生だもんね。アストラに入るにはファンが一人でもいた方がいいよなぁ」

「いやでも、その、全然断ってくれていいから。うん。こうしてお話に付き合ってくれただけでじゅーぶんありがたいし」


 実際言葉どおりなのだろう……と、悠の屈託のない表情を見て内人は思った。

 人の思考がよく分からず、表情だけで判断して結構失敗してきたが、それでもこの笑顔に嘘はないような気がした。


「申し訳ないけど、君の歌やダンス、個性を把握したわけじゃないから、本当のファンになるかなれるかの即答は出来ないよ」

「ぐ、それはそのとおり」

「でも……あ」


 そうして話している間に、カウントしていた駅は過ぎ去っており、この電車の終着駅に辿り着いていた。

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