第46話 ダンジョン清掃 異変③

 シェイクは息を呑んだ。


「お前を……殺す?」

「そう。プリンちゃんを君から奪っちゃうわたしを殺すの。プリンちゃんを自分だけに縛り付けておくために」


 今まで見たことがない笑みを浮かべてココアは言う。

 浅黒い肌のココアがそうやって笑うとまるで闇エルフのようだ。


「バカなことを……なにを言って……」

「そう、バカなことだよ。……となると、シェイク君にはそんなことはできないよね? プリンちゃんに嫌われちゃうもの」

「嫌われる?」

「だって仲間を殺すなんて、プリンちゃんの憧れる立派な冒険者はそんなこと絶対しないでしょ?」

「誰だって、そんなことで仲間を殺したりしない」

「そう? ま、それじゃ、シェイク君はわたしを止めることもできず、ただただプリンちゃんがわたしと仲良くなるのを見守るしかないね」

「……好きにしろ。プリンが誰と仲良くなっても、俺はプリンさえ守れれば……それで」

「でも、わたし、プリンちゃんと仲良くなったら、プリンちゃんを独り占めするから。プリンちゃんをどこかに閉じ込めて、もう誰にも会わせてあげないつもり」

「あいつをぼっちにするのか? なんのために?」

「わたしに依存させるために決まってるじゃない? 一人ぼっち、他に誰も味方がないと思い込まされたプリンちゃんはわたしに頼るの。わたしがいなくなったらもう世界が終わると絶望するくらい。ああ! プリンちゃんが泣いてわたしに縋る姿を想像したら、なんだか嬉しくなっちゃう!」

「お前……プリンを監禁とか俺が恐れていた悪党みたいな真似を……」

「……となると、あれあれ? わたしにとってシェイク君は邪魔だね? シェイク君が残っていたら、プリンちゃんは一人ぼっちにならないかも。わたしに依存してくれないかも。……だったら、シェイク君? 死んでくれないかな?」


 ココアは半月のような笑みを浮かべてゆらゆら蠢く。


「……お前は邪悪だ。プリンを利用して……。俺はプリンを守る。そのためにずっとこれまで一緒に……」

「へえ? プリンちゃんを守りたいなら……わたしと殺し合うしかないね? 本当に守りたいなら、プリンちゃんから嫌われても幻滅されても、仲間のわたしを殺すしかないんだよ。それだけの覚悟、シェイク君には本当にある? 口だけじゃなく?」

「俺は……」

「プリンちゃんから嫌われても構わない。それでもあの子を守る。そんな信念がある? 本当にそんな信念があるなら、むしろここでわたしを殺さないと嘘だよね? でも本当のところ、あの子の傍にいればいい目に遭えるとか、そんな損得勘定で友達をやっていたんじゃないの? わたしと同じように!」


 ココアのその言葉が引き金となった。

 シェイクは一気に跳んだ。

 剣を振りかぶり、瞬時に距離を縮めている。

 軽戦士の俊足。

 もうココアの目の前だ。


「え?」


 ココアの目が丸くなった。

 まったく不意を突かれたように。

 シェイクはそのまま剣をココアの喉元に吸い込ませる。

 その直前に、


「無理無理無理無理!」

「俺を置いて逃げるな! これだからメス豚に背中を預けたくなんかなかった……!」

「え? なに? ひきゃあああ!」


 プリンの絶叫が響き、シェイクの体は硬直した。

 一瞬でも、プリンから目を離していた自分が信じられない。

 プリンの身に危険が迫っている……!

 その思いにシェイクの肌が粟立った。

 プリンの姿を探して、ばっと振り返る。


 そこにはざざざざと流れるように迫りくる大ムカデ達の一群がいた。

 人の胴体ほどの太さの大ムカデ達だ。

 その一群の中で、リリィ・キャッスルを肋骨の奥に閉じ込めた触手顔の巨人は沈みかかっている。化け物にとってもこの大ムカデの暴走は予想外だったのだろう。

 そして、大ムカデ達はプリンもまた飲み込まんばかり。

 シェイクの脚が、そして腕が勝手に動いた。


 しゅっ。


 風切る音と共に白刃が閃く。

 プリンの傍まで近づいていた大ムカデ達の胴体が全て一瞬で輪切りになった。

 その甲殻は鋼鉄のように固いというのに、まるでチーズかなにかのように。

 剣の一撃一撃が全て致命的一打クリティカルヒットとなっているからだ。


「あ、ありがと、シェイク……うぇええぇぇえ!」


 いつのまにか自分の前に立っていたシェイクに礼を言いつつ、おぞましげな声を漏らすプリン。

 その周りでは、ぴくぴくと蠢く大ムカデの残骸が散らばっている。


「……すぐに終わらせてやる」


 シェイクは呟いた。

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