第43話 ダンジョン清掃 仲間との再会

「止せって言ったのによー……」


 ダンジョン第1階層から下へ向かう階段。

 そこは今、落とし戸で封じられ、自由に行き来ができなくなっている。

 その前で女子訓練生が1人、腕組みして立っていた。


「いつまで経っても帰ってきやがらねー。すぐ宝箱見つけてくるんじゃなかったのかよ、まったく……」


 第2階層の宝箱を回収してくる。

 そう言って仲間の2人が階段を下りてから、音沙汰なし。

 見張り役として残された彼女、星3つ訓練生リリィ・キャッスルは嫌な予感がしていた。

 そもそも、第2階層に降りるという話が出た時から嫌な感じがしていたのだ。

 盗賊としての勘、というか危険感知の成せる技か。

 言葉では説明できない、きな臭い感覚。

 だが、そんな感覚のない魔術使と精霊憑きの仲間は、リリィをビビってると笑った。


「……あたしは止めたんだからな……助けに行かなくても恨むんじぇねーぞ……」


 自分に言い聞かせるように、リリィは呟く。

 その時、


 ゴンゴンゴン。


 と、階段を閉じている落とし戸からくぐもった音が響いてきた。


「うお!? びっくりしたあー……なんだよ、やっとお戻りか? 今までなに遊んで……」


 リリィは落とし戸に近付き、途中でぴたりと足を止める。


「……誰だ?」


 今、落とし戸の下にいるのが仲間とは限らない。

 魔物だったり……最悪、教官達が帰ってきたのかもしれない。

 勝手に第2階層まで降りていることを勘付かれたら、罰を食らうだろう。


 ……だとしたらやべー。

 逃げるか隠れるかしたほうがよくねーか?


 そう迷うリリィの耳にくぐもった声が聞こえてくる。


「……第2階層からは複雑な呪文を唱えなければ落とし戸を開けられなくなってる。だから見張りを1人残して、わたし達が帰ってきたらわたし達の合図で、第1階層側から落とし戸を開けてもらう」

「……その声、アーちゃんか?」

「落とし戸は、第1階層側からなら簡単に開く造りになっているから。そして、落とし戸を開ける合図は『アーちゃんは今日もかわいい』」

「なんでわざわざそんな細けーことまで説明してくんだよ? こっちは言われなくてもわかってるてーの。……遅せーんだよ、まったく……」


 仲間の声に安堵と悪態を吐きつつ、リリィは尋ねた。


「ところで、スクワールは? 一緒に居るんじゃねーのか?」

「スクワール。スクワールのことを話す。獣じみた子。わたしをさっき置いて逃げてしまった子。スクワールの居場所。スクワールは今ここにはいないわ。走ってどこかへ行ってしまった。第2階層のどこか奥へ」

「おい、それってやべーんじゃねーの? あいつここまで戻ってこれるのかよ? ていうか、あいつを第2階層に置き去りにしたら、教官達にあたし達のやったことバレバレじゃねーか! どーすんだよアーちゃん!?」


 言いながら、リリィは落とし戸を開ける。

 ぺたん。

 ぺたん。

 と、階段を上ってくる音。


 ……ぺたんぺたん?


「アーちゃん? おい、どーした? なにかいるのか?」


 リリィは階段の奥を覗き込もうと身を乗り出した。

 その目の前に、ぬっ、とアーちゃんが姿を現す。


「うお!? だからびっくりさせんな……って……」


 ぺたん。

 ぺたん。

 そんな足音と共に、リリィは視線を上へ上へと向け、遂には見上げる形になる。

 その視線の先にアーちゃんの顔があるからだ。


「……アーちゃんなる個体の脳にあった情報と声帯を使用して、今、あなた、個体確認、リリィという個体と接触を試みている」


 今、リリィの目の前にいるのは、アーちゃん。

 そして、そのアーちゃんを自らの空っぽの胸の中に押し込めて、肋骨の檻で閉じ込めている巨人だ。

 いや、巨人というほどには人の形を成してはいないが。

 なにしろ、頭の部分が軟体動物の触手のようになっている。

 細かく小刻みにひっきりなしに蠢く数多の触手。

 その内の何本かは、巨人の肋骨の檻に幽閉されているアーちゃんの頭にまで伸びて繋がっていた。

 頭頂部にずっぽりと差し込まれた、管のような触手。

 アーちゃんの引きつった顔は白目だ。

 その触手が蠢くと、アーちゃんの口が開き、喉が震えた。


「わたし、わたし達は情報を収集する。そして、独占する。個体名リリィにも協力を要請する」


 巨人の触手がぬらぬらと伸び、リリィに向かう。

 アーちゃんの声が言った。


「脳を前に」


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