第41話 ダンジョン清掃 きっと逃げられる

 ……あれはなに……っ⁉


 石造りの小部屋の片隅で、ぎゅっと身を縮こまらせたまま少女は身動ぎもしない。

 動きさえしなければ見つからないと信じているかのように。


 ……どこへ行ったの? ……スクワールを追いかけて行った? じゃあもう近くにはいない……?


 ダンジョンの第2階層。

 アース・バックドア星3つ訓練生──仲間内からはアーちゃん呼びされている──はそこで1人になっていた。

 一緒に第2階層へ降りた獣じみた訓練生スクワールは、石造りの通路の奥へ奥へと喚きながら消えてしまっている。

 何度も後ろを振り返りつつ。

 怯えた顔で。

 スクワールがそうやって何度も確認したもの、それは足をもつれさせ倒れてしまったアーちゃんだ。


『置いてかないで! 置いてかないで!』


 そう金切り声をあげて懇願したのに、彼女は行ってしまった。

 何度も、アーちゃんがまだそこにいるか確認するように振り返りつつ。

 アーちゃんは最後に見たスクワールの顔が忘れられない。

 引きつって青ざめ……そして、僅かに笑っていた。

 これで自分は助かる、と言わんばかりに。


 ……あいつ……! わたしを置いて囮にしたんだ……!

 自分の代わりに……わたしが死ねばいいって……!


 そう理解した瞬間、アーちゃんは理性もなく悲鳴を上げた。

 見捨てられた恐怖。

 仲間から、死を望まれていると悟った絶望。


『逃げられるのは2人のうち1人』


 スクワールの精霊術で、精霊がそう囁いていた。

 それが正しいなら……。


『お願い! お願い!』

『戻ってきて!』

『連れてって! 置いてかないで! ねえ!』

『こんなところに1人は嫌あああ!』


 もうとっくに見えないスクワールの背中に向かって叫び続ける。

 そこへ、


 ぺた。

 ぺた。


 どこか湿った足音。

 それが耳に届いた途端、アーちゃんの喉奥から更なる悲鳴が沸き上がりそうなった。


 来た……!

 声を抑えなきゃ……捕まる……!


 そう直感したアーちゃんは、それでも抑えられそうにない悲鳴を無理やり抑えるため、拳を固める。

 それを自分の口に突っ込んだ。

 拳を強く噛み締めることで、悲鳴の発作を飲み込もうという努力。

 拳から血が出た。

 おかげで悲鳴は出なかった。

 それからアーちゃんは近くの小部屋に転がり込み、身を隠す。


 このまま見つからなければ……。


 そう思ったアーちゃん、体が震え出すのを抑えるために、自分で自分の身体をきつく抱きしめた。

 震えで、気取られるのを恐れてのことだ。


 ……でも、待って? 逆にスクワールはあんなに音を立てて逃げたじゃない。

 なら……化け物はあっちを追いかけるに違いない。

 そうしたら、逃げられるのは2人のうち1人。

 スクワールが捕まればわたしは助かる。

 ……あっち行け、あっちを狙ってよ、化け物……!


 先程聞こえた足音。

 それが今、聞こえない。

 そのことに、アーちゃんは希望の光を見出す。


 ……わたし、生きて帰ったらわたしを見捨てたスクワールのこと殺してやるんだ。

 ぶっ殺してやる……っ!

 ふふ、でも、わたしが生きて帰れるってことはスクワールがあいつに捕まるってことだから、わたし殺せないじゃん、残念、ふふふ、ふふっ、ふふふふっ!


 ヒステリックな笑いがこみあげてきて、アーちゃんはまた拳を噛み締めた。


 ……スクワール、捕まれ、捕まれ!

 わたし、絶対助かる。

 だって、わたしはこの先、きっと勇者のパーティとかに入って超有名になるんだから……!

 魔術使として輝かしい将来があるの……!

 それをこんなところで……。

 絶対逃げてやるんだから……!


 しばらく経った。

 アーちゃんは周囲の気配に注意し、立ち上がる。

 それから第1階層へ戻る階段へ向かって慎重に歩き始めた。


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