第30話 ダンジョン清掃③
「はいはい、並んで。訓練生はまだダンジョンに入っちゃダメよ。みんなこちらで手続してから……」
そんなダンジョン管理者の声がカウンターから聞こえてくる。
ダンジョン管理棟の地上階部分。
大勢の訓練生達がいる中、教官達は先んじてダンジョンへと入っていった。
シェイクの視線はダンジョン入り口に向けられたままだ。
身動ぎもしない。
と、ココアが話しかけてくる。
「いやあ、いきなり辞めろだもん。当たり強いよね、あの教官」
「……俺が辞めたらプリンを誰が……辞めてたまるか」
「まあ、魔女教官も辞めなくても済むって言ってくれたし、大丈夫なんじゃない? 反省文でも書けばいいのかな?」
「……そういうので済めばいいんだけどな」
「ていうか、あの鬼教官、どこ見てるのかわかんないし、なに考えてるのかもわかんないし……そもそも、なんでシェイク君が辞めなくちゃいけないわけ? なにか悪いことしたわけじゃないよね?」
「そ、そ、そうだよ、ね! シェイクは今、訓練所で断トツトップの星6つ訓練生なのに、どうして辞めろなんて酷いこと言うんだろ……?」」
プリンも勢い込んで口を開いてきた。
だが、シェイクはそんなプリンを見て言葉を濁す。
「……さあ、な」
……俺が隠し事をしているからか?
プリン自身気付いてもいないことを。
……お前には力が、仲間に信じられない幸運をもたらす才能があるんだって教えるべきなのか?
それがあの教官の言う、仲間にとって最善の道……だとでも?
でも、それを知ったらプリンはどうするだろう?
たぶん、喜んでそれを使う。
自分でもみんなの役に立てる! って使いまくる。
仲間になってくれた冒険者みんなに力をもたらすだろう。
プリンが自発的に、というか意識して、誰かに幸運をもたらせるのかどうかはわからない。
現状では、無意識に仲間へと幸運をもたらすだけだが……とにかく自分の能力を知ってしまえば、プリンはその力を隠そうとしないだろう。
そして、それはプリンの能力を知る人間を増やすことになる。
……プリンの力を知った人間が全員善人だったのでなにも悪いことは起きませんでした、なんてことがあるだろうか?
自分だけで幸運を独占したいと願う者、その幸運を悪事に利用しようとする者、誰かが幸運で良い目を見るのが我慢ならない嫉妬深い者……そんな連中がプリンに悪意を抱いたり、害を為そうとすることは想像に難くない。
プリンに自分の才能のことを知らせるのは、大きなリスクだ。
シェイクはそんなことを考えながら、プリンの顔を見る。
ん? どしたの? と首を捻りながらシェイクを見上げてくるプリン。
その顔は憂いなく、未来に対する期待で満ちている……ようにシェイクには見える。
……この顔を曇らせたくない。
もちろん、能力を知られることの危険性を俺がちゃんと伝えれば、プリンも道理がわからないわけじゃない。
というか、自分が捕まったり閉じ込められたりすると想像すれば怖がるだろう。
めちゃくちゃビビるはずだ。
プリンだからな。
そうなればプリンも注意深く、力が発揮されないように陰に隠れてひっそり暮らすようになるかもしれない。
冒険者なんか辞めて。
たった1人で。
それでもう、捕まったり、監禁されたりしなくて済む。
……で?
それはプリンにとって幸せか?
誰かに怯え心休まらず、逃げ隠れ続ける。
俺はプリンをそんな風にしたくない。
プリンを怖がらせたくない。
プリンは冒険者になってかっこよく生きたいのだ。
なのに、プリンが自分の力を知ったら、その時点でその夢は諦めねばならなくなるだろう。
嫌だ。
俺はそんなのは嫌だ。
プリンには今のプリンのまま夢を叶えてほしい。
知ってしまうことが幸せにつながるとは言えないんだ。
……あの教官はそんな事情も分からず、勝手なことを言いやがる。
あいつの言うことなんか聞くものか……。
「……ちょっと? 君達もダンジョン清掃に参加するんじゃないの?」
そんな声をかけられて、シェイクはようやく我に返る。
カウンターの奥から、ダンジョン管理者が呼びかけてきていた。
シェイクが考え込んでいた間に、周囲の訓練生達は随分数を減らしている。
みんな手続きを済ませて、仲間同士、ダンジョンへ入っていったらしい。
プリンがはやる気持ちを抑えきれぬまま、目を輝かせていた。
「は、はいはいっ! ぼくらも行きます! ね? シェイク?」
「……ああ、もちろんだ」
シェイクはプリンの、ふんすっ、と意気込んだ顔を見て、大きく頷いた。
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