第22話 同室の少女
プリンはダンジョン実習を終え、女子寮の自室に戻ってきた。
『夕食前に帰ってこれてよかった~』
そんなことを思いつつ、自室のドアを開ける。
「……え? あ、あれ?」
同室の訓練生がベッドに鏡を置いて座り、なにやら熱心にその中を覗き込んでいた。
肌の手入れをしているのやら眉を整えているのやら。
部屋に入ってきたプリンに一瞥もくれない。
無視。
ただし、プリンが戸惑ったのは、無視されたからではない。
同室のフリージアという名のこの訓練生が鏡やら手入れ道具やらを広げているベッドが、プリンのベッドだったからだ。
「あ、あふへ、へへ、た、ただいま、です……」
「……」
「あっ、あっ、あのっ、えひ、そこ、ぼくのベッド……」
「……」
基本、ここオーディン冒険者訓練所女子寮では訓練生2人に1部屋があてがわれる。
プリンもこのフリージアという訓練生と同室とされた。
指導者達がそう決めたのだ。
プリンにとっては顔見知りでもなんでもなく、まだよく知らない相手。
初めて顔を合わせた時に、かろうじてフリージアという名前を知ったくらいだ。
「あっ、あっ……ま、間違えっ、ちゃったのかな? えへ、へへ……」
「……」
返事はない。
プリンは、どっ、と冷や汗が吹き出してくるのを感じた。
『あれ? もしかして……? ぼくがベッドを間違えてる? 自分が間違ってるのに、気付かずに注意しちゃった……? ひぇ、だからムカつかれてる……? まって、それどころか、もしかしてぼく、部屋自体間違えてるとか!?』
プリンの目はきょろきょろと部屋の中を彷徨った。
そうして、自分の私物を書き物机の上に見つけて安心する。
少なくともここは自分の部屋だ、と確認できたからだ。
プリンの目に映ったのは、粗末なベッドと荷物入れ、そして書き物机に椅子、それらが2組ずつだ。
そんな書き物机や椅子の上に、プリンには覚えのない荷物が積み上げられていた。
床には、これまた身に覚えのないゴミ。
かなりの量が散らばっている。
「あっ、ゴ、ゴミとか、え、えへ、落ちてるね」
「……」
「え、えっ、えっと、へ、へへ、部屋が汚れてると、ふ、ふへ、寮長さんにお、怒られる……かも?」
「じゃ、片付けといて」
ようやく納得がいったのか、フリージアが鏡から顔を上げ、やっとプリンに目を向けてきた。
派手な顔つきの美人ではあるが、キツイ印象を与える。
「あんた星1つでしょ? そんくらいやっといてよ」
「へ? はへ? あ、ああ! ふへ、そ、そうだよね、部屋の掃除、当番制、みたいな……そ、そういうの、えへっ、決めとかないと……」
「てかさ、この部屋狭いよね?」
「え? え?」
「あんた、そっちのベッドから出ないで? そこの線からこっち、あたしのスペースだから。勝手に入ってきたら罰金ね?」
「あっ、ああ、あのっ、というか」
「あ? なに? はっきり言えよ」
「ひへっ! へ、へへ、ベッド……そこのベッド、元々ぼくの……え、えへっ」
「あ? こっちの方が気に入ったからあたしのベッドにしたんだけど? なに言ってんのおまえ?」
「そ、そそ、そんな勝手な……」
「はあー……。ねえ? あんた星1つ訓練生でしょ? どうせついていけなくてすぐ辞めるっしょ? そしたらここ、あたしの1人部屋になるんだからどう使おうがあたしの勝手じゃね?」
「……ぼ、ぼく、辞めません、よ」
「……あ?」
「勇者とか英雄みたいな冒険者に、ぼく、なるんです。ここで学ぶのはそのため……辞めるわけない」
「ウケるんだけど? なんの適性もないって評価された結果が星1つじゃん。そのあんたが勇者?」
フリージアはまるっきり笑みのない顔でプリンを睨みつけてきた。
鋭い目に、プリンは射竦められる。
「調子乗ってない? あんた、星3つ訓練生のあたしと対等なつもり?」
「お、おお、同じ部屋の、な、仲間っ、じゃないですか」
「はあ? なんであたしが星1つ訓練生と仲間なのよ? 腹立ってきた。おい!」
「ひぇ」
「あたしはあんたとは違うんだよ! 一緒にすんな! カスが! これからなにがあっても話しかけてくんなよ、いいな!」
「あ、あ、あの……」
「だまれ!」
取り付く島もない。
プリンはフリージアの剣幕に押されて、それ以上なにも言えなかった。
『ぼくは仲間じゃない……のか』
プリンはしょんぼりそう思った。
◆
その晩のこと。
夜中も遅く。
部屋の中で、ミシミシ、ギシギシ、と軋る音がしたかと思うと、
「ぎゃっ!」
ベッドの足部分が突然真っ二つに折れた。
フリージアの寝ていたベッドだ。
ベッドが傾き、転がり出したフリージアは床に顔面を強打。
さらに衝撃で机や椅子に積まれていた荷物が落下。
「ぶぎゃっ!」
フリージアはドサドサと落ちてきた荷物の角や鏡を存分に頭で受ける。
ごっ、がすっ、ごん、ぱりーん。
割れた破片が散らばり、フリージアは目を回した。
「ひ!? ひえ、ちょ、だ、大丈夫……」
騒ぎに目を覚ましたプリンは、うーんうーんと唸っているフリージアに声をかけようとして、
『これからなにがあっても話しかけてくんなよ、いいな!』
と、恫喝されたことを思い出す。
でも、助けないわけにはいかないし……でもでも、下手に声かけたらもっと怒らせちゃうかもだし……。
そんな躊躇に一瞬駆られてしまう。
だから、プリンは困ったような笑みで、ご機嫌を窺うように尋ねた。
「え、えへ、だ、大丈夫、ですか? ふ、ふへ、医務室に……た、大変、頭を打って、な、なんで急にこんな……。へ、へへ、ベッドにシロアリでもいたんですかね、た、たまたまこんな壊れちゃうなんて、ほほ、本当に、う、うふ、運が悪かった、ですね……」
プリンの声に同情がこもる。
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