第21話 実習の終わり②
ダンジョンを抜け、地上にて。
実習を切り上げた訓練生達は、ダンジョン管理員にパーティの状態や探索の首尾を申告することになっている。
そのダンジョン管理員は受付カウンターの中。
今も退屈そうに頬杖をついていた。
そんな彼女に、シェイクは木製のカウンター越しに告げる。
「課題のケーブベア3匹を討伐した。それ以外にも、遭遇したスケルトン多数とヒドラを1匹を倒した」
ダンジョン管理員は身を起こした。
手元の水晶球などを覗き込み始める。
「……その遭遇はこちらでも確認したわ。正確にはリッチに率いられたスケルトンの集団、それに沼ヒドラ1匹ね」
「リッチ? 呪われた儀式で作り出される魔術使のアンデッドだろう? あの中にそんな高レベルのアンデッドがいたのか」
「ええ。おかしな話よ。そんな強力なアンデッドがどうしてこんな浅い上の階層にまで姿を現したのかしらね」
ダンジョン管理者は肩を竦め、それからスチール達にも向き直った。
「それで、あなた達の成果は?」
「……第5階層まで監視しているのならわかっているだろう! なにもない!」
「本当に? なにか学んだことはなかった? 死にかけて得られた経験は? 次回こそは、と思うような屈辱や不屈の精神は?」
「ぐ……だ、大体、課題が難しすぎる! あんなヒドラ、金級の冒険者だって苦戦するぞ!」
「頭8つのヒドラ……始原のヒドラに遭遇したのね、あなた達。相当運が悪いんじゃない? というか、よく生きて帰れたものね」
そんなやり取りを聞くでもなく耳にしていたシェイクに、そっと囁く者がいる。
背後からの小声。他の誰からも聞き取られない。
「……なぜこんな結果になった?」
「なんだ? どういう意味だ?」
シェイクは眉を寄せて振り返る。
そこにはスチール達と一緒にいた寡黙な魔術使が立っていた。
名前は……聞いていないので、シェイクにはわからない。
その魔術使の目は赤い。
「……なぜ、そちらは成功し、私達は失敗した? そこにはどんな差があったというのだ?」
「なんだよ急に。そりゃ、腕の差とかだろ」
「いや、正直君の剣の腕はそこまでではない」
「なに? おい、急に声かけてきたと思ったら喧嘩売ってるのか?」
「確かに君の足運びや剣の鋭さは新米のそれではなかった。だが、それだけだ。新米冒険者としては抜きんでていても、決して英雄や勇者の剣ではなかった」
「……お前、魔術使だろ? 俺の剣の腕なんか測れるのか?」
「強さや技量を目で測れるようになる術がある。第1階層で会った際、こっそり君を測らせてもらっていた。だからわかる。君1人ではケーブベアに敵うはずがない。ケーブベアの力も測った上でそう判断した。なのに、君は生きている。なぜだ?」
「……お前の目が節穴だったんじゃないか?」
「なるほど、それもあるかもしれない。だが、いくら私の目が節穴でも、君がヒドラや増してやリッチを1人で倒せるような剣技を持っていないことくらいはわかる。……再び問うが、なぜ君達は生きていられるんだ?」
赤い目の魔術使はシェイクと、そして離れた所でぼへ~っと突っ立っているプリンを交互に見比べる。
プリンは、スチールとダンジョン管理者の言い合いを見ているようだ。
シェイクは一瞬押し黙った。
「……さあな。答える必要があるのか?」
「私は知りたいんだ。肉体的・精神的な強さの差をひっくり返すなにかがあるのだとしたら……。君はなにを持っている?」
シェイクの眉間に皺が寄る。
魔術使の尋ね方になにか引っかかったのだ。
話を逸らそうと、シェイクは肩を竦めた。
「さあな、って言ったろ? 俺にはわからない。いや、わかってても言わない。お前はスチールのパーティメンバーだ。俺の仲間じゃない。それより、スチールのところに行かなくていいのか? ダンジョン管理者になにも成果がなかったのを詰められてるみたいだが。なにか助言してやったらどうだ」
「私はあの男の金の力に期待して仲間になっただけだ。あちらも星4つの仲間を探していた。だから手をあげた。それだけの関係だ」
「……あいつの仲間でもない、と?」
「今回の実習でただ事前に金を積み上げて準備を整えても実習では通用しないと学んだ。もう、あの男の傍にいても益はない。それより、君達が実習を成功裏に終わらせた要因を学んだ方がいい」
「随分と割り切っているんだな。あいつらとは一緒にダンジョンから帰還したってのに」
「実利があるなら手を組む、協力者というだけだ。誰だってそうだろう」
「なるほど。わかったよ」
シェイクは腕を組む。
この魔術使は自分の得になるなら、仲間の秘密もペラペラ喋る。
そういうタイプだろう。
そんなシェイクの奥底を見透かすかのように、魔術使は赤い目を光らせた。
そして、ぽつりと一言。
「……幸運、ではないのか?」
「……なに?」
「君が持つ、なにか……君達の成功の要因のことだ」
シェイクは危険な気配を察知して、首筋の毛が逆立つのを感じた。
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