第18話 実習第2階層④

 プリンとシェイクがヒドラ達との死闘を終えた一方その頃──


 彼等からそれほど遠くないダンジョン内通路を彷徨っている者達がいた。

 元はピカピカであったろう鎧は凹んで血に汚れ、足元はふらふら。

 壁に手をつきながら、半死半生、やっとの思いで進んでいる。


「……くそ……全然手が足りない……」


 先頭で呻き声をあげたのは星4つ訓練生のスチールだ。

 家紋の入った美しい盾はどこかに置いてきたらしい。

 それどころか重装鎧のあちこちが欠け落ちている。


「誰だ? パーティのアベレージが星4なら課題のヒドラも問題ないと言ったのは? 俺達のアベレージは確かに星4つだが、3人しかいないんじゃ手数が圧倒的に足りなかったじゃないか!」

「いやいやいや、まったくです、スチール様。酷い話ですよ! こちらの3人が攻撃する間にヒドラは首8つで8回攻撃、しかもラッシュ状態になると首1つが2回攻撃可能になって計16回の噛みつきをしてくるんですから! いくらスチール様の鎧でもこれじゃあボロボロです。いやはや、おいたわしいことで……」


 スチールの不平に、同調するのはグッドマン。


 プリン達を置いて先に進んだ第2階層。

 そこで彼等はすぐにヒドラと遭遇した。

 ターゲットとの会敵にスチール達は喜んだが、その喜びは一瞬だった。

 ヒドラとの戦闘があまりに過酷だったからだ。

 首8本ヒドラという強力な個体。

 盾役のスチールがほとんどの攻撃を引き受けていたとはいえ、グッドマンも無傷とはいかない。

 こちらも血だらけだ。

 僧侶の奇跡によってパーティ全体の毒への抵抗を高めておかなかったら、全滅していただろう。

 魔術使の目くらましでヒドラからなんとか逃れたものの、あのまま続けていたら確実に殺されていたはずだ。


「……見誤ったか」


 スチール達の仲間である寡黙な魔術使、レッドアイズは聞こえぬように呟く。

 スチールと組めば、その実家の財力で楽に訓練を勝ち抜けると踏んでいたのだが……どうもそれだけではダンジョンで有利に戦えるというわけでもないらしい。

 

『……金で装備を整える。知識で十分な準備をする。それでも足りない。この訓練校で勝ち残るにはまだ必要な要素があるのか……?』


 考え込むレッドアイズ。

 そこへスチールが苛立たし気に声を荒げる。


「おい! 俺達はどこへ向かってるんだ?」

「そ、それは……どこでしょうねえ……?」


 グッドマンが覚束なげに答えた。


「ダンジョンのマッピングはお前の役割だろ!」

「ええ、ええ、それはもう。ただ、わたしもさっきの逃走で道具を全部無くしてしまって……方位も現在位置も測れませんで、ええ」

「くそ、一刻も早くここから引き揚げないと……」


 ヒドラから全力で逃亡する際、スチール達は荷物の入ったバックパックや革袋をすべて落としてしまっていた。

 そうやって身軽になったからこそ逃げきれたというのもあるかもしれないが、今のスチール達には食料も飲料もなく、余力もない。

 不運なことだ、と魔術使レッドアイズは心の中で呟く。


「俺達、これからどうやってダンジョンを出ればいいんだよ!? なあ、グッドマン!?」

「いやいやいやいや! わたしに言われましても……誰かに助けてもらうしか……」


 そこへ、ひょっこり。

 通路の角から顔を出したのは、


「……あっ! あ、あれ、あの……!」


 プリンとシェイクだった。

 スチール達と違って元気そう。


「む……っ、お前ら、どうして第2階層に……」


 プリンと目の合ったスチールが片眉を上げる。

 険しい声で問いかけた。


「第1階層でケーブベアと殴り合ってるはずじゃなかったのか」

「おかげさまでそのケーブベアなら討伐した。おまけにもう2匹も討伐して、課題をクリアしたところだ」

「なに!? お前ら2人だけで!? いや、役立たずは除外して、実質お前1人でか!?」


 シェイクが冷たい目でスチールを見る。


「……で、そっちの首尾はどうだ? 俺達を囮にして戦力を温存したんだ。さぞいい結果だったんだろうな?」

「……ぐっ!」


 ボロボロで血だらけの姿をじろじろ見られて、スチールは呻いた。


「……いい気になるなよ! アベレージ4の課題のヒドラは段違いの化け物なんだ! ケーブベアみたいなザコとは違う……!」

「あ、ヒドラなら、ぼく達も倒しましたよ! えへ、へ、ほんと、強い魔物でしたよね。シェイクも防戦一方で、そ、その、すごく大変で、そう、苦戦しちゃいました!」

「……は?」


 プリンのはにかみ笑いに、スチールの口が半開きになる。

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