第12話 実習③

「……金をかけて装備を整えればそれでいいってわけでもないだろ」


 声を固くしてシェイクが言う。


「いくら装備の質を誇っても、それで冒険がうまくいくとは限らない」

「だが、少しでも成功率を上げるように努力するのが冒険者だ」


 星4つ訓練生のスチールはなおも言う。


「新米冒険者なんか装備がないと基本スペックは変わらない。そうなると、冒険の成否は装備によって決まるんだ。わずかな準備の差が生死にかかわるんだぞ。それを疎かにするような不心得者は冒険を辞めるべきだ」

「プリンに……俺達に冒険者を諦めろというのか?」

「死にたくなければな。いや、自分が死ぬだけならいいが、周りも巻き込んで死ぬとなったら最悪だ」

「あ、へへ、そ、そうだね。今度から気を付けるよ……」


 プリンがぎこちなく笑う。

 スチールは厳しい目を向けた。


「できもしないことを。装備を整えるだけの金がないんだろ? どう気をつければ、今度から装備や用具を買い揃える金が出てくるんだ?」

「金持ちだから、冒険者として偉いってことか? その金はお前が貴族だから用意できたものなんじゃないのか」

「少なくとも、アドバンテージを生かすのは冒険者として当然のことだろ? 金持ちと貧乏人じゃ冒険者になったとき差があるから、正々堂々、自分のアドバンテージを捨てて冒険に出ろってのか? それで失敗して死んだらそいつはアホだろ」

「そのアドバンテージをひけらかして、俺の方が上等だって面してるのが気に食わないんだよ」

「ね、ねえ、シェイク、やめようよ……。あ、あ、ふへ、スチールさんも、あの、せ、正論だと思います、へへへ」


 プリンがシェイクの袖を引き、それからスチールに困った笑みを向ける。


「い、生き残るために、なんでも利用するし……へへ、準備を怠らないって、ベテラン冒険者っぽくて、うう、ふふ、か、かっこいい、ですよね」

「腹が立たないのか、プリン?」

「そうだ、正論だ。俺は間違ったことは言っていない」


 スチールは胸を張る。


「準備を十分にできない貧乏人が冒険なんかに出るべきじゃないんだ。それができる余裕のある者に任せればいい。これは、どんなものでもそうだ。勉学でも、芸事でも、音楽や著述、魔法に至るまで全部だ。趣味で仲間内で楽しむ程度ならともかく、それらを仕事として成り立たせるなら、それに専念できる余裕がなくてはな」

「……だからって、余裕がないなら夢見ることすら許されないってのか? プリンもこう言われて、冒険者の道をあきらめるのか?」

「そ、そうはならない、けど……」

「まあまあまあまあ、もういいじゃないですか。スチール様もいいでしょう? ねえ?」


 スチールの脇に控えていた僧侶が揉み手をしながら割って入ってくる。

 その表情に浮かぶのは薄っぺらい笑みだ。


「わたし達は同じ冒険者、同じ訓練生じゃないですか。些末な見解の相違で言い争うためにダンジョンに潜ったわけじゃないでしょう? ここは助け合いましょうよ、ねえ?」

「グッドマン、俺に指図するのか?」

「いやいやいやいや! もう、スチール様もお人が悪い。わたしはただ、この先の魔物のことを彼等に教えてあげようと思っただけですって。助け合いの精神ですよ、ねえ?」

「……ふん? まあ、お前に任せるとしよう、グッドマン」

「そうこなくちゃ、さすがスチール様! え、さて……」


 グッドマンと呼ばれた僧侶はプリン達に向き直る。

 その笑みに、プリンも引きつった釣られ笑いを返した。


「え、へへ……ど、ども……」

「確か、星1つ訓練生のプリンさんでしたよね? で、シェイクさん、と……。お2人はアベレージ3の課題を受けてると思うんですが、違いますかね?」

「は、はい、ふ、ふへ、そうですけど……」

「だったら、討伐対象はケーブベア、ですよねえ? 実はわたし達、さっきケーブベアを見かけましてね、その場所まで案内してあげましょうか? いえ、討伐の手助けをしてもいいんですけど?」

「いや、倒すのは俺達だけで十分……」

「え、いいの!?」


 シェイクが言いかけたが、その声はプリンの弾んだ声にかき消された。

 グッドマン、にっこり。


「もちろんですとも。いいですよね、スチール様? 同じ訓練生同士、課題クリアに手を貸すのは当然です。この美しい助け合いの精神、きっと神の御心にもかないますとも、ねえ?」

「ねえ、シェイク、助けてくれるって! ふふ、同期の絆って感じ。……怖い人たちかと思ったら、優しい……! こういうのいいよね」

「あ、ああ……」


 無邪気にはしゃぐプリンに、シェイクは言葉を飲み込んだ。

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