第7話 訓練の始まり

 翌日。

 まだ夜も明けきらぬ薄明りの中。


「気をつけ!」


 オーディン冒険者訓練所校庭に教官の暑苦しい声が響く。

 昨日、星付けを終えたばかりの第17期生達が整列し、朝の点呼を行っていた。

 そうして訓練生の人数を確認し終えたところで、むくつけき体つきの教官が大声を出す。


「……貴様等ろくでなしの中から早速1名の落伍者が出た!」


 そう聞いて、訓練生達がざわめく。


「……誰だよ? まだ2日目だぜ……?」

「……あいつ、あいついねえぞ……星5だった……」

「……なにがあったんだ……?」


「どうだ? お前らの中にももうここをやめたいと思ってる奴がいるんじゃないか? 落伍者の後に続こうって奴は?」


 その暑苦しい教官は訓練生達を順々に睨みつけ、そしてその中の1人に標的を絞ったようだった。


「プリン訓練生! 貴様はどうだ? 星1つでは誰も貴様とパーティを組んでくれないだろう? 実習のダンジョン課題を受けることもできまい。それでもここを辞めないのか?」

「は、は、はい、い、いいえ、え、えっへ、へへ……」

「はい? いいえ? どっちなんだ!」

「や、辞めません!」


 プリンは思いがけず大きな声を出してしまい、自分でびっくりしたような顔になる。

 教官はそれで追及をやめたりせず、続けた。


「どうしてだ? なぜ辞めない?」

「ぼ、ぼくは一人前の冒険者になるからです」

「なんだと? そうか! いい機会だ、みんなも聞いておけ!」


 教官は大仰に手を振って、居並ぶ訓練生達にプリンを指し示す。


「プリン訓練生は冒険者に向いていない、無能だ、と評価されながら、それでもなお冒険者となることを諦めていない! その図々しい根性はどこから来るのか! 周りに迷惑をかけ、自らの未来を棒に振ることになるというのに! プリン訓練生の無能さによって死ぬ者が出るかもしれないのに! そんな犠牲を払ってまで一人前の冒険者を目指すというのだ! プリン訓練生にはなにかよほどのなりたい理由があるんだな? 冒険者となって復讐を果たす相手を見つけたいか? この世界を救うと亡き父母に誓いでもしたか? 真理を究めるという大望を抱いているのか? さあ、どんな崇高な理由があって、貴様を一人前にするという無駄な努力をこの訓練所に強いるのか、言ってみろ!」

「へ、は? あの、ふひ、言ってる意味が……」

「冒険者になりたいとなぜ思うのか、理由を言えと言っている!」

「か、かっこいいから、です!」

「かっこいい? なにがだ?」

「冒険者って、かっこいい……です!」


 ぷっ……と、訓練生の数人が吹き出す。

 教官はいまやプリンの前に仁王立ちし、ぐうっと暑苦しい顔を近づけてきた。


「はあ!? 貴様、そんな考えで一人前の冒険者を目指しているというのか? そして、今の有様でやっていけると思っているのか?」

「しょ、それは、あのぅ……」

「やっていけますよ。プリン訓練生とは俺が組みますから」

「シェイク訓練生……」


 プリンの横から口を出してきたシェイクに暑苦しい教官はとげとげしい目を向ける。


「シェイク訓練生、昨日、センブリ訓練生が世話になったようだな? お陰で奴は荷物をまとめて出ていったんだぞ。なにか言うべきことがあるんじゃないのか」

「俺が辞めさせたわけじゃない。あいつは星を失って、自分で辞めると決めたんだ」

「同期の仲間を1人辞めさせておいてその言い草か! ……貴様が仲間を売ったり切り捨てたりするような輩じゃないことを証明してみせてほしいものだな」


 教官は吐き捨てるように言う。

 それから唐突に宣言した。


「以上! 解散!」


 こうして朝の点呼は終わり、いよいよ訓練所での命がけの実習が始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る