第38話 俺は、まだ、奈那に隠していることがある…

 また、ブラジャーというものと向き合うことになるとは……。


 そんな事態に巻き込まれるなんて思いもしなかったのだが、運命というのは残酷である。


 須々木初命すすき/はじめは頭を抱え、溜息を吐いてしまう。




 黒須音子くろす/ねこからの試練により渡された下着。

 それをはるかに上回るほどの魅力的なブラジャー。


 大人向けな代物であり、豊満な胸を隠す必要性があるため、通常のよりも大きいような気がする。


 少なからず、Gくらいはありそうだ。


「……」


 謎の美人系な女の子が身に着けていたものを今、初命は手にしているのだ。初命は絶句しつつ唾を呑み、現状を受け入れることに必死になっていた。




「……これ、どうしたらいいんだろ」


 初命は今日の学校を終え、自室にいる。


 初命は、勉強机前の椅子に座っていて、一人っきりで引きこもり、今日、あの子から渡された使用済み下着をまじまじと見ていた。


「……女の子が身に着けている下着ってこうなってるのか……」


 気づけば初命は、その下着を魅入っていた。

 ブラジャーを見る機会は何度かあったが、真剣に眺めたのは今日が初めてだったりする。


 以前は恥ずかしくて直視できなかったが、初命は一人で過ごしているのだ。

 誰からも見られることなく、孤独な空間で、背徳な想いに押し潰されそうになりながらも、両手で持っているブラジャーを吟味していた。




「……というか、誰だったんだろ」


 高校に入学し、一年と少しが経つが、まったく知らない子。

 学年もわからずじまいのまま、部室棟の空き教室で、今日の昼休みに別れたのだ。


 正体不明な女の子であり、なぜ、ブラジャーを押し付けてきたのか、真意を確認できる余裕すらなかった。


 モヤモヤした気持ちのまま、初命はそのブラジャーを勉強机の引き出しの中にしまう。


「……本当に、このブラジャー、どうすればいいんだろ……」


 ようやく恋人ができたばかりなのに、また、悩みが増えた瞬間だった。


 週の始まりがこんなだと、先が思いやられ、初命は再び、大きな溜息を吐くことになったのだ。






「それでさ、あともう少しで、文化祭的なもの始まるじゃん。何か、生徒会役員とかで話していたりするの?」


 火曜日の昼休み。

 校舎内にある食堂にて、同じテーブルに対面するように、いつもの四人が座っていた。

 今、丁度、食堂で昼食をとっている最中。


 そんな中、愛由あゆは同じテーブルで、対面上の席にいる奈那へ問う。


「そうね。そういう話もしているところよ」

「へえ、そうなんだ。今年の文化祭の方針とかって決まった感じ?」

「まだ、そこまでではないけど。それと、文化祭のことについては、まだ、公にできないから、この話はここで終わりよ」

「えー、秘密って感じ? でも、文化祭は例年通りにやるってことね。楽しみ」


 愛由はテンションを高めている様子。


「私、今年の文化祭は色々なことをしたいんだけどね」

「例えば?」


 愛由の隣に座っている由惟ゆいが質問していた。


「それはね」

「それは?」

「メイド喫茶とか」

「別にいいと思うけど、普通じゃない?」

「そうかな?」

「そういうのは、他のところでもやりそうだし。難しいと思うけどなぁ」

「確かにね。でも、最初っから諦めても意味ないじゃん」


 愛由と由惟は、普段から仲のいい二人である。

 この前、奈那と初命と一緒に、テーマパークに行った間柄。


 その一件以来。昼休み、共に食堂で食事をする仲になってたりする。


「私、生徒会役員だから、そういうの、議題に挙げてみるけど」


 愛由と由惟の反対側の席に座る結城奈那ゆいき/ななは言う。


「本当に? じゃあ、他のクラスでメイド喫茶の話題が上がったら、優先的に私たちのクラスになるようにしてよー」

「それはどうかしらね。でも、相談はしておくから」

「オッケー、そう来なくちゃね」


 愛由は奈那に、よろしくねと言いながら笑みを見せていた。


「ねえ、初命は何がいいと思う?」

「お、俺? ……それは……」


 急に愛由から話を振られてしまった。


 なんていえばいいのかわからず、口ごもってしまう。


 初命は一旦、箸をテーブルに置く。


「俺は、普通にクラスの皆に従うつもりだけど」

「それだと、初命、雑用になると思うよ」

「た、確かに……」


 去年のトラウマもある。

 今まで誰かの指示に従ってばかりの人生。


 そんな環境、どうにかしたい。


 従ってばかりなんて嫌だと、初命自身も思っている。


 今年の文化祭では、自分の意見をハッキリと言えるようにしたい。


 ようやく彼女ができたのだ。

 奈那に良いところを見せたいと内心考えていた。


「まだ文化祭週間まで時間はあるから、それまでにしっかりと考えておくよ」


 初命はそう言い、テーブル上に置かれた水を口に含むのだった。




「というか、これからどうする?」

「じゃあ、どこかに移動する?」


 仲の良い二人は、再び話し合っていた。


「そういえば、由惟ってさ。おっぱいデカくなったんじゃない?」

「そうかな?」

「そうだって、ほら」

「きゃあッ、もう、何、触ってんの」


 二人はふざけた感じに、イチャイチャしている。

 彼女らは同性であり、現在いる場所は学校内の食堂だ。


 人目が多い場所であまり、あまり目立つことをしてほしくない。


 初命は内心、ヒヤヒヤしていた。


 変に注目されると、あの人に出会ってしまうのではないかという心配が脳裏をよぎるからだ。


 正体不明の美少女。

 まだ、名前は知らない。

 けど、爆乳で美人、年上で変態気質であることは把握していた。


 今、初命の隣の席には、奈那がいるのだ。

 この状況で、あの子には遭遇したくないという思いが蓄積されていく。


 穏便に済ませ、この食堂から出たい。

 初命はそんなことばかり願う。


「ねえ、ブラジャーとか、買った方がいいんじゃない?」

「そうね」

「私も一緒に行こっか?」

「いいよ。そういうの」

「でも、私、あんたのおっぽいとか見たいし」

「なんか、変態っぽいからやめてよね」


 由惟は抵抗した言い方をするが、嬉しそうに対応している。


 初命は目のやり場に困っていた。


 それに、昨日のブラジャーの件もある。


 謎の彼女のブラジャーばかりが脳裏をよぎり、どうにかなってしまいそうだった。


「周りの目もあるし。私、ここから出たいんだけど」


 奈那は現状を見、冷静な態度で場を仕切り始めていた。


「ごめん、ちょっとやりすぎちゃったかも」

「だから、やめてって言ったじゃん……でも、気持ちよかったけど」


 さらっと飛んでもない発言が聞こえてきた。


 初命はどぎまぎしながら、食器の上に残っていたものを、無言で箸で掴み、口に含んで咀嚼して気分を紛らわす。


 そして、最初に二人が席から立ち上がると、奈那と初命も立ち上がる。


 食事に使ったモノが乗せられたトレーを持ち、四人は食器などの類を片づけることになった。

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