第39話 俺の隠し事を、ねこに疑われている

 火曜日の放課後。


 須々木初命すすき/はじめは帰宅準備をしている。


 他にやることはなく、後は帰宅するだけであった。


 席前で佇む初命が辺りを見渡せば、クラスメイトの愛由あゆ由惟ゆいは、教室の出入り口方面にいたのだ。


 今日の昼頃、下着を買いに行くとか、そういう話をしていた。

 これから街中へ向かうのだろう。




 初命は今日も一人で帰宅することになる。

 教室が静かになった頃合い、初命も教室を後に廊下方面に出た。


 部活や帰宅している人もいるためか、廊下には、そこまで人が多いというわけでもない。


 初命は孤独で歩き始める。


 ……そういえば、小豆からのメール等の反応がないな。


 この前の話によれば、今週から部活に所属して何かをやることになっていたはずである。


 自発的に聞くというのも気が引けるが、後々何かを言われるのも面倒だと思い、制服から取り出したスマホを片手にメールを送った。


 けど、すぐに返答などはない。


 今のところは様子見ということでいいだろうと思い、少し路線変更することにした。


 本来であれば、昇降口へ向かう予定だったが、念のために中庭の方へ移動する。


 水源小豆すいげん/あずきからの返答があった時、すぐに部室棟へと行くことが可能だからだ。




 初命は中庭に到着するなり、そこに設置されたベンチへ腰掛ける。


 今週中、結城奈那ゆいき/ななは生徒会役員としてやることが多いらしい。

 役員として一段落したら、どこかに連れて行ってあげたいと思う。


 そんなことを思い、初命はスマホで、デートスポットらしいサイトを探る。


 地元にもスポット的な場所は結構多くあり、どこかいいかなんてすぐには思い当たらなかった。






 初命が悩んでいると、遠くの方から声が聞こえてきた。


 二人組の男子生徒が中庭のベンチに座り、そこで話しているのが、初命のいるところからでもわかったのだ。


「そういえば、この前、転校してきた人がいるみたいじゃん」

「もしや、あの子のことか?」

「そうそう、めっちゃ、爆乳だったよな」

「やっぱりか、でも、あのおっぱいを直接見れる奴なんているのかよ。フレンドリーな感じではあるけど、ちょっと、下ネタの話題を振るのは気が引けるよな」

「わかるよ、その感じさ」


 何やら、怪しい話をしている。


 転校生とか、爆乳とか、そういうキーワードが初命の耳にも入ってくるのだ。


 ……まさか、あの子の事なのか?


 ドキッとするかのように、胸元に響いてくるものがあった。




「あの子と、もっと親しくなりたいよな」

「でも、あの子、三年生なんだろ? 俺らから見たら、先輩みたいなものだし。不手際がないように関わっていかないとな」


 その男子生徒らが言っている。


 初命はその男子らとは親しい関係ではないため、遠くから聞いているだけになった。


 次第に、その話し声は小さくなっていく。

 どこかへと行ってしまったようだ。


 初命は再び一人、中庭のベンチで過ごすことになった。


 誰の声もしなくなった環境下。孤独にモヤモヤと考え込む。




「……そういえば、おっぱい見てしまったんだよな」


 それに、先ほど話題に上がっていた子のブラジャーまでも入手してしまっている。


 多くの男子生徒は、その爆乳な先輩と距離を詰めることに必死になっているのだが、初命はそれを難なく乗り越えているのだ。


 疚しい気分が勝り、体が息苦しく火照ってくる。




「初命先輩? おっぱいを見たってどういうことなんです?」


 聞き慣れた声が聞こえる。


 ハッと、左横へ視線を向けると、そこには黒須音子くろす/ねこが佇んでいたのだ。


 急に姿を現されると、怖いものがある。




「ね、先輩、隣いいですか? いいですよね」


 と、音子は積極的に距離を詰め、初命の左隣のベンチへ腰を下ろす。


 彼女は楽し気に笑みを見せている。

 けど、その表情はどこか、闇に満ち溢れているようだった。


 音子とは、今まで通りの関係性に戻ったものの、彼女は以前と変わらず、積極的。

 まだ、諦めていないかのように、明るい立ち振る舞いであった。


「初命先輩? さっきの発言はどういうことですか?」

「え、いや、それはさ。転校生って言ったんだよ」

「……それ、言葉に無理がありますけど。でも、確かに、転校生は先週の金曜日に来ていたみたいですね」

「そうなんだ……」

「まあ、転校生って言っても上級生なので、私も、今日知ったばかりですけどね」

「そうなのか?」

「はい。私のクラスで、そういった話題になっていたので」


 音子は考え込むように話している。


「というか、三年生からしたら、今の時期、就職か進学に備えての活動がメインになるんじゃ。こういう時期に転校してくるのも珍しいよね」

「そうですね。私もびっくりしていますから」


 音子もどうして、こんな時期に転校してきたんだろうと、首を傾げていた。


「それで、音子は、その先輩と会話したこととかってあるのか?」

「まだ、ないですけど。先輩は?」

「俺は、まあ、たまたま出会って、話しかけられたことはあるけど」

「へえ、話しかけられた……」


 音子は意味深な口調になる。

 隣に座っている彼女からジト目を向けられているのだ。




「それ、もしや、よからぬことですか? 副生徒会長に隠れて、密会なんて」

「……音子が言える立場ではないような気もするけど」

「まあ、そうですけど。私からあんなに距離を取っておきながら。他の子とは付き合うんですか? 私、悲しいです」

「ごめん」

「冗談です。でも、副生徒会長を悲しませることはしないようにね。私との約束ですから」


 初命は彼女と約束を交わす。


「その先輩とはどういうやり取りをしたんです?」

「それは……」

「それは、なんです?」


 音子は体の距離を詰めてくる。

 そして、グッと顔を近づけてくるのだ。


 近いって……。


 音子からの誘惑まじりの表情を見せられ、どぎまぎしている。




「普通に会話したり」

「それだけですか?」

「……あ、ああ……」

「怪しいですね」

「怪しくないよ」

「先輩、私の方を見てください。目を合わせて」


 音子からそう言われる。

 下手に行動することもできず、従うように返答する。


「怪しいですし。私、やっぱり、先輩のことを監視してもいいですか?」

「いや、そういうのは」

「私、副生徒会長と付き合うって言うから、条件を出して距離を取ったのに。これでは納得できませんから」


 音子は腕組をして軽く溜息を吐くと、明確な目的を抱き、それを口にしていた。


「私、初命先輩と、その先輩の関係性がハッキリとわかるまで、ずっと監視しますから。覚悟しておいてくださいねッ」

「……そういうのはやめてほしいんだが……」

「でも、原因は初命先輩にありますので。先輩が悪いんですから」


 音子は頬を膨らませると、ジッと初命の顔を見つめてくる。


 彼女からの圧力的な態度の前に怯んでしまう。けど、しょうがなく、初命は承諾するように頷くことになった。

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