第36話 俺は、やっと…、何かを達成できた気がする

 希望の光が見えてきていた。


 やっと掴んだ光である。

 背後から迫りくる謎の存在。


 二人はお化け屋敷の出口から急いで出る。


 暗く密室された空間からの解放。

 ゆえに眩しさを感じた。


 それに、背後から迫ってきていたお化けみたいなものは、すでにいない。


 何とか、暗い空間から乗り越えられたが、その直後に、シャッター音が聞こえた。


 須々木初命すすき/はじめ結城奈那ゆいき/ななは何かと思い、パッと頭を上げ、辺りを見渡す。


 暗い空間から抜け出しても、ここはまだ、お化け屋敷の敷地内であり、建物の中。

 周りには、スタッフの方々が数人ほど佇んでいる。


 それに、正面の壁近くにはカメラが設置されており、今の姿を撮影されたらしい。


「こちらでは、写真サービスをやっておりますので、写真の方はどういたしますか?」


 スタッフの方から、そう言われた。


「……どうする?」


 初命は奈那に問う。


「……こういうの、記念には……でも、趣味悪い気もするよね。人が怖がってる姿を撮影なんて」

「そうだよな。いらないよね」


 二人はその写真は遠慮しておくことにした。


 ここのお化け屋敷に人が少なかったのは、そういった理由があるからなのだろう。


 初命はそう思い、奈那と共に立ち去ることにした。






 二人は観覧車があるところまで来ていた。


 本来、観覧車は、最後らへんに入るのが基本なのだが、例外というのもある。


「……結城さん、二人とは合流しなくてもいいの? 成り行きで勝手に遊んでる感じになってるけど」

「多分、大丈夫だよ。でも、観覧車に乗り終わったら、二人がいるところに戻る?」

「その方がいいよ。四人で一緒に来ているのに、バラバラに遊ぶなんて」

「だよね。そうね、観覧車に乗り終わったら、あの子たちのいる場所に行きましょうか」

「うん」


 初命は彼女に承諾するように頷くと、観覧車スタッフの指示に従い、中へと入る。


 観覧車と言えば、ゆっくりとゴンドラが上へと向かい、三〇分ほどかけて、下へと戻っていく。

 そんなアトラクションである。


 テーマパークにある遊具の中で一番地味な乗り物だが、大事な話をする時に利用されることが多い。


 もしかしたら、彼女は本当に大事なことを伝えようとしているのかもしれないと、動き出したゴンドラの中で椅子に座る初命は思う。


 正面には奈那が座っている。

 実際のところ、別れて座る必要性もなく、ゴンドラ内に設置されている長椅子は、二人同時に横に並んで座ることも可能だ。


 奈那は、反対側の席に座る初命の方へ視線を向けることなく、窓から見える景色を眺めていた。


 彼女の方から誘っておきながら、話しかけてくる気配がない。


 無言の空間を、ただ二人で過ごす。


 何も話してこないのか……。


「……ねえ、ちょっといい?」

「え?」

「須々木君の隣に行ってもいい?」

「いいけど」


 やっと、奈那の方から話を切り出してきた。


 ゴンドラが動く中、彼女が席から立ち上がり、歩み寄ってくる。


 ちょっとばかし、ゴンドラが揺れ動く。


「きゃッ」


 彼女が可愛らしい悲鳴を上げたのち、体を揺らす。


 態勢を崩しそうになっていた。


 初命は席から立ち上がり、彼女の体を支える。


「あ、ありがと……須々木君……」


 奈那は照れくさそうに言う。


 初命は奈那を座らせると、彼女の隣の席に腰を下ろした。






「私……生徒会役員に立候補したのはね。須々木君が、頑張るところを見て、そう思ったの」

「俺が、頑張るところ? どういうこと?」


 奈那は、役員に入った理由を話し始める。

 彼女が伝えたかったのは、そういうことなのだろうか?


 初命的には、恋愛的なことだとばかり思っていた。




「でも、頑張るって。俺、そこまでしたことはない気がするけど……」


 伺うように問う。


「須々木君。去年の文化祭の時、率先して準備とかしていたでしょ? 一人で夜遅くまで残って作業したり」

「そうだけど……」


 それは陽キャらに言われ、仕事を押し付けられただけである。


 そういうところを見て、頑張っているとか思わなくてもいいのにと思う。


 初命は自分の意見もハッキリと言えなかった。だから、陽キャの言いなりになっていたのだ。




「俺、結城さんが思うほど優秀な人じゃないから」

「でも、須々木君が必死に努力するところを見て、私も何かに挑戦してみようって思って。それで、生徒会役員になったの。私、他に誇れるところもそんなになかったし……」


 奈那は優しく微笑んだ表情を見せてくれる。


「すべてね、須々木君のおかげなの。今まであまり伝える機会がなくて。今、遊園地にいる時に、須々木君に伝えようと考えていたの」


 彼女は冷静を装いながら話しているが、その表情だけは真っ赤にしていた。


 でも、そういう経緯で、好きになってくれたのならいい。


 初命は成り行きでの関係ではなく、彼女からの本当の想いがあって、恋人を手に入れているのだと、肌で実感した瞬間だった。






 初命は先ほど、ゴンドラから降りた。

 そして、奈那には少し用事があると言い、彼女の元から離れてきたのだ。


「初命先輩、約束通り、私の指示に従ってくれたんですね♡」

「あ、ああ」


 初命は何とか、黒須音子くろす/ねこの下着を隠しながら、テーマパークで過ごせていた。

 達成感というのも少し違い、背徳感の方が強い。


 初命はテーマパーク内。とある小さな建物の裏側で、作業服姿の音子と向き合っていた。

 音子は今日、バイトとして、このテーマパークにいるようだ。


 短期間バイトが、たまたま、ここだったらしい。


「俺と、先輩後輩の間柄に戻ってくれるんだよな?」

「……それはですね」


 音子はニヤッとした笑みを浮かべる。

 意味深な態度に、初命はドキッとした。


 まさか、何か変なことをしでかしてしまったんじゃないかと思っていると、音子はポケットの中からパンツを取り出してきたのだ。


「……それは⁉」


 初命は驚き、私服の中へと手を向かわせた。すると、ブラジャーはあっても、パンツがないということに気づいた。


「先輩、お化け屋敷の中で落としていたみたいですね」

「……走っていた時、落としていたのか……」


 初命は終わったと思った。


「でも、まあ、初命先輩の驚く顔もちゃんと見れましたし」

「見たって?」

「私、さっき、お化け屋敷に飾られている写真を見てきたんです。そしたら、副生徒会長と一緒に焦った表情をする写真があったので」

「それ、飾られてるのかよ、なんか、失礼なアトラクションだな」


 初命は溜息を吐く。


「でも、今回は監視していた限り、副生徒会長には下着を見られていないようなので、多めに見ます。では、私、夕方ごろまでバイトがあるので。では、ここで」


 と、音子は初命から下着を返してもらうと。その場から立ち去って行ったのである。


 風のような出来事だったが、これで正式に奈那と心置きなく付き合えるというものだ。


 初命は、待ち合わせている彼女の元へと走って向かって行くのだった。

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