第35話 俺は、結城さんを守りたい
初めてできた恋人のような存在であり、異性と一緒に、デート気分でいられるのは心地よかった。
が、同時に、それは絶望でもある。
初命の私服の中には、
これをどうやって隠し通すかである。
奈那との初めてが、こんな結果になってしまうなんてと思う。
でも、これも音子から課された条件であり、彼女と、ここでキッパリと諦めてもらえる手段なのだ。
初命は、衣服の中で音子のブラジャーとパンツという代物を抱え、
今のところ、音子からのメール等の着信歴はない。
多分、別のとこで監視していると思うのだが、姿が見えなくとも緊張感を崩してはいけないと思う。
「須々木君。さっきからソワソワしているけど、どうかしたの? 何かあるなら、私に相談してもいいからね」
「うん、大丈夫だから。気にしないで……」
今、彼女の優しい問いかけに、心が痛んでしまう。
奈那に心配かけないように平然を装い、隠し通さなければいけないのだ。
「えっと……今から何かに乗る?」
初命は話題を変えるように立ち振る舞うことにした。
初命は、彼女とメリーゴーランドに乗ることになった。
そういうので遊ぶのは数年ぶりな気がする。
奈那から誘われ、乗ることになったのだが、少々気まずい。
周りには、小学生くらいの子らの視線が多かったからだ。
けど、彼女と一緒だったこともあり、多少はそれが和らぎ、心の支えになっていた。
先ほどメリーゴーランドを乗り終えると、別のアトラクションの場所へ、二人は向かう。
移動中は、自然な感じに手を繋いでいた。
奈那から特に言われることもなく。
多分、彼女は恥ずかしさも相まって、そういうことについて話題にしたくないのかもしれない。
無言の承諾というものだと感じた。
テーマパーク内を彼女と一緒に歩いていると、辺りの雰囲気が変わって見える。そんな気がしたのだ。
感覚的な問題かもしれないが、初命にとっては、そう感じていた。
異性と付き合って、手を繋いでいるだけで、視界に映る景色が変わるものだと知ったのだ。
今まで誰かと面と向き合って、恋愛的な感じに関わるということもなかった。
胸の内が擽ったくなってくる。
一緒にいるというだけなのに、嬉しさが込みあがってくるようだった。
「次は、お化け屋敷とかは?」
「そういうところに、いきなり?」
「今は、結構人が空いているみたいだし。すぐに入れるかも」
「だからって、お化け屋敷は……」
初命の中で、まだ心の準備ができないのである。
彼女の前で変な態度は見せられない。
そう思うと、緊張してくるのだ。
でも、奈那の方から誘ってきているのだ。ここはチャンスだと思い、お化け屋敷に挑戦してみようと思う。
初命は彼女の見えないところで、自身への勇気付けのために右拳を軽く握った。
彼氏という立場であれば、やる時はやらないといけないことだってある。
二人はお化け屋敷のあるところまで向かう。
スタッフからの説明を受け、入ることになった。
中は暗い。
薄っすらと辺りが見える程度。
先ほどスタッフから渡された懐中電灯を頼りに、先へと進んでいる。
「結城さんは、ちゃんとついてこれてる?」
「うん……」
奈那の声は震えている。
けど、彼女からの手の感触が強く伝わってくるようだった。
怖い体験を一緒にしていると、妙に胸の内がドキドキするもの。
そういうのを計算して、彼女はお化け屋敷を選んだのだろうか?
そう考えると、初命は彼女のことをより一層、意識してしまいそうになっていた。
真っ暗闇な環境下。
この先にある光を求めて、二人は移動していた。
けど、なかなか、出口が見当たらない。
「……こっちであってるのかな?」
奈那は不安そうに言う。
「多分……でも、出口が見えるまでは手を離さないで」
「うん……わかった……」
彼女からの手の温かみは先ほどよりも強くなった気がした。
今、奈那は初命のことを頼っているのだろう。
辺りはあまり見えないが、彼女の存在が不思議とわかる。
暗い状況なのに、手を繋いでいるだけで人肌を強く感じるのだ。
「……ねえ」
「なに、結城さん?」
「んん、なんでもない。でも、ここを出たら、少し話したいことがあるの」
「話したい事って」
「それは、その時までの内緒。ここを出てから伝えるから……」
奈那は少々声を震わせながら話す。
刹那、何が迫っているような気配を感じた。
ここはお化け屋敷であり、何が起きてもおかしくない。
この建物に入る前、スタッフから何が起きるかわからないと忠告を受けていたことを思い出す。
お化け屋敷という建物なのだが、ここで登場するものは、お化けかもしれないし、何かの仕掛けかもしれない。
時間帯によって変化するらしく、どういう怖がらせ方をしてくるか不明瞭らしいのだ。
むしろ、何をされるのかわからない方が怖い。
初命は奈那の手をギュッと強く握りしめる。
すると、彼女からも握り返されたのだ。
互いに、先ほどの感覚に怯えていた。
でも、単なる気配であったとしても、見えない分、余計に怖いのである。
色々な意味合いで、心臓の鼓動が高まっていく。
「は、早く行こうか……結城さん……」
「え、う、うん……」
二人でそんなやり取りを交わした直後、背後から思いっきり足音が聞こえた。
誰かが全力で近づいてくる音である。
「やっぱり、誰かが?」
「そ、そうみたいだね……結城さん早く」
初命は彼女と手を握ったまま、全力で走る。
余計に考えることなく、全身全霊でお化け屋敷から逃げようと必死になっていた。
背後から全力で近づいてくるもの。それはハッキリとはわからない。
けど、視界にようやく見えてきた一筋の光。
その明かりによって、背後から近づいてくる黒い塊のようなものが、チラッと振り返った直後、少しだけ見えた気がした。
怖すぎるって……。
初命は彼女を守るために、ギュッと手を掴んだまま、全力で、その光の先へと向かって走り出した。
僅かな希望を託して――
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