第34話 俺は人生で初めて、大きな代物を抱えている…

 念願の彼女とのデートである。

 やっとの想いで辿り着けた領域。


 これは最大級のチャンスであり、今日を全力で楽しもうと思った。


 須々木初命すすき/はじめは自室の鏡を前に、姿を確認する。


「……これでいいかな」


 初命は昨日、とある店屋で衣服を借りてきたのである。

 購入しようと思ったのだが、やはり、今の所持金ではどうしても入手困難だった。


 昨日。黒須音子くろす/ねこと、とある一室で過ごした後、衣服を借りることができるお店に訪れていたのだ。

 音子から誘われた場所であり、意外といい品揃えだった。


 普段私服として身に纏っている服装よりは断然いいと思う。


 どうして、音子はここまで親切にするのだろうか?


 復讐するとか、そんなことを言い、あまりよい印象を初命には抱いていないはずである。

 頭を撫でてあげたことで、少しだけ気が変わったのだろう。

 そう思うことにした。


 初命は自宅を後に、ひとまず、奈那と待ち合わせしている場所に向かう。

 数分歩いたところに、バス停があった。


 奈那はその近くに佇んでいたのだ。




「おはよう、須々木君」

「おはよう、結城さん……」


 互いに顔を見合わせるなり、簡単な挨拶を交わす。


 彼女もそれなりに私服が似合っている。


「……須々木君って、今日の服装って、張り切ってる感じ?」

「うん」

「そうなんだ」


 結城奈那ゆいき/ななは嬉しそうな笑みを見せてくれた。


 これは好感を抱かれている証拠だろう。


 奈那の対応に、初命も嬉しくなる。真剣に服装を選んで正解だったと、自分の中で感じるのだった。






「奈那と、須々木じゃん。こっちだから」


 とある彼女の声が遠くの方から響いてくる。

 声を出している女の子と、その隣にはもう一人、私服を身に纏った女の子が佇んでいた。


 最初に声をかけてきた子が、早くこっちに来てよ的な感じに手招きをしながら誘っている。


 バスから下車した初命と奈那は、二人の子がいる場所まで駆け足で向かった。




 四人はテーマパーク近くの待ち合わせ場所で合流をした。


「今日、楽しみだね、奈那」

「そうだね」


 普段はクールな彼女なのだが、友人の問いかけにリラックスした表情を見せている。

 学校では中々見せない姿に、初命はドキッとしていた。


 奈那は、その二人の友達と遭遇するなり、テーマパークの方へと進んで行く。


 初命も彼女らを追いかけるように、その場所から歩き出そうとした。

 が、スマホに一通の着信メールがあったことに気づく。


 初命は私服のポケットからスマホを手に画面を確認する。




「……音子からか……」


 初命はメール文へと目を通す。


≪初命先輩、わかってると思いますけど、あの約束絶対ですから。もしも、先輩が、私からの二つ目の件を達成できたら、一応、諦めます。けど、達成できなかった場合は覚悟しておいてくださいね。それと、私も、そちらの方に向かっていますから。私、先輩のこと遠くの方から監視していますから不正対策のためにね。では、初命先輩も頑張ってくださいね♡ 色々な意味で期待していますから≫


 音子からの長々とした文。


 一応、内容は把握した。


 昨日、音子とは、とある一室で約束をしたのである。

 音子から貰ったブラジャーとパンツを私服の中にしまい、奈那にばれないように、テーマパーク内で過ごせたら諦めてくれると――


 今、初命はとんでもないものをしまっている。

 一種の爆弾。


 バレずに、テーマパーク内を移動できるか、今からヒヤヒヤしてばかりだった。




「ねえ、須々木も早く来てよね」

「おいてっちゃいますから」


 すでに三人はテーマパークの入口付近のところにいる。

 奈那の二人の友達から呼ばれており、少々考え込みながら歩いていたことで、遅くなってしまったようだ。


 初命は早く向かおうと思う。

 私服に隠された、音子のブラジャーとパンツを所有して。




 今、丁度、テーマパーク内にいた。


 土曜日ということもあり、辺りを見渡すだけで、多くの人の姿が視界に入る。


 最初はどんな乗り物がいいだろうか?


 辺りを見ながら、三人の女の子と一緒に歩いている。


 初命の私服に隠された、女の子の下着。


 今もなお、女の子と一緒に行動している中で、私服からブラジャーやパンツが出てこないよう気に掛けるのは、ある意味苦難である。


「……どうしたの、須々木君? 具合でも悪い感じ?」


 先を歩いていた奈那が気にかけてきてくれた。


「そういうことじゃないんだけど」

「じゃあ、なに?」


 彼女から問われても言い出せない。

 音子が昨日、身に着けていた使用済みなブラジャーとパンツを洒落た私服の中に隠しているとは、口が裂けても言えなかったのだ。


「緊張のし過ぎって感じか?」


 陽気な女の子が、親しみを感じさせるように話しかけてくる。

 彼女なりに心配しているのだろう。


「でも、最初っからジェットコースターには乗る予定はないので、心配しなくても大丈夫ですよ」


 心配をしてるのは嬉しいのだが、決して、そういう意味じゃない。

 もう一人の子からも変に受け取られてしまったようだ。




 ……刹那、嫌な感覚が背を襲う。


 初命はハッとし、振り返った。


 けど、そこには普通に一般の方々が歩いているだけ。


 まさか、もう、音子は、このテーマパーク内にいるのか?


 そう思うと、もう、試練が迫ってきているのだと痛感する。


「須々木君? 急に何かあったの?」

「いや、なんでもないんだ。でも、ちょっと心の整理をしたいというか、他の人たちは先に遊んでいてもいいから」


 初命はそう言うと、三人がいるところから離れることにした。






 初命が離脱し、テーマパーク内を歩いていると――


「須々木君、私も同行するから」


 背後から近づいてきた奈那から声をかけられる。


「え? なんで? 他の子と一緒に遊んでいればよかったのに……」


 初命は一旦歩行をやめ、振り向き、彼女の方へと視線を向けたのだ。


「でも。一応、付き合うことになったじゃない。だから、恋人らしいことをしたいし」


 奈那は胸の内に秘めている思いを伝えてきた。


 確かにそうである。


 四人での遊びの他にも、デートみたいなこともしたい。

 初命はそう思っていたはずだ。


 けど、音子から課せられた衝撃的な試練により、今回のテーマパークでの重要性を忘れかけていた。


 初命は冷静になるよう、深呼吸をする。

 そして、奈那と一緒に、ゆっくりとできる場所に一旦、向かうことにしたのだ。


 二人は横に並んで歩き、自然な形に手を繋いでテーマパーク内を歩き始めるのだった。

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