第33話 俺は、ねこを慰めることにした

 金曜日の放課後。

 初命は学校を終えたことで岐路についていた。


 副生徒会長である結城奈那ゆいき/ななは、会議があるとかで、まだ学校に残っている。

 それと先ほど、水源小豆すいげん/あずきと共に、正式に入部するための手続きを終わらせてきていたのだ。


 小豆は、今まで実際に初命とやってみたシチュエーションを元に、小説を書き直すことにしたらしい。


 そして今、初命は一人で通学路を歩いている。

 一人でいることも相まって、明日のことについて、モヤモヤと思考してしまう。


 明日、土曜日は、念願のテーマパークに行く日なのである。

 あまり、そういう洒落たところに遊びに行ったことのない初命にとって、楽しみで仕方なかった。


 それに、奈那と一緒に遊ぶことができる。

 彼女の二人の友達も一緒に行くことになっているが、それでも初めての経験に胸を高鳴らせていた。


 やっとできた恋人らしい存在。

 初命は明日のために、何をしようか必死に思考を巡らせていた。

 変な恰好で、遊びに行くわけにもいかない。


 初命はそこまで洒落た服装など持ち合わせておらず、どこかに立ち寄って購入するのもありだと思う。


「じゃあ、これから街中にでも行った方がいいかな」


 金曜日は時間に余裕がある。

 そう思い、初命は自宅の方ではなく、街中へと足を向け、歩き出すのだった。






 それにしても、どんな服装が似合いそうだろうか?


 須々木初命すすき/はじめは街中のデパート内にいる。

 そこで、男性用の衣服などが売られている場所に立ち、少々考え込んでいた。


 どういった服装が好まれるのか、悩ましいところである。


 奈那と、洋服のことについて詳しく会話したことはない。

 もう少し、聞いておけばよかったと思う。


「……他の場所も回ってみようかな……」


 一つの商品ばかりを見ても決められない。

 衣類のプロである店員に話しかけようと思ったのだが、仕事で忙しそうにしていたこともあり、申し訳なさから話しかけるのをやめた。


 一人でデパート内の別の衣類エリアへと移動する。


 こういう時、奈那と一緒にいる二人の友達がいれば、よかったと思う。

 でも、今日の放課後、二人の友達と帰ることを断ってしまったのだ。


 今、多少なりの後悔を抱えていた。


 初命が別の衣類エリアに到着した頃、嫌な気配を感じたのだ。


 ふと、顔を上げ、辺りを見渡すと、一人の見慣れた人物が、初命の視界に映る。


 それは――




 その嫌な予感は当たった。


「初命先輩、奇遇ですね。こんなところで会うなんて」

「……音子……」

「先輩? 私にしたこと、すぐには受け入れられませんから」


 黒須音子くろす/ねこの瞳は鋭かった。

 復讐心のある視線を、初命は今、一直線に受けている感じだ。


「ごめん、本当にこれからのことを考えたら、そうするしかなかったんだ」

「……そうですか」


 音子の鋭い視線に再び苛まれる。


「私は、先輩に言いましたよね? 覚悟しておいてくださいって」


 彼女の体には、闇に満ち溢れたオーラが纏っているかのようだ。

 悪魔にでも魅入られていると錯覚してしまう。


 初命は彼女から視線を逸らし、気まずさを体感していた。


「初命先輩? ここであったのも何かの縁です。ちょっと話しておきたいことがあるので、場所を変えません?」

「……わ、わかった。けど、どこに行くつもりなんだ?」

「それはいいところですから」


 音子は意味深な態度で近づいてくると、初命に笑みを見せる。


 本当に、心を抉られてしまうほど、誘惑と狂気じみた表情だった。






「ちょっと、待てって」

「最低な、先輩には拒否感なんてないですから」


 とある一室。

 街中のデパートから少し離れにある場所の建物内。

 カーテンも仕切られ、そこは小さな明るさだけが辺りを照らしている密室空間であった。




「初命先輩、どうです?」


 正面に佇んでいる彼女は、上の制服だけを脱ぎ、ブラジャー姿になった。

 それを今、ベッドに端に座っている初命はまじまじと見る事となったのだ。


「どうって……どんな感想を言えば……」

「可愛いとか、なんでもいいですけど」

「頭を撫でてほしいとか」

「そ、そういうことです。わかってるなら、そうしてください」

「それに、なんの意味が?」

「それは……初命先輩に対する罰です。けど、まず一回目の私からの復讐的なことですけど、ね……」

「復讐なのか? 頭を撫でてあげることが?」

「そうなんです。だって先輩。私に対して、あまり頭とか撫でてくれなかったじゃないですか。この前、はじめてで……」

「それが嬉しかったと?」

「……」


 音子は小さく頷いた。


「私、やっぱり、先輩のことが忘れられないので、もう一度……やってほしいんです」

「……そういうことなら、別にいいけど。一つ目ってなんだ? 二つ目の復讐とかがあるのか?」

「はい。それは、先輩が頭を撫でる行為を終わらせてから話しますので」


 音子は頭を撫でてほしくて、初命との距離を詰めてくる。

 彼女は、上半身ブラジャー姿のまま初命の隣に腰を下ろす。


 二人は今、ベッドの端で横に並んで座っているのだ。


 音子の甘い香りが漂ってくる。

 そんな彼女を見ているとやはり、一人の女の子というよりも、妹としてしか見れない。

 初命の中でそう結論づくのだった。






「――ッ、あッ、そ、そこ……気持ちいですッ……先輩、もっと私を感じさせてください♡」

「……変な声を出さないでくれないか?」


 今、初命は、左隣に座っている音子の頭を右手で撫でていた。


「でも、これは初命先輩への復讐なんです」

「復讐か……校内放送とかで、皆に今までのことをバラすとか、そういうやり方じゃないんだな」

「それは、ただの脅し的な……そういう感じです。それに、学校の放送室を私用で使うなんて、先生から怒られてしまいますから」


 音子は頬を真っ赤に染めたまま、小さい声で話す。


 頭を撫でられながらの会話は、恥ずかしさマックスに到達しているのだろう。




「まあ、これくらいで一つ目は許します……けど、初命先輩がもっと私の頭を撫でたいのでしたら、もっと撫でても構いませんけど」


 音子はチラッと横目で見つめてくる。


「これが俺に与えられた試練なら、やるよ」

「……なんか、私が強引にやってもらってる気がしてくるので、もう……いいですから」


 彼女からきっぱりと断られてしまった。


「あと、二つ目なんですけど。これです」


 そう言うと、隣にいる音子は自身の下着へと手を付け始める。


 これは……まさか……⁉


 初命の中で嫌な予感が加速し、胸の内が熱くなっていくのだった。

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