第29話 俺は、この現状をどうにかしたい…

 火曜日。

 須々木初命すすき/はじめは学校にいた。


 朝のHRが終わり、大方、教室内がいつも通りに騒がしくなってきている。


 初命は自身の席に座ったまま、一人で過ごしていた。


 特に誰かと会話することなく、孤独な時間を経験しているのだ。


 初命がいる席の右斜め前の奈那は、一人で作業をしている。多分、生徒会役員としての仕事だろう。


 結城奈那ゆいき/ななは真面目だ。

 何事にも積極的に取り組んでいるの

 その上、仲間思いなところがあり、友人が多少なりいる。初命よりも多いと思う。


 そんな彼女は、背後の席にいる初命の方を振り向くことなんてなかった。


 そんな中、二人の女子が、奈那の元へとやってきていた。




「ねえ、今週の休みなんだけど、暇だったりする?」


 明るいテンションで話しかけている彼女。


「私は、特に用事とかもないけど」

「そうなんだ、じゃあ、どう?」


 もう一人の子にも誘われている感じだった。


「……それで、どこに行く予定なの?」

「それはね、電車を使って一時間行ったところに、新しいテーマパークができたらしいの」

「そこに一緒に行かない?」


 双方にいる子から、言い寄られている。


 奈那は手にしていたペンを机に置いていた。


「わかったわ。そこのテーマパークに行くのね」

「そうそう」

「約束だよ」


 二人の女の子から誘われ、奈那は少し嬉しそうな笑みを零していた。


「って、一時限目の先生来たじゃん……じゃ、詳しい話はあとで。お昼休みとかでもいいからさ。また」


 テンションの高い子は、そういうと立ち去っていく。もう一人の子も、授業に備えて、元の席へと戻って行った。




 奈那は普通に友達ができている。

 初命は、ただ、孤独に休憩時間を過ごすだけであった。


 そして、教室の壇上に担当の教師が佇んだところで授業が始まる。


 いつ、彼女と和解するための話題を振ればいいのだろうか?


 そんなことを想い、接点を持つ機会を得られないまま、初命は机に置かれていたノートを広げるのだった。






 一分ほど早くに授業を始めたということもあり、授業は早い段階で終わった。

 壇上に立っていた先生は、教科書の類をさっさと片づけ、立ち去っていく。




「というか、次の時間、体育じゃね。早く授業も終わったし。着替えて、バスケでもしようぜ」

「そうだな」

「ちょっと、男子、ここで着替えないでよ」


 とある女子が席から立ち上がり、言う。


「別にいいだろ。気にすんなって」

「じゃあ、隣の空き教室でもいいから。そこで、着替えてくればいいじゃない。着替え終わった頃には、丁度、チャイムが鳴ると思うし」


 その女子は怒りを露わにしていた。


「そうしようぜ。女の子がいる前で、着替えるなんて、よくないだろ」


 陽キャらの友人が、現状を仲裁するように話していた。


「しゃあないか」


 数人の陽キャは実質授業中なのに、廊下に出、騒いでいたりする。


 面倒な先生と遭遇しなければいいのだが……。


 怒られるのは連帯責任なのを自覚してほしいと、初命は内心思う。


 けど、陽キャだけあって世渡りが上手い奴が多い。意外と、初命が在籍しているクラスの陽キャは、処世術が高かったりする。


 だからこそ、陰キャらにとっては面倒な存在なのだ。 

 初命は去年なんか、文化祭の時、陽キャらに仕事を押し付けられたことがある。


 あの時は大変だった。


 少しでも、陽キャらが今、教室から立ち去ってくれたことは、むしろ、好都合だったかもしれない。


 初命はノートを閉じ、片づける。

 そして、授業を終えるチャイムが鳴るまでの間、昨日手に入れたA4サイズの紙を広げていた。




 初命は机に隠すように、俯きがちな姿勢で見ていた。


 これは意外にも遠回しな告白文みたいなもの。

 文字の書き方も、黒い手紙に記されているモノと同じ。


 同一人物が書いたということで結論が付く。


 黒い手紙を渡したのは、確実に小豆だということになる。


 ……水源さんが、手紙の送り主……?


 未だに信じられない。


 でも、なぜ、水源さんが、黒い手紙を机の中に入れたのだろうか?


 小豆と接点があったのは、去年の入学後の一日だけ。

 それだけなのに。

 そもそも、好意を抱かれることなんて何もしていない。


 一体、どういうことなんだろ?


 刹那、チャイムが鳴る。


 辺りにいた人らが席から立ち上がり、二時限目の体育の準備をし始めていた。


「男子は全員、別のところで着替えるようにね」


 クラスのリーダー的な女子が、そう言い、仕切っていた。






 初命は何となく過ごす。


 二時限目の体育の授業。

 特に変わり映えもしないひと時を一人で過ごしていた。


 初命が通っている高校では、体育の授業がフリータイムである。

 基本的に何をしてもいいことになっているのだ。


 いちいち、授業を教えるというのも面倒なのだろう。

 体育で必要なことは、高校一年生の時の一学期で済ませてあった。


 身体測定などは、絶対にやることになっているが、それさえ乗り切れば、許容できる範囲であれば、なんでも可。


 高校は別に義務教育じゃない。

 だからなのか、体育の授業は基本自由なのだ。




 初命は特にやることなく、一人でランニング的なことをしていた。

 他の人らは、友人らと楽し気に色々なスポーツをしている。


 バスケやサッカー。

 野球やテニスなど、色々なことをやっている。


 なんだか、虚無を感じ始めてきた。


 一人で何をやってんだろと思う。


 初命は嫌気が刺し、一人で体育館の裏にある壁に背をつけ、芝生の上に座るように腰を下ろす。


「……俺、結城さんになんて話しかければいいんだろ……このままだと、絶対によくないよな」


 初命はまだ、多くの悩みを抱えている。

 何一つも解決していない。


 ただ、迷走した生活を送る日々。

 何とかしないといけないと思いつつも、良い案が思い浮かばない。


 自分自身がハッキリとしないから……。

 隠し事が多いからこそ、失敗が多く付きまとうのだろう。


 であれば、自分なりの意見を持つこと。


「……それが簡単にできれば、苦労しないんだよな……」


 大きなため息を吐く。


 刹那、初命は体をビクつかせた。

 誰かの視線を感じる。


 ふと、気になった方へ瞳を向けると、そこには驚いた表情を見せる奈那が佇んでいた。


「……」


 彼女は無言のまま、初命をチラッと見るなり、背を向け、立ち去ろうとする。


 このチャンスはそうそうない。

 彼女の方からやってきたのだ。

 それに、今は自由時間である。


 この瞬間こそが大事なのだと思う。


 初命は芝生から勢いよく立ち上がり、背を向け歩き出そうとしている奈那を呼び止めた。

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