第30話 私、実はね…須々木君に…

「話って、なに?」


 体育館裏の場所。


 須々木初命すすき/はじめの問いかけに反応するかのように、彼女は立ち止まり、少しだけ振り返ってくれる。


 一応、呼び止めることはできた。

 が、これから、どういう風に対応するかが重要である。


「それは、この前の件なんだけど。やっぱり、結城さんには、悪い事ばかりで、申し訳ないと思ってて」

「言いたいのは、それだけ? 私は戻らないといけないし」


 結城奈那ゆいき/ななはこの現状から離脱したがっている。

 あまりよい表情は見せてはくれなかった

 二人っきりの空間で長居したくないのだろう。


 でも、なんて話を続ければいいんだ?


 奈那の前で、不埒なことをしてばかり。彼女に謝りたいという気持ちはあるが、焦ってばかりで、うまく言葉がまとまらない。


 けど――


 このままではよくない。


「……浮気していた件だけど……音子とは、別れることにするから」

「……本当に?」

「うん」

「なんか、自信なさげな反応ね」


 彼女は初命の態度を疑っているようだ。

 今までハッキリとした態度で対応できていなかったことが原因だろう。


「でも、本当に終わりにするから。約束通り……結城さんが言っていたように、付き合うから、その……正式に……」


 初命の口調はたどたどしい。

 久しぶりに会話しているかのような感覚。

 彼女が笑顔を見せてくれないことも相まって、緊張が加速していくようだった。


「……須々木君が言ってくることが本当だったら、信じるけど?」

「やっぱり、すぐには信じられないよね?」

「当り前よ……私の前で、後輩とキスしているところとか。そういうの見せられたら、納得できないじゃない」


 奈那は怒っている。

 彼女の中ではまだ、受け入れられていないところがあるのだろう。


 初命は彼女と距離を詰めていく。


「俺、もう少し、結城さんと会話したいんだ。体育は自由時間みたいなものだし。一緒に……」

「会話する?」

「うん……」


 初命は彼女の態度を伺っていた。

 すると、奈那は正式に正面を向けてくれたのだ。


「まあ、いいよ。会話くらいなら、聞いてあげなくもないから」


 奈那の方から歩み寄ってくる。


「じゃあ、一緒に座って」

「うん」


 初命は頷き、心臓の鼓動を高鳴らせながら、彼女と共に、芝生の上に隣同士で腰を下ろした。






「……結城さんって、生徒会の仕事って大変そうじゃない? 大丈夫?」


 最初に出てきたセリフが、それだった。


「なんで、その話? 後輩とか、そういう話じゃないの?」

「そ、そうだね……」


 初命は緊張のし過ぎで、余計なことを口にしてしまっていた。

 胸の内が熱い。


 冷静になればいいんだ……。


 初命は必至に、自分に言い聞かせていた。


「別に、生徒会の方は、大丈夫になったし。生徒会長からも、そんなに強く言われなくなったから」

「そうなんだ」

「多分、須々木君が色々と言ってくれたってのもあるかも……そこに関しては、お礼を言っておくから。ちょっと、遅くなってしまったけど」


 右隣にいる奈那の表情は先ほどよりも落ち着いてきていた。

 初命に対し、嫌悪感を抱いている感じではない。


「須々木君って、元々、好きな人っていたのかな?」

「な、なんで急に?」


 突然、奈那から恋愛的なことを言われた。

 今までそういった話なんてしたことはない。

 だから、余計、変に緊張する。


 他にも付き合っている人がいるかの確認なのかな……。


 疑り深く思考してしまう。


「元々はいなかったけど……」

「好きな人も?」

「うん……俺みたいな奴が、女の子を好きになっても嫌がられるかなって思っていた時期があったから。でも、手紙を貰ってからは、少しだけ意識は変わってると思う。彼女が欲しいって、思えるようにはなったから……」

「手紙……あの時の?」

「そうだよ」

「あれからどうなったの? 手紙の持ち主はわかったの?」

「いや……まだ」


 大体、わかっている。

 目星はついているのだが、予想外過ぎる相手過ぎて、初命は自身の中で受け入れられていなかった。


 今、隣にいる奈那は、初命に手紙を渡した女の子ではない。


 少し残念な気分になる。


 奈那であればよかったと思うが、彼女と親しくなる経験なんて、学校生活においてしたことがない。


 むしろ、急にラブレターを渡してくる方が違和感しかないだろう。


「そう……。でも、私、その手紙の持ち主じゃないから。もし、その子のことが好きなら、断ってほしいから」


 彼女は恥ずかしげもなく、すんなりと口にしていた。

 その手紙の持ち主ではないと――


 初命が話題にする前に、悩みが解消された。


 初命の心の中で納得するかのようにホッと胸を撫でおろす。

 どんな結果であれ、胸の内に潜んでいた悩みが消えたのだ。


 自分から伝えたいと思っていたが、まさか、彼女の方から告げてくるとは――




「私ね。好きだったの」

「え?」

「私、元々……須々木君のことを意識してるところがあったの」

「意識してるって? い、いつから?」

「去年から」

「俺らが一年生の時から?」

「そうだよ」


 まさかの衝撃発言。


 実は、結城さんから好意を抱いていた⁉




「だからね、あの時、チャンスだと思ってたの。だから、責任を取るような形で、須々木君と関わることにしたの」


 奈那は淡々と話す。

 けど、緊張しているのか、声が小さくなっているところがあった。


「……こういうの、もう少しちゃんとしたところで言いたかったけど。どうしても早めに伝えたいと思っていたし。本当は、須々木君のことは嫌いになっていないから……私の中で、どうしても納得できなかったの。だから、須々木君に強く当たってしまった時もあって」


 隣にいる彼女は両手で膝を抱え込むように、体を縮こまらせていた。


「俺も悪かったから……ごめん……結城さんに迷惑ばかりで」

「でもいいの……。今日、本当は須々木君と会話できて……嬉しかったから。でも……これからは正式に付き合ってくれるんでしょ?」

「……そのつもりだから……音子と、手紙の件に関してはどうにかして解消するよ」

「うん、お願いね」


 奈那は笑顔で返答してくれた。

 久しぶりに見たと錯覚してしまうほどの彼女から元気のある笑み。


「じゃあ、少し私たちと一緒に運動でもする? 他の二人もいるし、一緒に簡単な運動でも」

「そうしようかな」


 二人は芝生の上から立ち上がる。

 そして、一旦、体育館の中へと向かうのだった。

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