第28話 この紙の内容って…⁉
「次は何を?」
放課後。二人は、空想部の室内にいる。
「それは……プールに入ることよ」
「プール? でも、今は、まだ、七月じゃないし。それに、学校のプールも使えないはずじゃ?」
「そうよ。でも、そういう風な場面があるの。小説のコンテストも近いし、そんなに時間もかけられないし」
「……じゃあ、どこでそれをやるの?」
長テーブル前の席に隣同士で座る二人。
「それは……ここでやるに決まってるでしょ……」
「ここ? え? でも、教室だよ」
「いいの……今、プールなんて使えないし」
「……でも、地元のプール施設に行けば、一応は利用できるかもしれないけど。お金はかかると思うけど」
初命は提案する。
「……私は、この室内の方がいいから……」
「室内? ここで水着になるってこと?」
「そうよ」
「俺、水着とかないんだけど」
「だったら、私が用意するから……というか、持ってきてるし」
「なんで? なんか、用意周到な気が」
「別にいいの。ちょっと待ってて。今から取ってくるから」
「どこに行くの?」
「一旦、教室に戻るの。私の教室のロッカーに入ってるから」
彼女は空想部の室内から出ようとする。
「本当に、そういうことするの?」
「当たり前でしょ……」
小豆からは羞恥心を感じられた。
そんなに緊張するなら、無理してやる必要性もないだろうに。
もし、できないことであれば、脳内で情景を思い浮かべ、空想上のことを描いても問題はないと思う。
それに、学校には図書館。部室内の本棚には小説も置かれているのだ。
思い浮かべることができないのなら、そういった本など参考に活用するのも手である。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど。水源さんって、どうして、俺に対して、こんなことをするの? 下着を見たとかの件はあるけど。さすがに、俺の方が得をしているような気がするんだけど」
初命も席から立ち上がり、背を向けて入口近くに佇んでいる彼女を見やった。
真剣な態度で、彼女から不快に思われない程度に対応する。
小豆はチラッとだけ振り向いてくれた。
「……私の勝手だし……それに、責任を終えるまでは、私に主導権があるの。あんたに、何をさせるかは、わ、私の自由じゃない」
「けど、こういう青春染みたことをするなら、もっと、良い人がいると思うんだけど」
「……私が……それでいいって言ってんだから、それでいいじゃない」
小豆は躊躇うような表情を見せると、再び視線を正面へと向けた。彼女はそれ以降、振り返ることなく、急いだ様子で部室から立ち去って行ったのだ。
初命が部室から顔を出した時には、廊下を走って移動する彼女の後ろ姿だけが見えていた。
そして、一人になった。
初命は放課後。
一人で空想部の室内にいる。
正式に所属とかしているわけではなく、ただ部外者がいるような状態。
初命は彼女が戻ってくるまでの間。
何をすればいいのかと、室内で立ちながら悩む。
一人だと、何もできない。
初命はさっきまで座っていた席に戻ろうとするが、本棚の方が気になる。
実のところ、どういうものを読んでいるのか、確認したくなった。
「……」
小豆の本棚には多様な本がある。
一般的な本。
それから、小説、漫画、スポーツ関係の本。
びっしりと収まっている。
彼女は普段からシナリオを描いているためか、読書量が一段と違う。
初命も本は読むのだが、本格的に物語を作る人とは決定的に違うのだと思い知らされた。
意外なことがあるとすれば、スポーツ系統の本があるということ。
小豆は青春ものを書いていると言っていた。
なぜ、スポーツの教科書的なものを読んでいるのだろうか?
作品を書く上での知識を増やそうとしているかもしれない。
初命はそう解釈した。
初命はそのスポーツ関係の本を手に、ペラペラとページをめくる。
その本には、しおりのような感じに、小さく切った紙が数枚ほど挟まっていた。
紙には、物語的に、この知識をどのように生かすか、そういったアイデアが記されてあるのだ。
相当、努力家なんだと思う。
小説とも普段から真剣に向き合い、創作している。そんな印象を受けた。
「……ん?」
ページをめくっていると、その途中で意外と大きな紙が挟まっていることに気づく。
初命は、スポーツ関係の本を近くのテーブルに置き、その四つ折りにされた紙を手に取り、広げてみた。
おおよそA4サイズほどの大きさ。
何やら文字が書かれている。
「……これって……好きな人との距離の詰め方?」
その一文から、綴られていた。
「……私には好きな人がいて、その人と一緒に、付き合うためには、どうしたらいいでしょうか。それは簡単です。接点を……持てるようなことをすればいいだけです」
初命は気づけば、口に出して読んでいた。
「なんだこれ……自分で質問して、自分で回答してるし……」
不思議なやり取りが、記された謎紙であった。
でも、気になる。
初命は読み進めてみることにした。
上から下へと文字が記されている方へと視線を移動する。
「――結論、好きな人と繋がるためには、そういう風なシチュエーションへともっていけばいいのです……」
初命は、三分ほどかけて読み終えた。
「……シチュエーション……? あれ? もしかして、今、俺と水源さんがやってることか? だよな、確か、この部活に所属しているの、水源さんしかいないし……ということは、この手紙も……まさか、あの黒い手紙も……⁉」
刹那、急に足音が近づいていることに気づいた。
小豆が、この教室に向かってきている⁉
そう思うと、この手にしているものを、どうにかしなければならない。
初命は焦り、テーブルに置いていた本を手に取って本棚に戻すと、急いで席に座りなおした。
「……持ってきたから」
小豆の手には、水着が入っているであろう袋があった。
「ねえ、あんた、汗かいてない? というか、手にしてるのは何?」
「え、いや、これはなんでもないんだ」
初命はA4の紙をクチャクチャにして、咄嗟に制服のポケットにしまったのである。
バレていなければ委員だけど……。
初命は終始ヒヤヒヤしてばかりだった。
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