第27話 変態は…わ、私の意見に従っていればいいのよ…

 今日の昼休みは、彼女が描いている小説に関する演技的なものだった。が、放課後の今は、二つの段ボールをとある場所まで持って移動する羽目になったのである。




 なんで、こんなものを……。

 結構、重いけど何が入ってんだろ。


 二キロくらいある段ボール。

 それを重ねて持っているのだ。


 空想部に所属している水源小豆すいげん/あずきは、小説のシナリオや資料などを扱っていることが多い。

 もしかしたら、そういった類なのだろう。


 中に入っているものが、たとえ小さいものであっても、それなりの数になれば、どんなものでも重く感じるのだ。




「それ、今日中にやらないといけないことだから」

「今日中? なんで今頃?」

「だって、他の文化系の部活の人が、今日中に返してほしいって言ってくるからよ」

「これ、借り物だった?」

「そうよ。シナリオとか描くときの資料として活用してたの」

「やっぱり、資料とかなんだな。それで、この資料って、どんな内容なものなんだ?」

「あんたは、別に気にしなくてもいいから」


 小豆は頑なに拒んでいる。


「それより、早く持って行ってね。まだ、他にもあるんだから」


 彼女は初命の方に視線を合わせることなく言う。

 頬が赤く染まっているような、そんな印象を受ける。


「それで、水源さんは何をするの? 一緒に手伝ってくれないの?」

「わ、私は他にもあるし。部室の片づけよ。あんたは、男だから力仕事ってこと」

「そういうので、決めつけはよくないと思うけど」

「いいからッ、早くね……あんたは、私に色々なことしたじゃない。忘れたの?」

「……忘れてはいないけど……」


 彼女は痛いところをついてくる。


「じゃあ、早く行ってきなさい」


 小豆から背を押されるようにして、教室を後にする。


 そして、須々木初命すすき/はじめは部室棟の廊下を歩き始めた。




 小豆と関係を終わらせるためには、彼女が描いている小説のすべてのシーンを演じ、終わらせること。


 気の長い事にはなりそうだが、彼女はなぜ、小説の場面確認を、わざわざ、初命にやらせようとするのだろうか?


 やるのであれば、他の人でも代用可能である。

 学校には、陽キャであったり、容姿の整った人がいるのだ。


 陰キャでかつ、地味な存在である初命を起用する必要なんてない。

 パンツを見られて責任を取らせるなら、他にも、最も適した罰し方もあっただろう。


 例えば、パシリに使うとか、嫌なことを押し付けるとか。


 パッとしない奴と同じ空間で、男女の関係を迫らせる展開を実際にやるとか。正気なのかと思う。


 初命のことが嫌いなのか、好きなのか、意味不明だ。


 でも、女の子と一緒に、小説の展開でありがちな青春ワンシーンを体感できている。

 が、小豆と、それをやることに関しては、あまり納得がいかなかった。

 できれば、可愛らしい感じの美少女がよかったと思う。


 ただ、冷静に考えれば、他の子とも付き合っているのだ。

 黒須音子くろす/ねことは嫌らしい関係になり。

 奈那とは、関係性が拗れ、同じ教室で生活しているのに、視線すらも合わせてもくれなかった。


 奈那には申し訳ないことをしてしまったのだ。

 それに、彼女と接点を持てる機会が取れず、未だに手紙のことを聞けていない。


 早く、あの手紙のことを知りたいのに、不運が重なり過ぎである。






 黒色の手紙。


 あの日、初命が学校に忘れ物をして教室に向かった時があった。

 室内の明かりをつけ、そして、自身の机の中を確認している際、封筒に入った手紙があったのだ。


 最初見たときは、呪いの手紙かと思ったが、中身を見れば、女の子のような可愛らしい文字で数行にわたり、書き記されていた。


 手紙を手にしたのが、夜の学校だったこともあり、パッと見は背筋が凍りそうになったが、中身を確認するとラブレターのようなもの。


 読んでみると、意外と普通な内容。


 むしろ、その手紙を手にし、転機だと感じたのだ。


 今まで恋人なんていなかった初命の元に届いたラブレター。

 初命の心を魅了するほどの書き出し方。


 昔から好きだったという想いが、重点的に書き綴られてあったのだ。


 ここまで引き込まれるような内容のラブレターを貰ったことなんて一度たりともない。


 だから、その翌日。

 初命はテンション高めに、待ち合わせの場所へと向かったのだ。


 けど、そこに居合わせたのは、副生徒会長である結城奈那ゆいき/ななだった。


 奈那の生着替えに加え、生おっぱいまで拝むことになったのである。

 その代償として支払うことになったものは、大きなものだった。


 結果として、未だにラブレターを渡した人への確認は取れてはいない。

 だから、まだ、奈那であると確証したわけではなかった。

 けど、奈那である可能性が高いと思う。


 そんな気がする。

 その上、手紙と共通することが多いのは奈那であり、彼女が手紙を渡した張本人だと感じるのだ。


「……結城さんとは、何とか和解しないと」


 初命は段ボールを持ったまま、廊下でそう呟き、木か付けば、目的地となる部室へと到着していた。

 そして、段ボールを一旦床に置き、その部室の扉をノックしてから開けたのだ。


 初命は事の経緯を説明したのち、その部員に段ボールを渡した。


 これで一先ず終わり。後は空想部の室内に戻って、また面倒なことをやるしかない。

 一歩一歩でもいいから、やるべきことを達成していくしかないだろう。


 初命は部室棟の廊下を駆け足で移動し、部室に戻ろうとする。


 そんな中、空想部の方から声がした。

 何かと思い、初命は室内を覗き込まないようにして、部室内から聞こえてくる声への耳を澄ます。




「……これで、後は、この場面を――」


 ん? 

 なんだろ。


 小豆は何かを話している。


「でも、こういうのは駄目だからね。まだ、許していないし。もう……そういうのは、変態がやることなんだから」


 誰かがいるのか?


 独り言というには、様子がおかしい。

 初命が作業をしている間に、友達か誰かが訪れていたのだろうか?


 それに、いつのも小豆とは全く違う声のトーン。

 普通の女の子らしい声質。

 萌え声に近い話し方である。


 小豆はそういう甘い声もできるのだと知った。

 普段の彼女から想像もできないほどのテンション。


 荷物運びをしている数分の間に、一体、何があったんだろと思い、初命は一旦、扉をノックした。




「――ん⁉ な、なに⁉」


 小豆の声は裏返っていた。


「……って、もう、驚かさないでよ……というか、いつからいたの?」

「さっきから」

「……え? さ、さっきから⁉ ということは、私が口にしていた事、聞いていたわけ?」

「……え、いや、き、聞いていないっていうか……」


 初命は嘘をつくことにした。


「それで、他の子は?」


 初命は気まずくなり、急に話題を変えることにした。


「……いないけど」

「そ、そうなんだ……」


 え? 

 じゃあ、さっきの話し声は?

 と、首を傾げてしまった。


 小豆は初命の方を見ることなく、頬を真っ赤にしたまま、室内の奥にある長テーブルへと向かって行ったのだ。

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