第22話 俺と、奈那の距離は…

「では、これから、チームになって作業をしてもらいます。今は、同じ席に座っている人同士、三人から五人くらいかな? その席ごとに、先ほど言ったことをやるように」


 移動教室先。

 チャイムが鳴り、授業が始まっている。


 そんな中、教壇前に立つ眼鏡をかけた男性教師が、室内にいる生徒らを見渡し、今からやるべきことを指導していた。


 今の時間帯は、絵を描くという授業である。

 美術の時間ゆえ、現在、同じテーブル席に座っている者同士で、人物画や風景画を描くことになったのだ。


 普段の美術の授業なら、個々でやることが多いのに、今日に限ってチームで作業することになるなんて色々と苦悩の連続になりそうである。


 須々木初命すすき/はじめは席に座ったまま、どんよりとしていた。

 刹那、先ほど右腕に感じた、音子のおっぱいのぬくもりを思い返すことになったのだ。


 別に思い出したくもないのだが、右隣の席に座っている奈那の存在があるからこそ。さっきの情景が脳内に浮かび、同時に音子とのやり取りを思い出してしまう。




「ねえ、奈那さんは何を描きたい? 私はなんでもいいけど。奈那さんの意見も聞きたいなって」


 移動教室で、結城奈那ゆいき/ななと共に教室を後にしていった二人の女子。その二人はテーブルを挟み、初命と奈那がいる席の反対側の席にいて、奈那は話しかけられていた。


「私は、人物画でも別にいいわ」

「そうなんだ。じゃあ、私も、それでいいかも」

「そうね」


 二人の女の子は、同時に頷いていた。

 奈那は、生徒会役員であり、やることなすことが真面目なのである。

 ゆえに、二人の女子は、奈那の意見に従っているように思えた。


「じゃ、あんたは? 何にしたい?」


 自分か、と思う。


 突然、向けられる、二人の女子からの視線。


 女の子とあまり深く会話したことがなかったため、緊張のあまり活舌が悪くなる。

 話しなれた存在であればいいのだが、陰キャでかつ、童貞であるがために、対応の仕方に戸惑いが現れる。


「どうしたの?」

「大丈夫?」


 二人の女子からはなぜか、心配される。


 奈那からは、チラッと視線を向けられるだけで、特に話に混ざってくる様子はなかった。


「お、俺も、それでいいよ。人物画で……」


 本当はあまり乗り気ではなかった。

 けど、自分の意見を言って、話しを引き延ばすくらいなら現状を受け入れた方がいいと思ったのである。


 それに、奈那とも、教室での、あの一件以来、まったく会話していない。


 ようやく距離感が縮まってきた頃合いだったのに、音子のせいで何もかもが、めちゃくちゃであった。




 奈那には、まだ聞けていないことがある。

 手紙の差出人かどうかのこと。


 以前は、その手紙のことは知らないと言っていたが、その手紙と奈那には共通点が多くあり、手紙を机に入れた張本人だと予想を立てていた。


 奈那には後で話そうと思っていたのだが、気づけば、心には距離感があり、易々と話題にして、彼女とやり取りをできる状態ではなくなっていたのだ。


 全然、思い通りにことが進まない。


 嫌気が刺してくるようだ。




「じゃ、人物画ね。それに決定ー」


 二人のうちの一人がテンションを上げながら言う。

 もう一人の子は何を描くのか、壇上前にいる先生に伝えに行ったのである。


 数秒後、その子が戻ってきた。


「おっけーだって。というか、今日は美術室以外でも描いても良いってさ。どうする? 外で描く?」

「んー、そうだね、それもいいかも。それと、うちらのチームは四人だし、どういう風に分ける?」

「じゃあ、ここはじゃんけんでってことで」


 二人の女子が勝手に話を仕切り始めていた。


「じゃんけんッ」


 二人のうちの一人が元気よく、テーブルの中心に手を出すと、他の三人も流れで手を出し、じゃんけんをする。




 結果としては、奈那と一緒であった。


 こんな気まずい間柄になっているのに、どうして、こんな運命なんかに……。


 初命はただ、頭を抱える羽目になったのだ。






「……」

「……」


 無言のままの時間が進んで行く。


「……」

「……」


 特に会話することのない二人。


「……」

「……」


 外にいるのに、閉鎖的な虚無の空間に押し入られているかのように、胸が締め付けられる。


 外の空気を吸えているはずなのに、息苦しさも感じていた。


「……」

「……」


 初命は野球とかサッカーを行うグランドに来ていて、奈那と共に、芝生の上に座っていた。


 二人は互いに、スケッチブックを手にしているのだ。

 が、人物画を描く予定なのに、互いに正面を向き合うことなく、隣同士で座っているというシチュエーション。


 ただ、今いるところから、野球やサッカーのグランドを見て、それを何となく描いているだけになっていた。




 なんて、話しを切り出せばいい。

 どうすれば、この気まずい展開を打破できるんだ?


 そればかりが脳内をグルグルと駆け巡っている。


 でも、こんなんじゃ駄目だと思う。

 これだから、童貞なんだと、初命は自身に言い聞かせ、心にブーストをかける。




「あ、あ、あの……結城さん?」

「……な、なに?」


 初命は彼女の方をチラッと見るのだが、奈那の方は全然視線を合わせてはくれない。

 拒絶されているのかと思えるほどに、彼女はただ、正面に映る情景をスケッチブックに描いているようだ。


「俺、本当は、嘘とかじゃないんだ。嘘をつくために、優しくしたとかじゃなくて……」


 うまく伝えられないが、言葉を途切れ途切れに口にする。


「……浮気的な事でしょ? でも、あの子とは」

「そ、そうだね……浮気だね……ごめん、嘘をつきたくてじゃなくて。流れで、付き合ってたんだ」


 気づけば、言い訳的なことを口にしていた。

 本当に男らしくないと思う。

 だから、童貞なのかもしれないと内心、ひしひしと感じていた。


「でも、音子とはどうにかして、別れるつもりだから。今後の休みに、もう一度関わることになって。そこで本当に彼女とは別れるから……」


 初命は自信なく話す。

 できるかどうかわからないからだ。


 けど、今できる精一杯の誠意を込めた発言をしたのである。


「でも、別に、あの子と付き合いたいなら、付き合っていればいいわ。別に、私、君の事なんて、好きとか、じゃないし……」


 奈那は最後の最後まで顔を合わせてくれることはなかったのだ。

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