第23話 私のおっぱいを大きくしてくれたら、考えますから…

 今日は土曜日である。

 ゆえに、黒須音子くろす/ねことの約束通りに、街中に来ているのだが嫌な予感しかしない。


 早く帰りたいとか、そういうわけではないが、音子との浮気現場を目撃されてしまったことで、結城奈那ゆいき/ななとの関係性が悪化した。


 奈那に話しかけても、よい返答すらもなく。なんの改善もできないまま、休日を迎えたのである。初命は心に傷を負ってしまったかのように息苦しさを感じていた。


「初命先輩は、どういう場所に行きたいとかってあります?」


 左隣にいて、手を繋いでいる音子。

 彼女と一緒に街中を歩いていることで、疚しさを感じる。


 奈那には申し訳ないことをしたと思う。

 だから、今日の、音子との関わりで、ハッキリと伝えようと考えていた。

 今日で、もう距離を置いてくれと――


 けど、繋いでいる彼女の手から伝わってくる温もりが、苦しさを加速させるようだった。






「ここなんかどうですか? ここって、結構有名なデザート専門店なんです」

「そうなんだ……」

「はい。では、入ってみませんか?」


 音子はおっぱいを、須々木初命すすき/はじめの左腕に強く押し付けてくる。


 抵抗しようとは思えなくなるほどに、押し当ててくるのだ。

 しかも、今日の音子は、少々下着や谷間が見える感じ服装に身を包み込んでいる。


 小さい感じのおっぱいではあるが、ブラジャーとかで寄せているのか、普段よりも大きく見えるのだ。


「先輩、さっきから視線がエッチっぽいですけど」

「……そ、そんなことはないさ」

「本当ですか?」

「ああ」

「でも、私の谷間ばかり見てましたよね?」

「そんなことはない、から……」


 初命は音子から視線を逸らす。

 極力、彼女の方を見ないようにした。


「私、初命先輩のために、どうしたら、おっぱいが大きく見えるか必死に考えたんです」

「そうか……」

「はい。先輩的にどう思いますか?」

「……それなりにいいと思うけど……」


 何言ってんだろと、自分で思う。

 音子のことは好きじゃない。

 この前までは、普通の間柄だったけど。


 奈那との関係性をめちゃくちゃにされ、音子に対して嫌な感情を抱くようになった。


 それでも、音子からはそうそう逃れることができない。

 疚しいことを隠しているゆえに、振ることすらも困難なのだ。


 今のところは、音子に流されるがまま、行動を共にしている。

 でも、どうにかして改善策を見つけなければならない。

 初命はひたすら思考する。


「でも、私。まだ、小さいと思うんです。だから、もう一度、私と一緒に、おっぱいを大きくする方法を考えてくれませんか?」

「――⁉」


 おっぱいを大きくする……。

 そんなことに付き合わせないでほしい。


 音子のおっぱいも魅力的である。

 ゆえに、そのおっぱいの誘惑によって、心が靡いてしまいそうになるから、そういうので、誘ってこないでほしい。


 初命は頑なに拒むのだが、余計に左腕に二つの膨らみを感じるのだ。


 そんなやり取りをしながら、初命と音子は、デザート専門店に入店した。

 女性スタッフに案内され、特定の席に座る。


 スタッフがテーブル上に、メニュー表を置く。


「当店では、本日。クレープがお勧めになっております。当店、一周記念ということもありまして、半額で提供しております。ご注文がお決まりになりましたら、テーブル端にある呼び鈴を押して頂ければよろしいので、ごゆっくりとどうぞ」


 スタッフからのおすすめもあり、初命はメニュー表の、クレープのところをまじまじと見ている。


 そうこうしている間に、スタッフは背を向け、別の席の注文へと伺うのだ。




「初命先輩? クレープにしたいんですか?」

「いや、何となくというか。店員から勧められたから、見ていただけで。音子は、何がいいんだ?」

「私は、先輩と一緒のモノを食べたいので、私は先輩に合わせます」

「俺に委ねるのか……」


 逆にプレッシャーになる。

 デザート専門店なんて、人生で一度も足を踏み入れたことなんてない。


 そもそも、陰キャみたいな奴が、入店するような領域ではないのだ。


 それに、クレープ以外にも多くの品がメニュー表に掲載されており、目移りしてしまうようだった。


「じゃあ、クレープで。さっき勧められたし。半額なんだろ?」

「そうですよ。では、クレープ二つですね。先輩は、どんな味が好みなんです? いちご系とか、チョコ味とか、色々種類があって――」


 音子はクレープのことについて解説をしていた。


「いちご味で」

「わかりました。私が呼び鈴を押しますね」


 音子がスタッフを呼び出す。

 注文をし終えると、音子は、テーブルにあった水を口に含んでいた。




「話は戻しますけど。どうしたら、私のおっぱいが大きくなりますかね?」

「――⁉」


 突然のことに、丁度水を飲んでいた初命は吹き出しそうになる。

 結果として、吹き出すことはなかったが、変なところに水が入ってしまい、少々むせてしまった。


「その話は、もういいような。別の話を」

「だって、これから、先輩と私は一緒に過ごすことになるんです。私、先輩好みのおっぱいにしたいから……」

「……申し訳ないけど、俺、音子とは……普通の関係に戻りたいんだ。だから、今日限りで別れてほしい……」


 初命は緊張した面持ちで言う。

 どんな返答が返ってくるか、容易に想像ができるからこそ、体が少々震えていた。


「だからさ。せめて、音子が納得できるような関係性の改善をしたいんだ……」

「そんなの無理です」


 きっぱりと言われた。


「初命先輩は、私のおっぱいも見ましたし。それに、私に相談なく、あの先輩とも付き合い始めていたじゃないですか。これには初命先輩にも責任があるんです」


 それを言われると、言い返せない。


「けど、誰かを悲しませてまで、音子と付き合うのは心苦しいというか」

「じゃあ、別れて、私だけが苦しめばいいんですか?」

「それは……それも駄目だよな……」


 音子との、いい感じの関係修復が思い当たらない。

 何をしても、失敗に終わってしまいそうで頭を抱え込んでしまう。


「じゃ、じゃあ……俺が責任を取ったら、この関係を終わりにするとかは?」

「……無理ですから……でも、そんなに嫌なら、せめて、私のおっぱいを大きくしてくれたら、少しは考えてあげますけど」

「え?」

「私……初命先輩が、そこまで嫌がるなんて思ってもみなくて……そんな苦しい先輩の顔を見るくらいなら。考えても良いってことです。でも、私のおっぱいを大きくする手伝いだけはしてくださいね。それができたら、考えなくもないですから」


 音子は不満そうな表情を浮かべ、初命の顔をまじまじと見つめているようだった。


 初命はようやく別れるための手段を手に入れたのだ。

 これをうまく利用するしかない。


 初命はテーブル下で、決意ある感じに拳を強く握った。

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