第20話 俺は、彼女に伝えたいだけなんだけど…

「それで、今日は――」


 教室内。

 黒板に背を向け、教壇前に佇む女性教師は、辺りを見渡しながら、生徒らに聞こえる声質で今日のスケジュールについて淡々と話し始めている。


「後はだな。そうそう、アレも話しておかないとね」


 女性教師は何かをふと思い出したように、口にする。


 担任教師でもある、その女性は、友達みたいな口調で気さくに話すこともあり、生徒からの受けがいい。

 特に陽キャらをうまくまとめているところがあった。


「先生、もういいじゃん。そんなに話すこともないんでしょ?」


 クラスの陽キャ男子の一人が言う。


「そうね。長話もよくないわね。でも、君たちにも必要な情報だから。もうちょっと待っててね」

「はーい」


 陽キャは担任教師にだけはあまり反発しないのだ。


 ストレートな感じに、事が進んで行く。


「……あとは本当に以上かな?」


 担任教師は、連絡ファイルをペラペラとめくり、内容を再び確認していた。


「大丈夫そうね。では、最後に、結城さんからは何かないかしら。生徒会からは特に言われていない?」

「いいえ。何もないです」


 担任教師の問いに、結城奈那ゆいき/ななは落ち着いた声のトーンで返答していた。


 彼女は比較的落ち着いた態度を見せている。


 そんな彼女は、初命の席から右斜め前の席に座っているのだ。


 背後からは、ハッキリとはわからないが、焦っている感じもなかった。






「……」


 須々木初命すすき/はじめは朝のHRが始まるギリギリに、奈那と共に、教室に入った。

 その時は室内が騒がしく、二人の方へは誰も視線を向けていなかったのである。

 ゆえに、関係性を疑われているとかもなかった。


 副生徒会長である奈那と、陰キャのような存在な初命。

 二人が正式に付き合い始めているとか、絶対にバレてはいけないことである。


 今、席に座っている初命は、チラチラと辺りを見渡す。


 朝のHRで行う報告も終わり、HRの終了を告げるチャイムが鳴るまで、担任教師と、数人の陽キャは楽し気に会話していた。


 陽キャといっても、全員が嫌なわけではない。

 たまに、パシリにされることもあるのだが、実害があるわけではなかった。


 むしろ、担任教師がうまく陽キャを導いているからこそ、さほど面倒ごとにはなってないのだろう。


 世間一般的に陽キャといえば、クラスメイトの所有物を勝手に使ったり、嫌なことを押し付けてきたりとか。そういうイメージが付き物である。


 今のところ、そこまで過激ではなかった。

 意外と恵まれているのかもしれない。


 初命はそう思う。

 軽く溜息は吐いたのち、視界に映る、奈那の背を見る。 


 奈那は一人で、何かをノートに書いているようだった。

 生徒会としての作業を行っているのだろうか?


 本当に真面目だと感じる。

 少しはゆっくりとしていればいいのにと思う。


 奈那は他の委員会のためにも協力的。

 皆が楽しんで学校生活を送れるようにと、真剣に考えてくれている証拠なのだろう。


 自己犠牲することで、他人を助けるなんて間違っている。

 だから、初命は彼女のために、やれることを探すことを誓い。そして、正式に付き合うことにした。

 けど、同時に、音子とも付き合っているのだ。


 実のところ、音子へ正式に付き合うといったわけじゃない。言わされたのだ。

 だから、後で言わないといけない。

 音子とは付き合えないと――


 たったそれだけの事。

 だがしかし、その一言が重く、初命の体にのしかかるようだった。

 心苦しくなるのだ。


 奈那とこれから正式に付き合っていく以上、乗り越えなければいけない発言だと思う。


 初命は決心を固めた。

 それと同時に、チャイムが鳴る。

 朝のHRが終了する合図だ。




「私、ちょっと次の準備があるから。また、午後の授業でね」


 と、壇上前にいた先生は、陽キャらに愛想良く振舞ったのち、教室から立ち去って行った。


「じゃ、俺らも授業の準備をすっか」

「というか、今日は移動教室じゃなかった? 確か、一時限目から」

「え、ああ、そうだったな。じゃ、早いところ移動しないとな」


 陽キャの男子が一旦、席から立ち上がり、背伸びをしていた。


「それで、あんたは、今日の課題やってきた?」

「え? まあ、一応は」


 近くの席の陽キャの女子から言われ。その陽キャ男子は軽く頷いていた。


「だったら、見せてくれない?」

「別にいいけど。ほら」


 意外にも、陽キャは課題をやってきているのだ。

 陽キャ同士らで、軽く騒ぎながらやり取りを行っている。


 少しすると、陽キャらは騒がしく廊下の方へと向かって行くのだった。




 やっと、教室内が静かになる。

 教室には、初命を含め、数人程度しか残っていなかった。


「奈那さん、一緒に行かない? そろそろ、移動教室だよ」

「え、そうね、準備しないとね」


 机で作業を行っていた奈那は一旦、手を止める。

 そして、自身の周りに佇んでいる二人の女の子に視線を向けていた。


「いつも大変じゃない? 困ったことがあったら、私らも手伝うから。焦ってやんなくてもいいよ」

「でも、これは私の仕事で」


 奈那は椅子に座ったまま、手にしているペンを軽く強く握りしめていた。

 仕事をすぐに終わらせられない、自身の非力さを痛感しているのだろうか?


「私らもさ、奈那さんには、委員会のことで助けてもらった一件があるしさ。私らのことも頼りなよ」

「そうそう、困った時はお互い様ね」


 二人の女子に言われ、奈那の緊張は軽くほどけているようだった。


「……わかったわ。じゃあ、今から準備をするから」


 奈那はそう言い、二人の女子と共に教室を後にしようとする。

 が、ふと、教室の入口付近で彼女は振り向いた。


「須々木君、教室を出る時に、電気を消すのお願いできる?」

「え、あ、はい、やっておきます」


 初命は緊張した面持ちで返答する。

 急に丁寧なセリフで言われ、初命は少々戸惑いがあった。


 そして、教室は電気だけが付いた状態で、誰もいなくなったのだ。いるのは、初命くらいである。


「俺も、そろそろ行くか」


 初命は席から立ち上がる。


 ふと感じる視線。

 奈那かと思い、顔を教室の入口に向けると、小柄な感じの子が佇んでいた。


 彼女は黒須音子くろす/ねこである。


 なぜ、ここにと思い、少々硬直してしまう。

 でも、言うならここで伝えた方がいいと思った。


「音子、あのさ。ちょっと言いたいことがあって」

「奇遇ですね、私もです」

「え?」


 初命が席の前で驚き、佇んでいると、音子が駆け足で歩み寄ってくる。


 刹那、突拍子の無い出来事が生じた。


 突然、爪先立ちをした音子から抱き付かれ、おっぱいの感触を胸に感じながら、キスをされたのだ。


「……⁉」


 初命は伝えようとしたかった事を口にできない。なんせ、彼女の唇で口元が塞がっているからだ。


 そして、誰かの足音が聞こえ、気づけば、教室の入口に誰かが硬直した感じに佇んでいる。その子は、結城奈那だった。


 初命は目を丸くし、驚き、なんの抵抗もできない、苦しい瞬間を過ごすことになったのだ。

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