第18話 結城さんは、そんな人じゃないですから

 これで、一安心なのか?


 須々木初命すすき/はじめはあの場所から逃げ出してきていた。


 難を逃れたと思っていたのだが、背筋に緊張が走る。

 嫌な予感を察し、ふと振り返るのだ。


 しかし、黒須音子くろす/ねこの姿はない。

 彼女は校舎近くの中庭までは追いかけてきていないらしい。


 あのまま体育館倉庫にいたら、とんでもない事になっていただろう。


 ギリギリのラインのところでとどめてよかった。




 音子は上の制服を脱ぎ、ブラジャー姿で誘惑してきていたのだ。しまいには、ブラジャーすらも外し、嫌らしい誘い方をしてきたのである。


 音子に対して、好きと言ってしまったことによる代償が大きい。

 本当に、彼女に対して、好きといったわけではなく、おっぱいが好きという意味合いで口にしたのだ。


 音子ことである。

 また、次あった時、ひっかけた感じの誘惑を仕掛けてくるかもしれない。

 気をつけなければと思う。


 初命は中庭から校舎に入り、校舎の廊下を一人で歩く。


 初命の手には、ノートとペンがある。

 これは、奈那が体育館倉庫の調査として、所持していたものであり、早いところ彼女に渡さないといけない。


 ……本当に、どこに行ったんだろうか?


 教室にでも戻ったのだろうか?


 初命は一旦、制服のポケットから、スマホを取り出し、画面を見る。


 まだ、朝のHRが始まるまで、一〇分ちょっとはあった。


「……一先ず、教室に行ってみるか……」


 あまり乗り気ではなかった。

 クラスの陽キャらと関わらなければいけないという嫌な脳裏をよぎり、億劫になる。


 緩やかな足取りで移動し、校舎の階段を上り、二階にあるいつもの教室へと足を踏み込んだ。

 パッと見、奈那の姿はない。

 それに、まだ、全員が登校しているわけではなく、数人ほど少ない気がした。


 初命はまだ、通学用のリュックを置いていない。だから、自身の机の横にかけて置き、貴重品だけ手に、再び教室から立ち去ることにした。






 どこに行ったのだろうかと悩む以前に、多分、教室にいないとだとしたら、三階の生徒会室かもしれない。


 階段を上り、三階廊下へ。


 辺りを見渡すと、丁度、室内から生徒会長らしき人物が出てきた。


 初命は嫌な意味でドキッとし、壁に身を隠す。

 そして、そこから覗くように廊下を見る。


 ……でも、ここでだんまりしていたらよくないよな。

 もしかしたら、生徒会室にいるかもしれないし……。


 だがしかし、緊張するのも確かである。

 ノートとペンを持っている手が、微妙に震えているのだ。


 怖いが、むしろ、ここを乗り越えないと男じゃない。


 初命は、童貞らしさを拭うための第一歩として、生徒会長の元へと向かう。


「……す、すいません。ちょっといいですかね?」

「ん?」


 廊下側の窓際から外の風景を見ていた生徒会長がチラッとだけ、初命の方を見る。


「誰だ、お前は」

「俺は……二年生の須々木ですが……」

「お前がなんの用だ?」


 男性の生徒会長は、初命の方を見ることなく、偉そうな態度で話し始めている。


 それでも、初命は次の言葉を紡ぐことにした。


「副生徒会長の事なんですけど」

「副生徒会長? ああ、あいつの事か。それが?」

「えっと……今、生徒会室にいますかね?」

「……いないが? あいつになんかの用が?」


 上級生でかつ、役員柄的に話しづらい。

 初命は返答しようと思ったが、口ごもってしまう。


「お前、ハッキリとしない奴だな。俺様も暇じゃないんだ。ん? お前、手にしているのはなんだ? 見せてみろ」


 生徒会長から問われる。


 初命は反射的に、手にしていたそれを背後に隠す。


「おい、見せろ。それって、結城に渡したノートだと思うんだが? なんで、お前が持ってんだよ」

「それは、拾ったからです」

「拾った?」

「はい……」

「ちッ、あいつ、使えない奴だな。簡単な業務もできないどころか、必要なモノもどっかに置き忘れているとか。やっぱ、駄目かもな」


 生徒会長は、溜息交じりで嫌味な発言をする。


「で、でも、結城さんは、そんなに駄目ではないと思います」

「は?」


 生徒会長から、睨みつけるような視線を向けられていた。


 初命は軽く後ずさってしまう。


「やっぱりな。お前も、あいつの見た目しか見てないだろ。そうなんだろ? だから擁護するんだ。本当は、他の奴らのために俺様が尻拭いをしているのにさ。俺様が使えない奴だと学校内では言われてんだよ。お前みたいな奴が、あいつを庇うのが意味不明で腹立たしいんだが」


 生徒会長との距離が近づく。

 軽く胸倉を掴まれた。




「でも……結城さんは、ちゃんとやってるのを知ってますから」

「何? お前、何も知らないくせに、そんな発言をするなど」

「俺、しっかりと見ているので、だから……結城さんは、駄目な人ではないと思いますから」

「そうかよ。お前、あいつの業務風景を見たとか、ほざいてるが、俺に嘘をついてるだろ。もういいや、それをよこせ」


 生徒会長は初命が持っていたものを強引に奪おうとする。

 初命は抵抗したものの、まったく意味をなさなかったのだ。


「……」


 生徒会長はノートを見開き、内容を確認していた。


 険悪な表情を浮かべていた生徒会長の表情が少しだけ落ち着いたような気がする。


「まあ、一応は、やってるみたいだな……だが、これもたまたまだろ。今日だけは許すがな。俺様も暇じゃないんだ。どっかに行けッ」


 生徒会長は憤りを隠しきれないまま、初命に背を向け、立ち去って行った。


 そして、生徒会膣の扉が閉まった音が聞こえたのである。




 これでよかったのかな。

 多少の後悔はある。

 生徒会長も、奈那の仕事を確認し、一応は納得してくれている様子だった。

 これはこれで、彼女の努力を知らしめるのには都合がよかったかもしれない。


 モヤモヤと考えつつ、初命は廊下を歩き始めていた。


「でも、生徒会室にいないということは、どこに……?」


 初命は三階廊下で首を傾げてしまう。

 ふと思いつくことがあった。


 それは、四階の空き教室である。


 結城奈那ゆいき/ななとは同じ教室で授業を受け、学校生活を送っていたのに、その教室で初めてやり取りを行ったのだ。


 もしかしたら、そこにいるかもしれないという思いを抱き、早速駆け足で移動する。






 四階廊下に到着した頃。スマホ画面を確認すると、朝のHRまで、あと五分である。

 仮に、いなかった場合、すぐに教室へ戻らないといけないのだ。


 できる限り、早く情報を得ようと思い、駆け足になる。

 そして、初命は初めて訪れた空き教室の扉を開けた。

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