第16話 ねこは、自由気まますぎる…

 こんなことがあってもいいのだろうか?


 須々木初命すすき/はじめは彼女を押し倒してしまっている。


 朝の体育館倉庫で、二人っきり。


 初命の瞳には、頬を紅潮させる結城奈那ゆいき/ななの顔が映っていた。


 本当に真っ赤である。


 今にも湯気が出るんじゃないかと思ってしまうほどに、彼女の頬は赤いのだ。


「……」

「……」


 無言のまま、時間だけが進んでいく。


「……須々木君、いつまで……私に覆いかぶさってるの?」

「……ご、ごめん……今からちょっと動くから……」


 初命は緊張した口調で返答する。

 声が震えていた。


 初命の目と鼻の先には、奈那の顔がある。

 下手に動けば、彼女の唇に触れてしまいそうで、内心、ヒヤヒヤしていたのだ。




「こんなこと言うのもちょっとおかしいかもしれないけど……須々木君って、息が荒くない?」

「え、そ、そうかな……」


 初命は焦ってしまう。


 緊張のあまり、自分の事を客観的に見れていなかったところがある。

 その彼女の一言で、余計に心臓の行動が早くなった。


 女の子に対して、変態な息遣いになっていたことで、今、心臓がどぎまぎしているのだ。


 息が荒いということは、エロいことでも考えていたと勘違いさせてしまったかもしれない。


「……」


 初命は緊張しながらも、彼女から離れるように態勢を整えることにした。




「きゃッ、ちょっと、そこは――」

「え、駄目だった⁉」

「須々木君、ちょっと激しすぎるから」

「そういう言い方されると変に意識してしまうから……やめてほしいんだけど」

「ごめん……でも、今気づいたの……私のスカートがめくれあがってることに。だから、今、須々木君が立ち上がると、私の下着が見えるから」


 奈那は頬を染め、恥じらっている。


 普段は真面目な彼女なのだが、如何わしい場面を目撃されると、か弱くなるようだ。


 だとしたら、なぜ、デパートの下着エリアに誘ったのだろうか?

 見せるためではないのか?

 それとも別の意味合いが……?


 なんとも言えない状況下。


「ここままだと立ち上がれないし。俺はどうしたらいいのかな?」

「それは……君に任せるよ」

「任せる? じゃあ、このままって言ったら?」

「別にいいんじゃない……」

「でも、俺には立ち上がってほしいんだよね」

「そ、そうよ。でも、このままだと見られるし。だから、立ってほしくないかも……」


 奈那の発言は矛盾している。


 初命は唾を呑む。

 緊張した面持ちで、視界に映る彼女へと視線を向けた。


「えっとさ……だとしたら、どうして、この前、俺を下着エリアに誘ったの? 見せたいとか、そういう意味……じゃないの?」


 初命は言った。

 けど、そのセリフを口にしていて、自分で何を言ってんだろと、客観的に思い始めてくる。


 変な奴だと、思われたかもしれない。




「……別に、そういうことじゃないけど。君って……下着とか好きなのかなって。だから、誘っただけ。私が履いているのは駄目ッ、直接は駄目だから」

「でも、同じ下着じゃ……?」

「でも、駄目だの……だって、履いてるのと、未使用で店内に売ってるのは違うの。だから……駄目なんだから……」


 奈那は、いつものようなクールな感じではない。

 砕けた感じの話し方に、表情。


 どこにでもいるような、普通の女の子のように見える。


 普段は真面目なオーラを纏っている彼女だが、本当は普通に過ごしたいだけなのかもしれない。

 けど、そうしなければいけない理由があるのだろう。




「でも……須々木君になら……」

「え?」

「いいよ」


 本気なのか?


 こんな時に、誘っている?


 ということは、少なからず、初命のことを意識しているに違いない。


 それは当たりだ。


 言うなら今しかない。




「あのさ、結城さんって、やっぱり――」


 初命が手紙の件について聞き出そうとした。


 刹那、体育館倉庫の扉が豪快に開かれたのだ。


 少々暗めの空間に、突然入り込んだ強い光。


 一瞬の出来事で、初命は視界が塞がった感じになる。

 急に光を浴びて、目がチカチカするのだ。




「初命先輩、こんなところで、エッチなことをしてー、どうして、私に行ってくれないんです?」


 その声――、黒須音子くろす/ねこである。


 タイミングが悪すぎると思っていると、急に体を背後に引っ張られた。


「先輩、私のことも押し倒してください♡」


 音子の言動により、初命は奈那をまたぐようにして膝立ちする形となった。


 背後からはおっぱいのぬくもりが伝わってくる。


 朝っぱらから、彼女は激しすぎると思い。


「いきなり、それは――」


 初命は言い返そうとしたが、それもうまくできなかった。


 それ以前に、体育館倉庫の運動マッド上で仰向けになっている奈那は、両手で顔を隠していた。


 よくよく見ると、彼女のスカートがめくれあがっており、パンツが丸見えだったのだ。


 彼女の下着の色は、純白な色だった。


 とうとう彼女がひたすら隠していたパンツが明かされる形となったのである。




「これはちょっとまずいって。ちょっとさ、音子。俺の背中から離れてくれないか?」

「どうしてです? そういうプレイをしたかったから、運動マットで押し倒していたんじゃないです?」

「違うから。俺はそこまで変態じゃないから」


 初命は自分の意見を口にした。


「……違うんですか?」

「そうだよ。わかったのなら、一旦、離れてくれ」


 初命は少々強気な口調で言い、背後でおっぱいを押し当てていた音子は、仕方なくといった感じに距離を取ってくれたのである。




「……もう、嫌ッ」

「え⁉ 結城さん⁉」


 初命が驚きの声を出した時には、マッドで仰向けになっていた彼女は、自身のスカートでパンツを隠す。そして、態勢を整えると、初命のことを強く睨んだ後、逃げるようにして立ち去って行ったのだ。


「ゆ、結城さん……」


 彼女に声をかけたのだが、体育館倉庫から姿を消した奈那は戻ってくる気配がなかった。


 それに、体育館倉庫の床には、生徒会長から任された時に渡されたであろう、ノートとペンが乱雑に置かれている状態。


 これ、結構大事なモノなんじゃ……。


 このまま放置してあると、また、奈那が生徒会長から叱られてしまうかもしれない。


 初命はそれを手にしようと思い、立ち上がろうとする。


「初命先輩、逃げないでください」


 またも背後から抱きしめられる。


「これで、初命先輩と一緒になれましたね。先輩、早いところ、副生徒会長との責任を果たして、私と一緒になりましょうね♡」


 音子は妖艶な口ぶりで、初命の耳元で嫌らしく囁くのだった。

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