第14話 真面目で完璧な結城さんにも、悩みはある…?

 今、尾行しているところである。


 朝の学校。


 校舎の廊下を歩き、とある人物を追う。


 辺りからは微かに声がする。

 まだ、学校に登校している人は少ないものの、校舎一階の廊下を歩いていると、遠くの方から話し声が聞こえてくるのだ。




 須々木初命すすき/はじめの視界に映る背中からは真面目さを感じる。

 それほどに威厳のあるオーラを放っているように思えた。


 そのオーラの持ち主は、結城奈那ゆいき/ななである。

 彼女は生徒会役員に所属しており、高校二年生にて、副生徒会長。


 今年の終わり頃には、生徒会長になるかもしれないと噂されているほど、人気がある。




「……」


 初命は足音を立てないように進んでいた。

 彼女に気づかれないよう、尾行することに緊張感が生じてくる。


 手に汗が握る状況。

 ちょっとでも、下手な言動を見せてしまったら、バレる可能性だってあり得る。


 ここは真剣に――


 近づきすぎても、遠すぎてもよくない。

 程よい距離感を維持しながら歩く。




 ――ッ⁉


 刹那、奈那が振り返る。


「……誰かがいたような気がしたんだけど」


 彼女は振り向き際、軽く溜息を吐くような感じに呟いていた。




 初命はというと、丁度いいタイミングで、奈那からの視線を回避するかのように、空き教室に身を潜めていた。


 初命はチラッと、廊下を覗くようにして辺りを確認する。


 奈那は先ほど同様、背を向け、廊下を歩いていた。


 内心、ヒヤヒヤしている。


 気づかれてはいけないとなると、本当に神経のすべてが擦り切れるようだ。




「……」


 初命は無言のまま、様子を伺い、距離を取りながら歩く。




 奈那が手紙を机に入れた人物なのだろうか?


 普通に考えれば、奈那とは同じ教室でいつも学校生活を送っている。

 奈那が、初命の机に、手紙を入れる時間なんていくらでもあるのだ。


 それに、彼女は生徒会役員であり、会議によっては、夜遅くに学校を後にすることが多いと聞く。

 だとしたら、皆が帰った夕暮れ時に、机に手紙を入れるなんて容易なこと。


 むしろ、奈那こそが、初命に手紙を渡した存在であるとか思えない。

 彼女は知らないと言っていたが、多分、嘘だ。

 あの時は、おっぱいを見られ、恥ずかしさも相まって、適当なことを言ったに違いない。


 事実かどうかもわかっていないのだが、初命はそう断定し始めてしまう。




 ……でも、まだ、証拠がないんだよな……。


 心残りなのは、確たる証拠がないことくらい。


 奈那である可能性が高い状況。

 あとは、完全なる証拠が欲しいのである。


 今、尾行しているのは、そのためであり、どうにかして、ヒントを入手したいのだ。


 奈那はどこか、隠し事をしている感じがあり、気づかれないように立ち回れれば、どこかで、彼女の心内が分かる時が来ると思う。


 その瞬間を、初命は待ち望んでいた。


 だが、そうそうに彼女は本音を見せようとしない。


 刹那、奈那は校舎の角を曲がった。


 初命は見失わないように、サッと、その曲がり角の壁に背をつける。そして、そこから、こっそりと覗き込む。

 彼女は、そこの階段を上り始めていた。


 奈那は校舎の上の方へ向かうようだ。


 もう、教室へと行くのだろうか?


 そう思い、少し時間をおいてから、階段を上る。

 が、二階廊下には彼女の姿はない。


 ふと振り返ると、三階へと移動するために、階段を上っている彼女の背が見えた。


 この様子だと、生徒会室かもしれない。


 初命はうまい事、彼女の視界に入らない程度のところを立ち回り、階段へと向かうのだった。






 階段を上り切った後、怪しい空気感が漂う。


 初命はまだ、三階の廊下に顔を出しているわけではないが、嫌なオーラが潜んでいるように思えた。


 三階には色々な教室などがあるのだが、特に生徒会室の風格がとにかく違うのである。




「君はさ、生徒会役員として自覚があるのか?」

「すいません……」

「ちょっと、たるんでるぞ。もう少しやってくれないと、俺だって困るんだ」


 聞きたくもない嫌な声。

 多分、年齢もさほど変わらない程度の声質。


 多分、その声の発信者は、上級生でかつ、生徒会長みたいな存在だと察した。


 初命は廊下に姿を現さない感じに、チラッと覗く。

 案の定、その声は、生徒会長の男子生徒だった。


 その男子生徒は、ひどく奈那を罵っている。

 出来が悪いとか、周りの生徒の評価に浮かれているんじゃないとか。散々な言われようであった。


 初命も聞いているだけで、イラっとしてしまう。


 その生徒会長の言葉の数々は、女の子に対して向けてもいいセリフではないと感じた。




「ったく、しょうがない奴だな。お前は……。お前はさ、見た目や真面目さくらいだろ。それと成績がいいのと。周りからの評価が高くても、俺様の組織の中では一番、出来がよくない奴だからな。それを身に弁えて行動しろよ」

「……はい……」

「まあ、いいや、それとな。朝のHRが始まる前までに、ここに行って来い。むしろ、俺様がお前を過大評価し過ぎていたかもしれないな。これ以上、俺様に尻拭いしないよう、精々頑張るんだな。これ以上、変化がないようなら、降格もあり得るかもな。それか、追放か」


 俺様口調でかつ、傲慢な話し方をする生徒会長らしき人物は、奈那を見下した感じの言葉をぶつけていた。


 初命に対する悪口ではなかったとしても、心に来るものがあった。


 奈那は、一生懸命に生徒会役員として頑張っている。

 それは、初命から見たら、そう思う。

 けど、出来がいいと感じるのは、彼女の本心を知らず、イメージで、なんでもできると人物だと錯覚していただけなのだろうか?


 わからない。

 けど、許せなかった。




 初命が、生徒会長に対して、奈那のことについて話そうと思った。

 初命は、廊下に姿を現す。


「さ、さっきのことだけど……」


 初命が廊下に姿を現した時、そこには奈那しかいなかった。


 生徒会長らしき人物の姿はどこにもなかったのだ。




「……」

「……」


 無音の空気感が、校舎三階の廊下に漂う。

 二人は、視線を合わせたまま、無言の時間を過ごすことになった。


「えっと……その……」


 ものすごく気まずかった。

 これからどうやって話を進めていけばいいのだろうか?


 次の言葉が思いつかなかった。


「……須々木君? もしかして、さっきのこと、聞いちゃっていたの……?」

「……うん、ごめん……なんか、でも、そういうことを盗み聞きするつもりじゃなくて……」


 手紙に関することを知りたかっただけで、生徒会役員としての奈那のことを知ろうと思ったわけではないのだ。


「恰好悪いところを見られちゃったかな……」


 彼女の声は悲しそうである。


 初命はどうすればいいのか判断がつかない。

 けど、一旦、彼女の元へ、歩み寄ることにした。


 一応、付き合っているのである。

 童貞だったとしても、自称彼氏として、彼女を慰めてあげようと思った。

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