第13話 俺はただ、積極的に対応しただけなのに…

 昨日の一件以降。


 何かが変わったような気がする。




 そう感じている須々木初命すすき/はじめは、新しい朝を迎えたわけだが、体が重い気がしてならなかった。


 自宅内。自室のベッドから上体を起こすだけでも、心苦しさに押し潰されそうである。


「……もう、七時か……そろそろ、学校に行かないとな」


 一言呟き、簡単に背伸びをした後、ベッドから降りる。


 朝の陽ざしを浴びてから、簡単に朝食を済ませ、学校に行く準備をして自宅を後にした。






 通学路には、いつも踊り、人が多くいる。


 そんな中、初命は一人だった。


 仲間内で楽し気に会話しているところを見ると、友達がいた方が楽な気もする。

 何かがあった時、相談に乗ってくれたりと、悩みの解消に繋がるかもしれない。

 けど、初命が抱え込んでいる悩みは普通とは違う。


 どちらかと言えば、浮気とか、三股とか、他人には口にしてはいけないワードばかりである。


 たとえ、友人がいたとしても、そんなことを話題にはできないだろう。


 早いところ、三股を解消したい。

 昨日、結城奈那ゆいき/ななには、後輩の黒須音子くろす/ねこと浮気していることはバレなかった。


 ギリギリ……セーフだったのかな?


 怪しい感じではあるが、生命線を維持している感じである。


 だがしかし、次ばかりは隠しきれないだろう。

 今後、どういう風に彼女らと関わっていくか、十分に気を付けた方がいいと感じた。


 できる限り、彼女らと関わっているところを、他の人に見られないようにする事。

 最低限それができていれば、何か学校内で問題が生じた時、目撃者の数を軽減することができるはずだ。




「……ん?」


 背後から嫌なオーラを感じる。


 ふと、背後を振り向くと、そこには黒髪ロングが佇んでいた。


 黒髪ロングとは、空想部の部員――水源小豆すいげん/あずきの事である。


「……」

「というか、私と目があったら、挨拶をしてきなさいよ」

「え? お、俺から?」


 何やら、朝っぱら、面倒な事態に発展しそうな勢いがある。


「……お、おはよう」

「おはよう……」


 そのあと、二人は無言になった。

 変な空気感に包まれ、気まずくなったのだ。


「それで、なんの用かな?」

「なんの用って。あんたには用しかないわ。というか、今日もあんたには、手伝ってもらうことがあるだからね」


 そう言った彼女は、初命の左隣まで歩み寄ってくるのだ。


「どれくらいあるの?」

「数えきれないほどよ。私の作品のすべてのシーンをやってもらうから」

「⁉」


 すべてって、本当にすべてなのか?

 それはさすがに大変すぎる。


「全部はちょっと、無理があるんじゃないのか?」

「あんた、私にしたことわかってるの? 私のパ――」

「こ、ここで言うなって」


 初命は声を出し、彼女の言葉を遮ったのだ。


 いきなりの大声発言に、同じく通学路を歩いていた人らにじろじろと見られてしまう始末。


 平坦な時間が一気に、気まずい空間へと導かれたかのように、皆から視線を向けられていたのだ。


 数人は、初命のことについて、こそこそと話題にし始めている。


 変なところで目立ちたくないと決意を固めたばかりだったのに……。




「まあ、あんた。今は、私と一緒に通学するシーンをやってもらうわ」

「通学?」

「ええ。私の作品に、登校するシーンがあるの。あんたにも言ったと思うけど。私の小説は青春系なの。学校を舞台にしてるんだから、通学するところがあっても問題はないでしょ?」

「そうだね」

「では、ここから昇降口のところまででいいわ」

「うん」


 二人は横に並んで通学路を歩き始める。


 ただ、歩き続けるだけ。

 それが一分ほど経過した。


「……というか、何か話しかけてきなさいよ」

「え? なんで? 歩くだけでしょ?」


 比較的簡単なことかと思っていたのだが、そうではなかったらしい。


「普通、主人公とヒロインが学校に登校するなら、会話くらいするでしょ?」

「そうだね。でも、会話するなんて一言も聞いていないというか。そもそも、何を話せばいいの?」

「それは、あんたが決めなさい。アドリブでやるのッ」


 小豆から強い口調で言われる。


 面倒な教師に目をつけられたかのような展開。


 浮気とかで、色々な問題になるのも嫌なのだが。いちいち、変なところで指摘を受けるくらいなら、まだ、奈那や音子の方がマシだと思えてくる。




「あんた、私のこと、面倒だと思ってない?」

「いや、俺は別に……」


 ふと、思う。


 彼女が描く作品の男女が通学するのなら、やるべきことがある。


 それは手を繋ぐ事。


 多分、主人公とヒロインというのは、恋愛的に意識している関係性だろう。

 であれば、主人公の役を与えられている初命が、積極的に手を触るべきだと思った。


 初命は左側にいる小豆の手を触ろうとする。


「ん⁉ きゃッ、な、なに? どういうこと?」

「え? ごめん……そういうことでもなかったの?」

「あ、あんたは私に話しかけてくれればいいだけ。というか、私、手を繋いでって言っていないし。とんだ変態ね。わ、私の体に触ってくるなんてッ」


 小豆から強く睨まれる。


 彼女が大声を出すものだから、通学路にいる他の人から変な目で見られる事になった。


 本当に勘弁してほしい。


 ただ、普通の朝を送りたかっただけなのに、どうして、こんな目に合わなければいけないのだろうか?


 これも浮気をしているという、神から罰なのか?


 昨日からの疲れがようやく取れそうだったのに、これでは逆効果である。




「というか、て、手を繋ぐのは、物語的に親しくなってからだし。というか、そのシーンまで進んでいないんだから」

「なんか、ごめん」

「もう……」


 小豆は頬を真っ赤に染めていた。


 そして、一段と大人しくなったような気がする。


 一瞬でも彼女の手に触れたことで、そこまで強い口調で言ってくることはなかったのだ。


 どうしたんだろと思いつつも、彼女と元に、通学路を歩く。


 そして、校門を通過し、小豆とは昇降口付近で別れた。


 小豆から特に何かを言われるわけでもなく。また、あとで話すからと一言だけ告げ、さっさと、どこかへと向かって行った。

 行先的に、空想部の部室だろう。


 初命はホッと胸を撫でおろした。


 ようやく解放され、心を落ち着かせられたのだ。




「……あれ?」


 昇降口付近にいると、遠くの方に奈那がいることが分かった。

 彼女は初命の存在に気づいてはいないようだ。


「……手紙の差出人って、やっぱり、結城さんなのかな?」


 その正体がハッキリとしていない。

 奈那は、その手紙は送ってはいないと言っていたが、怪しいところがある。


 朝のHRまでは、まだ時間があり、初命は彼女の事をちょっとだけ尾行してみることにした。

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