第10話 私、先輩の事、ずっと監視してたの♡

 須々木初命すすき/はじめが願っていたこと。

 それは、一瞬で打ち崩されたのである。


 絶望意外の何者でもない。

 今、苦しさに打ちひしがれている感じであった。


「須々木君。ごめんね、待たせちゃって……一緒に帰ろうか」


 初命は、学校から少し離れた公園で待ち合わせをしていたのだ。

 奈那はようやく、生徒会会議を終え、やってきたところだった。


「はい……」

「須々木君、普通に話してもいいからね」

「うん、わかったよ……」

「ちょっと、話し方が硬いような気がするけど。大丈夫? 疲れてる?」


 実際のところ、物凄く疲れていた。


 本当に現実というのは残酷である。


「でも、大丈夫だから。それで、付き合うってことは、デートとか、違うよね。普通にクラスメイトとして付き合うってこと……だよね?」


 彼女の正面にいる初命はおどおどした口調で、伺うように話す。


「……そうね。まあ、そんな感じよ」


 結城奈那ゆいき/ななの返答の仕方や、その口調に歯切れの悪さを感じた。


「君は行きたい場所ってある?」

「喫茶店とか。俺は、そういう場所に行くつもりでいたんだけど。もしかして、結城さんは行きたい場所、決めていたのかな?」

「まあ、一応はね」

「どういうところ?」

「デパートとか」

「そういう場所?」

「ええ。そうよ。都合が悪かった?」

「んん、そういうことじゃないよ。じゃあ、デパートに」


 初命が彼女の対し、頷いて返答した瞬間。

 ふと、近くから視線を感じる。


 誰かと思い、ドキッとしてしまう。

 今日のお昼頃から、本当に誰かに監視されているような気がして、色々な意味合いでドキドキしていた。


「どうしたの?」

「なんでもないよ。では、行こうか、結城さん」


 初命は否定的に軽く首を横に振った。




 初命は今まで、女の子と付き合ったことがない。

 責任を取るために、成り行きで付き合うことになったとは言え、緊張するのだ。


「でも、手を」

「え? 手? なにかな?」

「だから、付き合うんだったら、手を繋ぐのが普通じゃない」

「普通なのかな? でも、俺らはそこまで本当の恋人の関係じゃないし。申し訳ないっていうか」

「責任を感じてるなら、むしろ、私の手を触ってよ。握るというか、軽くでもいから」

「……わかったよ」


 初命は積極的に彼女の指示に従う。


 隣にいる彼女の手を握る。


 女の子の手は柔らかい。

 優しさを感じた。


 副生徒会長だけあって、真面目さとクールさを併せ持ち、少々取っ付きにくいイメージだったが、意外と素直である。


 皆が言っているような硬い印象ではなく、むしろ普通に女の子らしかった。




 今まで誰も見たことのなかった、神聖なる領域を、自分の瞳に映してしまったことに、逆に恥ずかしさが込みあがってくる。


 本当であれば、彼女の方が羞恥心を抱くのが普通なのだが、逆転してしまっているのだ。


 初命は、女の子の手のぬくもりを感じ、学校近くの公園から立ち去っていくのだった。






 街中。

 辺りを見渡せば、平日なのに、多くの人が出歩いている。


 夕方、五時くらいであり、丁度、会社終わりの人らとバッタリと時間帯が重なってしまったのかもしれない。


「あっちにデパートがあるでしょ。そこに入りましょう」


 初命は、奈那が入ろうと予定したデパート前へと共に向かう。


 デパート一階は、雑貨的なものが売られていた。

 地下一階は、食品売り場となっているようだ。


「結城さんは、何を買いたいの?」

「私は、ちょっと新作を買いたくて」

「新作?」


 本屋に行きたいのだろうか?


 彼女は真面目そうで、普段から小説を読んでそうなイメージがある。


 初命は彼女とエスカレーターに乗り、上のフロアへと移動した。


 奈那が導いてくれた先、そこは本屋とかではなかった。


 デパートの五階。

 そこには、女性用の下着などが売られているフロア。


「⁉」


 なぜ、ここにと、現地に到着し、動揺する初命。


「結城さんって、小説とかの新作じゃなかったの?」

「え? 私、本屋のフロアに行くなんて、一言も言っていないから」


 確かに、彼女はそういったことを口にはしていない。

 初命の思い込みであり、勘違いなのだ。


「私、ちょっとほしいものがあって。こっちに来てくれない?」


 な、なぜ、一緒に下着を?


 おっぱいを見られたのにかかわらず、こういう店屋を選んだという意味が不明。


 童貞ゆえ、彼女の考えていることが、さっぱりであった。


 あの時、学校の空き教室で、奈那は恥ずかしそうに頬を紅潮させていたが。もしや、わざと、おっぱいを見られるシチュエーションを作り出していたのか?


 だとしたら、初命の机の中に手紙を入れたのは、奈那ということになる。


 彼女は、手紙の事なんて知らないと言っていたのに……。


 演技だったのかな?


 先ほどまで手紙を送ってきた人物は、小豆かと思っていたが、やっぱり、違うかもしれない。


 初命は奈那の様子を伺うことにした。


 もう少し、彼女のことを観察する必要性があるだろう。


 そう思い、彼女の後を追うように、恥ずかしさを堪えつつも、下着エリアに足を踏み込んだ。




 今、初命の心臓の鼓動は全力疾走していると思えるほどに熱くなり始めていた。


 緊張という度合いを超え、周りにいる女性らから向けられていないか、心配してしまう始末。


 むしろ、怖さを覚える。

 体が次第に硬直していくようだった。


 奈那は先を進み過ぎて、どこにいるのか、目星がつかなくなっていたのだ。


 男子一人で勝手に迷い込んだみたいな感じになっている。


 そう思うと、余計に頬を真っ赤に染まっていく。




「先輩ッ」

「……え?」


 刹那、聞こえる、この場所にいないはずの声。


 それは後輩のように思えた。


 まさか……こんなところにいるわけなんてないよな……。


「先輩、こっちです」

「んッ⁉」


 急に左腕を強く引っ張られたのだ。


 視線を、腕を掴んでいる方へ向けると、華奢な体系をした茶髪なセミロングの美少女――黒須音子くろす/ねこの後ろ姿が映る。


「ど、どうして、ここに」

「いいですから、そういうことは、はい。ここに入って」

「うわッ」


 急に立ち止まったと思ったら、次の瞬間、正面から両手で体を押され、尻餅をつくように、とある密室空間に押し込まれたのである。


「いきなり、どうしたんだよ」


 初命は背中を摩る。


 そんな中、カーテンが閉まる音が聞こえた。

 今、初命がいる場所。

 それは、女性用の試着室の中。


「初命先輩、私とも付き合うって言いましたよね? どうして、早く行ってしまうんですか」

「……まさか、俺をつけてきたのか?」

「はい。先輩が、こっそりと、学校を後にするものですから。私、逃げられると余計に先輩のことを意識しちゃいますから♡」

「でも、ここら辺には、結城さんもいるし。やばいだろ。それに、ここ、女性用の下着が売ってる場所だろ?」

「そうですよ。でも、私興奮します。ここで、先輩と一緒にいられるなんて。私、先輩のためなら、下着でも見せますから」


 彼女はそういうと、いきなり制服を脱ぎ始めたのだ。

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