第9話 私、本気なんです。だから、絶対に、好きにさせてあげますから!
「……」
誰だったんだろ。
校舎の廊下を歩いている際、背後から感じた謎の視線。
振り返ってみたのだが誰もいない。
初命が振り返る直前に、どこかに身を隠したのだろうか?
わからない。
けど、実害があったというわけではないのだ。
これ以上、気にしない方がいいのか?
モヤモヤと考え込んでしまうが、初命はもう一度、背後の廊下をジーっと見渡した後、視線を再び、前へと向けた。
もしかしたら、空想部の部室を後にした際、チラッと、小豆から後ろ姿を見られたのかもしれない。
それで、視線を感じたのだろうと結論付け、歩き出した。
スマホ画面を見やれば、まだ時間には余裕はある。
昼休みは、後二〇分ほどあり、何をしようと思う。
先ほど部室でコッペパンを食べ終わり、小豆からお茶まで出しても貰った。
少々お腹がいっぱいである。
今から教室に戻ったところで特にやることはない。
数人の陽キャが、仲間内で会話している頃合いだろう。
陽キャがいる空間に自ら向かっても苦しい時間を送るだけである。
時間潰し程度に、ゆっくりと歩いて本校舎の方へ向かおうと思った。
五分くらいかけて、中庭に到着した。
中庭は、本校舎と部室がある校舎の狭間に位置している。
まだ、昼食時間ということもあり、多くの人らが、中庭のベンチに座り、仲間内で会話していた。
初命はあまり関わらないようにし、素通りするかのように、本校舎に通じている中庭にある通路を歩く。
けど、すべてが平穏にいくわけではなかった。
ふと感じる、誰かの存在。
先ほど感じた視線かと思い、反応する。
「初命先輩、こんなところにいたんですねッ」
初命の視線の先に佇んでいたのは、後輩の
「先輩、どこに行ってたんですか? 探したんですから」
「俺はちょっと用事があって」
「用事? もしや、部活に入ろうとしてるんですか?」
「いや、そうじゃないさ」
「では、なんです? でしたら、どうして、部室棟の方から来たんですか?」
「それは、まあ、呼び出されて手伝い的な感じさ」
「……手伝い? ……怪しい気がします。でも、まあ、そういうことにしておきますけど」
音子から向けられる疑いの視線がある。
そもそも、女の子と関わっているなんて言えない。
小豆とも、一応、付き合っている。
付き合っているというよりも、小説の手伝いをしている感じなのだが。
あまり、そういう面倒なことを口にすることはしなかった。
「そうです、私。先輩と一緒に帰りたいんですけど、今日は大丈夫ですよね?」
彼女はふと思いついたように話す。
「え……?」
初命は内心、モヤモヤと考え込んでいたこともあり、急に彼女から問われ、素っ頓狂な声を出してしまう。
「私、初命先輩の彼女になれるよう、もっと先輩のことを知りたいので、一緒に帰りましょう!」
「けど、今日は」
「今日は? 副生徒会長と約束でも?」
「まだ、だけど。今日から、結城さんと付き合うことになってるし」
「でも、まだ、約束はしてないんですよね?」
「そうだが……」
「ここは思い切って、私と帰りましょう!」
強引すぎる。
初命は音子の対応に若干引き気味だった。
後ずさってしまう。
その上、中庭にいる人らから、チラチラと見られている。
二人で会話していたからこそ、注目され始めているのだろう。
音子の声は少々高く、透き通った声質。
放送委員会ゆえに、口調がハッキリとしているのだ。
それが今、悪い方に引き立っていた。
「ちょっとさ、別のところに行こうか」
「え?」
「いいから」
初命は多少強引だと思ったのだが、下手に周りにいる人らに注目されるのはまずい。
だから、早急に、人数が少ないところへ、さっさと移動するのだった。
初命は校舎裏まで後輩を引っ張った。
周りには誰もいない。
秘密な話をする分には、都合のいい空間である。
「えー、私、皆に見せつけたかったのにー」
「あれは、とにかくよくないから」
初命は少々強めの口調で言う。
中学生からの仲なのだが、駄目なところは、しっかりと忠告しておくことにした。
いくら、親しい間柄だったとしても、ハッキリとしておく必要性があるだろう。
「私、初命先輩と一緒にデートしたいのになぁ」
「……今日はやっぱり、駄目だから」
「でも、途中まで帰りましょ、ねッ」
音子は明るい口調で歩み寄ってくる。
「でしたら、こっそりとでもいいので」
「こっそり?」
「はい。先輩は普通に、副生徒会長と付き合うとして。副生徒会長が見ていないところで、関わる感じでもいいですから」
「それって、バレたら、一瞬で終わるやつじゃ……」
「大丈夫です。バレないと思いますし」
「いや、俺が困るんだよ」
音子は何を言ってんだろと思う。
昔はここまで積極的な存在ではなかったはずだ。
普通に友達として、妹のような存在として、今まで関わってきた。
音子が積極的すぎて、どうしたらいいものか困る。
「私の想いを受け取ってくれませんか?」
「それは後で考えておくって、言ったはずなんだけど……」
「でも、やっぱり、すぐに聞きたいんです」
グッとさらに、音子は歩み寄ってくる。距離が近づくたびに、彼女の体からいい匂いを感じる。
「私、本気ですから」
音子の表情は本気である。
二股どころか、三股している状態。
童貞でかつ、彼女歴イコール年齢の初命からしたら、女の子から言い寄られること自体は嫌ではない。
ただ、数股していることが問題なのだ。
他の女の子と関わりながら、別の子と如何わしい関係になること。
それは、不幸の始まり。
でも、逆に考えれば、ハーレムかもしれないが、疚しい気持ちを抱えながらのハーレム展開なんて嫌だ。
初命は内心、溜息を吐く。
そんな時、ふと、暖かい温もりが、頬を伝った。
初命が気づいた時には、音子の顔が正面にある。
彼女はつま先立ちをして、初命の左頬にキスしたらしい。
初命はいきなりのことで動揺し、現実での出来事だと、認識するのに遅れてしまったのだ。
「私、初命先輩にキスしたんですから、絶対に、私の事、好きにさせてあげますから。覚悟しておいてくださいね」
音子は意味深な表情を見せる。
誘惑するかのような立ち回り方。
これからどうなってしまうんだろうと思う。
今日は、
誘われなければ、音子とこっそりと付き合う必要性なんてないからだ。
初命はそれだけを必死に願っていた。
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