第7話 彼女は、俺がいつも手にしているアレを食べたそうに見ている。

 昼休みの時間帯。


「……」


 廊下にいる須々木初命すすき/はじめは、スマホを片手に溜息を吐いていた。


 すべてから解放された昼休み時間。学校唯一の楽しみであるひと時を満喫できると思っていたからだ。


 しょうがない。

 面倒なヴィジョンしか見えないが行くしかないだろう。


 初命は、黒髪ロングな彼女の元へと向かうことにした。






 黒髪ロングな彼女は、本校舎とは違う校舎にいる。

 その場所には、文化系の部活や体育会系の部室が存在するのだ。


 昼休み中は、訪れる人は少ないのだが、コンテストとかある文化系の人らと、別校舎の廊下ですれ違う。


 文化部と言っても、体育会系のように体力的に疲れることはないと思うが、頭だけですべてをこなさないといけないのだ。

 それもそれで大変だと思う。


 どんな活動をするにしても、苦労は付きものだ。




 色々と考えながら歩いていると、とある部室前に到着する。

 別校舎の二階。


 扉のところには、空想部と記されたプレートが付けてあった。

 多分、ここなのだろう。


 初命は扉の取っ手を触り、横へとスライドさせた。




「遅かったわね。私、結構待ってたんだけど」


 いきなり、嫌味っぽい感じの言葉が飛んでくる。


 室内を見渡してみると、そこには、黒髪ロングヘアな彼女が佇んでいたのだ。


「まあ、いいわ。早く、席に座ってくれない?」


 黒髪少女は指図してくる。


 初命は荒波を立てず、指示された通りにテーブル前の席に座ることにした。




「あんたって、もしかして、今から食事をするところだったの?」


 彼女は近づいてきた。


「そうだよ」

「そう。まあ、丁度良かったわ」

「丁度いい? とは?」

「まあ、いいから、一旦、そのコッペパン。それをテーブルに置いて」

「……」


 彼女に言われた通りに、視界の先にあるテーブルにパンを置いた。




「では、そろそろ始めるから」

「なにを?」

「なにって、今から小説の手伝いをしてほしいの。そういう約束だったじゃない」

「そうだね。というか、いきなり過ぎないか? せめて、別の時間帯とかさ」

「いいのよ。丁度、再現したいシーンが浮かんだの。それに、すべてを後回していたら、忘れちゃうかもしれないし」


 彼女はテキパキと行動していた。


 昨日の彼女とは少し印象が違う。

 そんな気がする。


 なんというか、昨日のように、ロングヘアが、目のところにかかっていないからこそ、表情が明るく見えるのかもしれない。


「あんたには、昨日、散々エッチなことをされたし。その責任はちゃんととってもらうから……あ、あんた……私の、ぱ、パンツ……見たし」


 黒髪ロングは頬を紅潮させていた。


 昨日、初命は彼女のパンツを直視してしまったのだ。

 女の子なら誰しも隠している下着をいきなり見られるのは、心に来るものがあるのだろう。


「それで、どんなことをすればいい?」

「それは、私が描いている小説のワンシーンで……えっとね、ちょっと待ってなさい」


 窓際に設置された長テーブルの方へと向かい、そこに置かれていた用紙の束を手にしていた。

 多分、それが、原稿用紙で、小説的なストーリーが記されているのだろう。


「……そうね、こういうところからやっていきましょうか……」


 彼女の声は震えていた。


 緊張しているのか?


「うん、大丈夫だよね。こういうことくらい大丈夫よね……」


 黒髪少女の自己暗示をかけるセリフと、深呼吸をする息遣いが聞こえた。

 そして、再び初命の方へと近づいてくるのだった。


「じゃあ、ここで食事をしてもらうわ」

「食事?」

「ええ。私が描いている小説ではね。部室で、二人っきりの男女が食事をするシーンがあるの。男女っていうのは、主人公とヒロインの事ね」


 彼女は淡々とした口調でかつ、少々早めの話し方だった。




「食事って、どういう風なもの? というか、設定的に、その二人は、どういう関係なの? 部活仲間的な?」

「……まあ、そうかもね」


 黒髪少女は、初命の隣の席に腰を下ろす。


「そうかもって? どういうこと? 設定があるんじゃないの?」

「まあ、あるわ。でも、まだ、ハッキリと決まっていないの」

「そういう関係性とかって、描き始める前に一応、決めておくはずじゃ……」


 初命は首を傾げた。


「そういう細かいことはいいの。というか、私。今書いている小説を完結させていないのよ。全体的に描いて、今こうして、シーンを再現して見るの。そこから、もう一度書き直すつもりなのよ。だから、あんたにはまだ見せたくなかったの。まだ、箇条書き程度しか書いていないし」

「そうなの?」

「そうよ。まあ、いいから、早く食べて」

「俺は食事をするだけ? パンを?」

「まあ、なんでもいいわ。パンがあるなら……別に、それでもいいし」

「君は、何を食べるの?」

「私は、あ、あんたのを……」

「え? 何が?」

「……だ、だから……」

「だから?」

「もういいわ。なんか、あんたってさ。鈍いの?」

「鈍い? そんなことはないと思うけど」


 天然なのか?

 と、初命は一瞬、そう思うのだが、今までの人生で、そんなことを言われたことなんてなかった。


 だから、多分、天然とか、鈍いとか、そういう類ではないと結論付けたのだ。


「……調子狂うわ。まさか、こうなってたなんて」

「え?」

「なんでもないわ。あんたは普通にパンでも食べてればいいわ」

「……」


 なんだか、話しが拗れてきている気がしてならなかった。


 そもそも、どういう小説を書きたいと思っているのだろうか?


 舞台も、コンセプトも全く教えてもらっていないのだ。


 でも、彼女からは、パンを食べるように指示されている。

 椅子に座ったまま、袋からコッペパンを取り出し、その先端のところに口をつけた。


「……」


 隣からの視線が気になってしょうがなかった。


 なんか、彼女からめちゃくちゃ見られているんだが……。


 誰かにまじまじと見られながらの食事は落ち着かない。

 できれば、音楽を聴き、外部からの音をシャットダウンしながら昼食を取りたかったと思う。




「ど、どうしたの? 食べたいの?」

「べ、別に、食べたいとかじゃないけど。というか、あんたのだ、唾液付きのパンとか、キモいし。いらないわ」

「そ、そうだよな……」


 女の子に対して、あまりにも対応がおかしかったと反省していた。


「でも、一応、食べてあげなくもないわ」

「もしかして、ご飯を持ってきていないの? ……あれ? それとも、小説的なセリフなの?」

「……そ、そうよ。一緒の教室で二人っきりな主人公とヒロインが、一緒のものを食べるシーンなのよ。だ、だから……一口だけ。別に、あんたのを食べたいとか、そんなのじゃないけど。小説のために食べるし。貸して、そのコッペパンを……」


 黒髪少女の声が少々震えている気がする。


 初命は食べかけのパンを渡す。


 彼女は受け取るなり、初命の食べかけのところをまじまじと見つめた後。初命が口をつけていないところを指で千切り、口にしていた。

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