第5話 今、人生で一番、気まずいんだが…

 普通の朝。

 登校時間帯。


 いつも通りに平凡な朝を迎え、学校に通えれば、それでいい。


 そんな感情が、須々木初命すすき/はじめの心にもあった。


 しかし、その幻想は儚くも打ち崩れてしまう。


 二人から向けられる視線。


 しかも、他の人らがいる通学路で、双方から、美少女らと関わることになってしまったのだ。


 これ、一体……。




「ねえ、須々木君って、いつも、その子と一緒に登校しているの?」

「今日が初めてだけど」

「へえ、そうなんだ」


 初命の左サイドにいる彼女――結城奈那ゆいき/ななは、疑うような視線を見せ、考え込む姿勢で腕組をしていた。


 これ、どうなるんだ?


「ごめんね、私、その子と付き合ってるのかなって。一瞬、思っちゃって。違うならいいの」


 奈那は軽く笑って現状を受け入れているみたいだ。


 普段はあまり笑顔を見せない彼女だが、笑うと普通に可愛らしい感じがした。


 むしろ、普通に美少女感が溢れていて、ドキッとする。


「まあ、その、浮気とか、そういうのじゃなかったら別にいいんだけどね」

「……さ、さすがに、浮気なんてね。しないさ……」


 初命も笑って誤魔化している。


 でも、相当な悩みを今、抱えたまま、通学している最中なのだ。




「初命先輩の彼女って、副生徒会長の事なんですか?」

「そ、そうだよ」


 初命も右側にいる彼女――黒須音子くろす/ねこは、話しに割り込んできた。


 何をしでかすのか不安な気持ちになる。

 だから、注意深く、彼女の言動を伺うことにしたのだ。


「先輩って、浮気?」

「あ、いや、ちょっと、なんで、そんなこと――」


 初命は声を荒らげる。

 そして、音子のセリフを遮ったのだ。


「どうしたの? 須々木君?」

「いや、なんでもないんだ……」

「その子、何かを話したがってそうだけど」

「だ、大丈夫だから」


 初命はまた笑って誤魔化す。

 が、その表情はかなり引き攣っていた。


 というか、こんなタイミングで変な話を投下してくるなよと思う。


 チラッと、右の方を見やると、ニヤニヤした表情を浮かべた音子がいた。


 本当に勘弁してほしい。


「それで、初命先輩は、副生徒会長と付き合って、何日目なんですか?」

「昨日から……」

「昨日から? ということは今日で、二日目ってことです?」

「そうだよ」

「へえ、そうなんだぁ」


 音子は何かを企んでいるのか、意味深な表情をする。


 本当に嫌な予感しかしなかった。


「じゃあ……」


 音子は甘えた口調で、初命の右腕を強く抱きしめてくる。


「⁉」


 左側に、奈那がいる環境下で、思い切ったアプローチをしてくる音子に圧倒されてしまう。


 こ、ここで、誘惑してくるなよ……。


 変に意識してしまうじゃんか。


 後輩のおっぱいのぬくもりを感じ、変な意味でドキッとしていた。


 それにしても、音子のおっぱいは大きくなった気がする。


 昔からの中だが、昨日までおっぱいを触ったこともなかった。

 けど、制服越しからでもわかるほどに、少しふっくらとした感じがあるのだ。


 昨日、音子のおっぱいを触り、彼女の胸元を余計に意識するようになったからこそ、おっぱいの大きさを把握できるようになったのだろう。


 おっぱいを腕に押し付けられていると、昨日のことがフラッシュバックするかのようだ。


 だ、駄目だ……おっぱいの事ばかりじゃなくて。


 初命は胸を撫でおろすかのように、一旦深呼吸する。が、そうそう心が落ち着くことはなかったのだ。


 双方にいる二人の美少女に囲まれたまま、初命は学校に到着するのであった。




 校門付近には、多くの人がいる。


 一年生から三年生まで。その上、教師も挨拶運動的な感じに、校門付近に立っていた。


 初命は陰キャな存在なのに、二人の女の子に囲まれたままの登校には緊張がつきものである。

 その多くの視線が初命の方を向いていた。

 それほど、今まさに注目されているのだ。




「おはようございます」


 左側にいた奈那が積極的に、先生に対して挨拶をしていた。


「お、おはよう。今日は、誰かと一緒に登校するなんて珍しいな」

「色々とありましたので」


 と、先生に言う奈那は軽く頬を赤く染めていた。


 初命と音子も、大体同じタイミングで先生に挨拶を行うことになったのだ。


 初命は気まずい気持ちのまま、校門から昇降口まで向かうことになる。


 それまでの間も、音子のおっぱいを感じる羽目になっていた。




「では、私はここで、後は用事があるから。また、後でね」


 奈那は、生徒会役員としての活動があるためか。

 中履きに履き終えた直後、昇降口で彼女と別れたのである。


 それはそれでいいのだが、まだ、困難が残っているのだ。


「初命先輩、今から少し時間あります?」

「今? な、何をする気なんだよ」

「あれ? もしかして、緊張してるって感じですか?」

「ち、違うけど」

「では、私と、一緒に来てくださいね♡」


 音子から誘惑されるように、校舎のとある場所に向かう羽目になった。




 とある校舎の一室。

 そこには、朝のHRも始まる前なためか、誰もいない。

 むしろ、その教室前の廊下にも誰かが歩いている様子もなかった。


 その空間自体、静かな空気感で包まれている感じである。


 今、初命と音子は向き合うように佇んでいた。

 余計に緊張感が高まってくるようだ。


「初命先輩って、私の体、意識していましたよね?」

「し、してない」

「なんで、そういう嘘をつくんですか?」


 彼女は少々頬を膨らましているが、怒っている様子はない。

 むしろ、ニヤニヤと笑って、からかっているようだ。


「……まあ、それは、意識するよ。外を歩いている時に、あまりべたべたと関わってこないでほしいんだけど……」

「でも、こういうの好きなんですよね?」

「す、好きじゃない……」

「嘘。先輩の顔に、好きって書いてあるもん」

「ど、どこにだよ」

「ここにッ」


 音子はそう言うと、右手の人差し指で初命の頬をつついてきたのだ。


 柔らかい指先に、圧倒されてしまう。


 奈那と付き合っているのに、恋人のようにイチャイチャすることになるなんて、隠し事をしているようで心苦しかった。


「初命先輩、ほっぺ、赤くなってますよ」

「……しょうがないだろ」

「でも、そういう風な態度をしてくれるってことは、私のことを意識してくれてるって証拠ですよね?」

「……」

「じゃあ、私のことが好きってことで受け取っておきますね」

「いや、そういうわけじゃないから」

「無言ってことは、そういうことなんじゃないですか? 私のことを意識してるから。恥ずかしくて、言えなかったんですよね?」

「別に、そうじゃないし」

「じゃあ、なんです?」

「それはさ……」

「私、先輩のためだったら、なんでもしますよ」

「な、なんでも?」

「はい。気持ちいい事とか。先輩、疲れてますよね? 少し出した方がいいと思います」

「だ、出すってな、何を⁉」

「それはですね」


 音子はチラッと意味深な表情を見せた後、さらに距離を詰めてきたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る