第4話 後輩は朝から積極的なのだが…

 悩んでばかりではよくない。

 そんなこと、わかっている。


 頭の中ではわかっているのだが。やはり、たった一日で、事が大きく動いてしまうと、辛いものがある。




 家に帰宅した須々木初命すすき/はじめは、勉強机前の椅子に座っている。

 そして、今日あったことを振り返り、明日からの対応に役立てようと考えている最中であった。


 ごちゃごちゃと考えていても、何も現状は変わらない。


 それに、まだ、あの手紙の送り主は不明なのだ。


「……」


 初命は今、手にしていた一枚の紙を見る。


 ラブレター風な手紙。でも、黒っぽく落ち着いた紙質である。


 一体、どんな子が、この手紙を書いたのだろうか?


 そもそも、なぜ、校舎の四階に呼び出す必要性があったのか?


 その謎が解明されるどころか、迷宮入りめいたものになりつつあった。

 早いところ、真実に到達せねばならない。


 今後、やるべきことが増えそうな未来しか見えなさそうだ。




「……俺が知っている子からラブレターなのか?」


 だとすれば、クラスメイトの結城奈那。

 でも、彼女は、このラブレターのことについては知らないと言っていた。


 他に親しい子がいるとすれば、黒須音子。

 中学時代からの馴染みがあり、初命が通っている高校に入学するほどの女の子なのだ。


 思いを伝えるのならば、手紙という手段もあり得る。

 ただ、音子は積極的。

 手紙にするくらいなら、べたべたと近づいてきたりして、遠回りなやり方をなんてしないはずだ。


 他に関わりがある子がいるとするならば……。

 いないか。




 初命は元から友人の数が少ない。


 同性の友人も少なく。ましてや、そんな状況で、関わりの深い女友達がいるわけがないのだ。


「……なんか、虚しくなってくるな……」


 考えると、自分の黒歴史人生に押し潰されてしまいそうだった。

 一旦、考えるのはやめよう。






 今、陰キャ気質な初命は、今まで彼女とか、そういう相手すらいなかったのに、三股してしまっているのだ。


 実のところ、黒須音子くろす/ねことは、正式に付き合うことになったのだが、他の二人とは、責任のために付き合う感じである。


 責任を果たせば、音子と付き合っているだけになるのだ。


 そうなれば、浮気とかではなくなる。


 その責任を果たすまでは、どうにかして隠しきらなければならない。


 特に音子の存在が厄介になるだろう。




 今、初命は考え疲れ、自室のベッドに横になっていた。


「……」


 そもそも、黒髪ロングな彼女は、一体、どんな小説を書いているのだろうか?


 チラッとしか見ていないからこそ、逆に気になる。


 よほど見せたくない内容なのか?


 エロい系とか、そういった小説なのだろうか?


「……」


 やっぱり、わからないからこそ気になってしょうがない。


 頭を休めようと思えば思うほどに考え込んでしまう。


「というか……俺、彼女から、どんなことをされるんだろ」


 怖い。

 想像すればするほどに悍ましく感じるのだ。


「そういえば、彼女って名前は?」


 彼女のように、黒髪ロングで暗くて口の悪い子は、あまり見たことがない。

 雰囲気的に、同世代な気がするが、クラスが分からないのだ。


 どこのクラスの子なのだろうか?


 初命はベッドから上体を起こし、咄嗟にスマホを片手に、今日交換してもらった連絡先を確認する。

 が、連絡一覧には電話番号やアドレスはあるのだが、彼女の名前までは表示されていなかった。


「もういいや……考えてもしょうがないし。もう、なんとでもなれって」


 初命はやけくそになりながら、一旦、布団に包まった。


 夕食の時間になるまで、現実逃避をするかのように、布団の中へと閉じこもったのである。






 いくら、逃げたとしても朝はやってくるものである。


 初命は、昨日の夕食の残りを口にして、自宅を後にした。


 学校に繋がっている通学路を歩いていると、普段と同じである。


 なんの変哲のない日常風景。


 だが、そんな平穏な感じの時間というのは一瞬で終わってしまうものだ。




「先輩ッ」


 その声。

 朝っぱらから嫌なシチュエーション。


 彼女のことが嫌いなわけじゃない。


 けど、人前で接触を図ってくるのはやめてほしかった。


 初命が恐る恐る振り返ると、そこにはいつもの後輩が佇んでいた。


 茶髪風なセミロングな彼女――黒須音子。


 彼女は満面の笑みを見せ、近づいてくる。


「おはようございます、初命先輩ッ」

「……お、おはよう……」


 終わったと思った。


 本能的に察している最中、音子は、初命の右腕に抱き付いてきたのだ。


「初命先輩ッ、今日は一緒に学校に行きましょう」


 音子のテンションは異様に高い。


 初命の方は、人生に絶望したかのような顔であり、音子とは正反対な表情を見せていたのだ。


「先輩って、私の事、好きなんですよね?」

「な、なんで、急に。いきなり、そういう話はしないでくれ」

「もう、そんなに照れなくてもいいのにー」


 そう言い、音子はおっぱいを腕に押し付けてくるのだ。


「……」


 緊張のあまり、無言になる。


 初命は正面へと視線を向けるようにして、右にいる彼女の方を極力見ないようにしていた。


「私のおっぱいを触ったじゃない。だから、私の事、もっと意識してくれたのかなって♡」


 音子は嬉しそうである。

 が、初命からしたら、いつ、結城奈那と遭遇してしまうか、ヒヤヒヤしてばかりだった。


 おちおちと、通学路なんかも歩けやしない。


「初命先輩って、おかずには困らなかったですよね?」

「……え? なに、おかずって?」

「だから、私のおっぱいを触ったでしょ。だから、それをネタに――」

「んッ⁉ そ、そういう話はここでは――」


 初命は周りにいる人らを確認しつつ、左手で彼女の口元を抑えたのである。


「――」


 音子は急に口を塞がれ、声を出せなくなっていた。


 初命は彼女のことを気遣い、軽く口元を抑えなおす。


「もう、先輩も大胆じゃん」

「今は、そういう話はなしで。俺が後々困るんだよ」

「浮気していることとか?」

「そ、そういうのもなしだ」


 初命は音子のテンションを抑え込むように宥めると、様子を見て彼女の口元から手を離した。


「もう、息苦しかったんですからね。でも、先輩の手のぬくもりを感じられて、幸せ♡」

「……」


 勘弁してほしい。


 音子は、気まぐれすぎる。


 ちょっとでも目を離したら、何をしでかすかわからないのだ。


 やっと、音子が落ち着いたところで、初命は胸を撫でおろす。


 が――


「おはよう、須々木君」


 落ち着いたトーン。

 チラッと背後へと視線を向ければ、そこには、少々驚いた顔つきを見せた、結城奈那ゆいき/ななが佇んでいたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る