第3話 あんたは、とんだ最低男ね、私の大事なものを見るなんて
初命先輩。絶対ですからね――
こんなんじゃなかったのに……。
放課後になった今でも脳内に蘇ってくる黒須音子の声。
呪いのように、初命の脳内を支配しているかのようだ。
これ、どうしたらいいんだろ。
けど、こんな浮気みたいな関係で、恋人なんて望んではいない。
しかしながら、逃れられない事態にまで発展しているのだ。
放課後。教室に一人で残っている初命は頭を抱えていた。
今、教室には誰もいない。
大方、部活に行ったり、帰宅する者ばかりで、初命は最後まで残っていた。
いつまでもくよくよ考えていてもどうしようもない。
こうなってしまったのは、自分に大きな責任があると思い込むことにした。
今日一日で、クラスメイトの
後輩の
今日はおっぱいと関わることばかりである。
数時間ほど経過したものの、初命の瞳と、右手の平には、その印象が強く刻印されているようだった。
「今日は、生徒会の影響で忙しいって言っていたし。結城さんと付き合うのは、明日からか……。音子も、今日は忙しいって言っていたしな」
今日だけは、奇跡的に二人とも用事があるようで、色々な意味合いで命が繋ぎ止められていた。
「今日は気分を変えるために、早く帰った方がいいよな。家に帰って、明日からどうするか考えないと」
初命は席から立ち上がり、机の左隣にかけていた通学用のリュックを手に、必要なモノを、それに入れ込む。
リュックを背負い、初命は教室から出る。
廊下には誰もいない。
早く校舎を後にしたいという思いが勝り、駆け足になる。
でも、それが一番よくなかった。
初命は、廊下の曲がり角で、とある人とぶつかってしまったのだ。
「んッ」
女の子の声が聞こえる。
今まさに、曲がり角でぶつかってしまった子の声だと思う。
けど、控え目な感じの口調。
初命は彼女とぶつかってしまったことにより、その子を転ばせてしまったようだ。
その上、尻餅をついている彼女の周りには、数一〇枚ほどの紙の束が散乱している。
ヤバいと思った。
急いで帰宅しようと思っていた最中に起きたアクシデント。
誰も見ていないからと言って、何も考えずに廊下を走ってはいけないと思い知らされた感じだ。
「ごめん……だ、大丈夫?」
「……」
黒髪ロングな、その子はムスッとした顔を見せ、尻餅をついたまま睨んでくる。
彼女は美少女ではあるのだが、顔つきが少々暗い印象があった。
そんなイメージを抱き、初命は申し訳ない気分になりながらも、彼女に何とかして誠意を見せることにしたのだ。
しかし――
「……」
「んッ、な、何見てんですか……」
彼女は恥じらいをもって、制服のスカートの裾を整えていた。
先ほどまで彼女のパンツが丸見えだったのだ。
暗い外見の印象からは想像もつかないほどの、ピンク色のパンツだった。
「み、見たんですか?」
「み、見てない……」
「本当ですか?」
「……」
「見たのなら、見たって言ってください」
彼女から真剣に問われる。
自分の過ちでこうなっているのだ。
ここは誠意のある対応をした方がいい。
「み、見ました……」
「は? 馬鹿、死ね。私、大事なもの見て、嘘つこうとしていたなんて。最低ね、あんたは」
「ごめん……」
え?
素直に白状したのに、ここまで圧力をかけられるなんて聞いていないんだが……。
初命は正直、嫌な意味でドキッとしていた。
心が抉られ、何も言い訳すらもできず、彼女から視線を逸らしてしまった。
「というか、本当にごめん。それと、散らばった用紙を拾うから」
初命は積極的に行動しようとする。
「でも、そんなに見ないで」
「え? どうして……?」
廊下の床にしゃがみこんでいた彼女の口調が一段と激しくなった。
何だろうと思いつつも、初命は廊下に散らばった用紙を見る。
「これって……小説?」
「だ、だから、み、見ないでッ、死ね」
「ごめん」
さっきから謝ってばかりである。
ここに散らばった用紙の数々。それは小説の原稿。
「というか、わ、私の下着だけじゃなくて。小説まで見るなんて、とんだ最低男ね」
「俺はわざとじゃないんだ。な、なんでもするから」
初命は勢いで言った。
「本当に、なんでも?」
「……」
初命は今になって、ハッとした。
冷静さを取り戻すと、余計なことを言ってしまったと、内心強く後悔してしまう。
「じゃあ、私と付き合ってもらうから」
「……」
やっぱり、そういう展開になるのかと思う。
「でも、別に付き合うといっても、彼氏彼女の関係じゃないからねッ」
彼女はその場に立ち上がる。
「勘違いしないでよね。別に、私はあなたのことが好きで付き合うわけじゃないから。私の小説を勝手に読んだ、罰よ。私の作品のために協力するっていう名目で、だから」
彼女は強い口調で、誤解されないような感じに言う。
「小説の手伝い? どういうことをすればいいのかな?」
「それは、今、私が描いている小説作品に登場する、主人公とヒロインの関係性を、イメージしてもらえばいいから。私が描いている作品では、主人公とヒロインが付き合う作品なんだけど。それを再現したいから、付き合ってもらうだけ」
「そういったシチュエーションを?」
「ええ。そうよ。詳しいことは、私から後で」
「でも、俺も読まないと、詳しくわからないんだけど」
「いいから。あんたは読まなくても」
「え? でも、それを再現するって言うなら、俺も読まないと……」
「いいからッ」
彼女から強い口調で罵られた感じである。
初命は体をビクつかせた。
「まあ、この件については後で話す。だから、スマホ見せて」
今、向き合っている彼女から、ジト目で見られ、言われる。
「なんで?」
「あんたには、その責任を取ってもらうから、連絡先をってこと」
「……わかった」
逃げてはだめだと思う。
やはり、承諾してしまったからには、最後までやるべきなのだと感じた。
「はい。これ、あんたの連絡先を交換しておいたから。これで、あんたは逃げられないわ。私の大切な、小説を見た、この責任はとってもらうから」
彼女は頬を紅潮させ、視線を合わせることなく、その場にしゃがみ込み、散らばっていた小説の原稿を拾いあげていた。
「俺も手伝うよ」
「いいから、あんたはいい。というか、私の小説を覗くとか、痴漢と一緒よ」
彼女は初命の方を睨み、淡々と拾い上げていた。
一人でやらせるのも申し訳ないと思ったのだが、これ以上、極力彼女とは関わりたくないと思い、距離を置くように、その場から離れることにしたのである。
女の子と会話できることが増えてはきた。
けど、少々厄介な感じの子と付き合うことになるなんて、天国なのか、はたまた地獄なのか。
いや、地獄なのだろう。
初命はそう思うと、廊下を歩きながらため息を吐くのだった。
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