森下アリサ雪乃と私
「真澄先生、あなたのお陰で、私の人生は不幸でした。どうもありがとう」
そう言った森下アリサ雪乃は、私の親愛なる教え子の一人だ。
雪乃を燃え盛る炎の中に迎えに行ったのは、私にとってワクワクするような希望に満ちた体験だった。
彼女は、ずっと悲しいままなのか。
私は、雪乃を傷つけてばかりいるようだ。
でも、嬉しいよ。雪乃に激しい感情を向けてもらえるのは、もしかしたら世界で私一人だけなのかもしれない、と思うのだ。
雪乃、あんたは独りで、今も、戦っているんだね。
「先生、なんで私を迎えに来たの。私は消えて無くなる予定だったのに」
「どうして。私は世界で一番優しい人になりたいの。それにはこうするしかなかったのに」
「ひどいよ、先生」
雪乃はあの日、泣いていた。
「雪乃を迎えに行くことができて、私はとても嬉しいよ」
「あんたが優しいのは、今ここに居る皆が知っているよ。もう、いいんだよ。雪乃は優しい人になんてならなくていいんだ」
「先生は、とても嬉しいよ。先生が先生になったのはね、あんたに出会うためだったんだと気づいたよ」
強情っパリで、プライドが人一倍高くて。
まるで私自身を観ているようだった。
おそらくだけど、雪乃、あんたも人間たちが人形に見えていたのだろう。四角い舞台で踊る可哀想な操り人形に見えていたんだろう。
それを窮屈な四角い箱に押し込められながら、ただボウっと観ていたんだろう。
まるで彼女だけに感情があるようなものだ。それを誰とも共有できないのだ。
雪乃を知っている人間は、あの頃は数少なくて、誰も彼女に手を差し伸べることはなかった。
だから、誰にも理解されない私の怒りのような、燃え盛る炎の中に彼女を見つけることができたのは、私の喜びなのだ。
「先生、あのね、聴いてくれる。私は、この世界の全てを再起不能なくらい、取り戻せないくらい、滅茶苦茶に破壊しつくしたい」
「うん」
雪乃は、火傷を負った直後。赤く腫れあがった顔で力いっぱい泣き叫んだ。
「先生、私は全てを壊しに行くよ」
「うん」
「先生。先生も手伝ってくれる」
「うん。先生も手伝うよ。先生も、雪乃と一緒に、この世界の全てを滅茶苦茶に破壊する」
それは新しい正義の誕生だった。
その時、誰も認めない正義であり、誰も推奨しない正義であり、孤独なものだった。
しかし、皆に認められる正義というものは、本当に正しいのだろうか。
正義というものの概念は、時代によって移り変わるものだ。
それは人類の歴史が物語っている。
それまでまかり通っていた正義は、戦い、信仰、貿易などによって、それまでの形を一変させてきた。
誰も、これこそが永遠、という正義を知らないのだ。
新しい可能性だ。
彼女の存在が産声を上げたことで、世界が変わっていく。
私はその時、私がこのために教員免許を取ってフリースクールで働いていることを確信した。
新しい可能性に、懸けたいのだ。
雪乃、あんたはずっと孤独だったね。
この国より暖かい南の島国に生まれた母と、この国の海を渡って隣に位置する大陸の半島の国に生まれた父を持つ子供だ。
何が孤独なのかって、雪乃はずっとある言葉に苦しめられてきたのだ。
「外国人」という言葉だ。
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