まーちゃん、初めまして
私は、高齢者介護施設で残りの人生を過ごすことになった。
数十年前は、超高齢化社会が迫っていることで国民が焦っていた。
充分な支援制度、それを担う人材の育成、認知症患者に投与する薬の課題など、問題が盛りだくさんだった。
それから時が経ち、良いのか悪いのか、国民の代表たる政治家の高齢化も進んでいたので、老いた権力者に有利な法案が国会に集まった。老人にとって様々な支援制度が整備される。
この国は老人には生きやすい国になっていた。
私は、つい最近認証された認知症の特効薬により、認知症の進行を抑えられている。
ある程度は健常者に近かったが、一日のほとんどをボンヤリして過ごした。
碇主任には本当に申し訳ない。私の成年後見人になってくれたうえに二週間にいっぺん私に会いに来てくれる。
昔は成年後見人になるにはある程度の資金と厳しい認可基準をクリアしなければなれなかったが、今は成年後見人に対する金銭的な支援と、心理的負担を軽減する制度ができている。
それでも、私の人生の最後を看取るという何とも苦い選択を、自ら望んでやってくれている碇主任には、頭が上がらない。
深く深く感謝申し上げる。
私の介護施設で送る日常の楽しみは、碇主任と子供たちが来てくれる二週間にいっぺんの面会だけではなかった。
よく私の担当になってくれる介護福祉士の男性がいる。
碇グエンくんだ。
彼の名前は知らないが、名字だけは印象に残っている。
碇、なのだ。
もしや碇主任と関係のある男の子かと思ってグエンくんに聞いてみた。
「まーちゃん、僕はあの国から来た入り婿なんだ。碇っていうのは、お嫁さんの名前だよ」
ということだ。
碇主任にはちょっと聞きづらい。ずっと前に自分の名字についてバツの悪そうな顔をしていたからだ。
それにこの湖ノ州には碇という名字が多いので、多分他人と考えておいて良いだろう。
それにしても、私は生涯で初めてまーちゃんと呼ばれた。
年下のイケメン介護士に呼ばれると心がウキウキしてしまう。
「まーちゃんおはよう」
「まーちゃん朝食食べようね」
「まーちゃんカワイイなぁ」
ときめき台詞に、心が小娘になってしまう。
この気持ちの悪い本音は絶対に絶対に隠しておこう。こんなシワシワの婆さんが年下イケメン好きなんて痛すぎるだろう。
自分で言っていて軽く出刃包丁で刺されたかのような痛みを感じる。
グエンくんは、東南アジアからやってきた青年。
私に接してくれる時には、いつも優しい気配りを感じる声かけをしてくれる。
「このお味噌汁、熱いから気をつけてね」
「今日はいいお天気だよ。後でお散歩に行こう」
「昨日肩が痛いって言っていたけど、今日はどう」
介護福祉士になる教育課程で身に付いたものだろうか。それにしても細かい気配りが生来の優しい気質からきているような気がしてならない。
ご両親に愛されて、またグエンくんもご両親を大事にしてきたのではないかと、想像する。
グエンくんは、成人した後に、この国の介護福祉士養成学校の外国人向けの支援制度を利用し、遠いところをはるばるやってきた。
資格取得のための勉強をしながら、介護施設で働いているときに碇という名字のお嫁さんと出会ったそうだ。
今は30代に差し掛かる年齢で、お嫁さんとの間に二人のお子さんがいるそうだ。
「まーちゃんに見て欲しいから、特別に見せるね」
と言って家族写真を見せてくれた。綺麗なお嫁さんとカワイイ子供と、仕事をしている時よりずっと朗らかな表情をしたグエンくんがそこにはいた。
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